第88話 久しぶりの外食

 アーロンが帰ると、店に静けさが戻った。


 ほかに客はいない。

 鍋を載せたかまどからは、カリーのくつくつと煮える音と、ときおり炭が弾けるくぐもった音が聞こえるだけだ。


 ――グレン商会が、私兵を募っている。


 しかも、高ランク冒険者をはじめとした本格的なヤツを、だ。

 これまた面倒なことを知ってしまったものだ、と思う。


 アーロンの話から推察できることは、グレン商会が『商売敵に対して武力を行使しうる』という可能性を示唆するものだ。


 これはすなわち、何かをきっかけに『彷徨える黒猫亭』や香辛料屋に、被害が及びかねないということを意味する。


 いまのところは冒険者連中を集めている以上、街の中で騒乱を起こしそうな依頼はそもそも冒険者ギルドが止めているだろうが、先日からの一件でグレン商会はゴロツキの類いも雇い入れていることが分かっている。


 そういう連中は何をしでかすか分からないところがウリでもあるから、一応気を付けておく必要があるだろう。


 もっとも、『彷徨える黒猫亭』に関しては場所が場所だけに、襲撃はないと思うが……


 それにしても、連中の動きは一体なにを目的とすることだろうか。


 まさか俺が持ち込む香辛料が目当てということではないだろう。

 さすがに冒険者を大量に集めているというのに、それでは理由としてはショボすぎる。


 とはいえ、だ。

 商人が人を集めて何をしたいのかなんて、金儲け以外にあるわけがない。


 アーロンは目的について特に語らなかったが、おおかたどこぞのダンジョン内部で独り占めしたい資源が大量に見つかったとか、そんなことではないだろうか。

 それならば、冒険者たちを大量に集めていることにも説明がつく。


「…………今日はもう、客こなさそうだな」


 いろいろ考えているうちに、窓の外が真っ暗になっていた。

 あとは、せいぜいパレルモとビトラが晩飯を食べに来るくらいだろう。


 俺は厨房の片付けを前倒しで始めつつ、二人が来るのを待った。




 ◇




 次の日の夜。

 今日の『彷徨える黒猫亭』の当番はオバチャンだ。

 つまり、俺は休みである。

 

 そんなわけで、俺はパレルモ、ビトラとともに街の商業エリアの一角に広がる飲食店街へと繰り出していた。

 通り沿いに並ぶ数々の飯屋からは様々な料理の匂いが渾然一体となって漂ってきており、それを嗅いでいると否が応でも腹が減ってくる。


「ねえねえライノー、今日はどのお店で食べるのー?」


「む。ライノ、私のお腹はもうペコペコ。どの店に入るか、今すぐ決断すべき」


 パレルモとビトラがその匂いに耐えきれなくなったようで、さっきからしきりにせっついてくる。


「まあ、慌てるなって。『空腹は最高の調味料』って言うだろ? それに、この前旦那から、この辺に『海賊風料理』とかいうのを出す店があるというのを聞かされてな。暇があれば行ってみたいと思ってたんだよ」


「かいぞくふー?」


 パレルモが小首をかしげる。

 全然ピンとこない顔だな。

 まあ、ただ単に『海賊風』と言われても分からないか。


「『海賊』ってのは、ものすごくざっくり言うと、海の盗賊のことだ。そう言っちまえば身も蓋もないんだが、そいつらの食文化ってのがまた独特らしくてな。海産物やら南国の果物なんかを使ったものらしいぞ」


 酒も、廃糖蜜とやらから醸したものらしく、ここらではあまり見かけないものだ。正直、楽しみである。


 ちなみに料理のくだりは旦那の受け売りだ。最近できた店らしいが、香辛料屋と付き合いのある店なら行って損はないだろう。


「む。海産物といえば、海老。あれは至高の食べ物」


 ビトラが目を輝かせながらそう言ってくる。


 彼女は『彷徨える黒猫亭』でカリーを食べるときは、必ず海老入りのメニューを頼んでくるくらいには大のお気に入りだ。


 ただ、『彷徨える黒猫亭』で出す海老はこの辺で採れる川海老だ。

 ヘズヴィンは王国内でもかなり内陸部に位置するから、足が早い・・・・海産物はなかなか手に入らないからな。


 これから行く店は輸送に氷雪魔術や保存魔術を使ったりと食材が傷まないようにして輸送してきたのだろうか?

 それとも、普通に川魚などを使っているのだろうか。


 そういうことも含めて、興味が尽きない。


「ライノライノっ! もしかしてあれかなー?」


 そうこうしているうちに、目的の店が見えてきたようだ。

 興奮気味にパレルモが指し示す先に、風変わりな外装の飯屋が見えてきた。

 看板には、『潮騒の海猫亭』とある。


 旦那が書いてよこしたヘタクソな地図と照らし合わせてみると、どうやらここで間違いなさそうだ。


「くん、くん……じゅるり。すごく美味しそーな匂いがするね!」


「む。魚介とハーブのいい匂い。これは期待大」


 美味しそうな匂いにつられフラフラと店に吸い寄せられてゆく巫女様二人。

 空腹のあまり口元がキラリと光っているのはご愛敬だ。


「おい、待てって。結構並んでるじゃねーか! 順番だぞ、順番!」


 しかし……店の外には、ずいぶんと人がいるようだ。

 行列だろうか?

 開店して間もないというのに、かなりの人気店のようだ。

 

 店に近づくと、店内から何やら威勢の良い声が聞こえてきた。


「――――!」


「――――っ!!」


 むしろ活気を通り越して、喧噪だな。

 ガンガン、キンキンと食器だか何かをぶつけ合う音とともに、美味しそうな匂いが漂ってきている。


 こういう店は、味もいいと相場が決まっている。

 否が応でも期待が高まるというものだ。


 外にいる連中の何人かは、行列というか人だかりをあしらっているようだ。

 店員だろうか。

 どいつもかなりの強面で、武装しているように見える。

 曲刀に蛮刀、棍棒に暗器の類い。


 ……なるほど、これは確かに『海賊風』だ。


 ここヘズヴィンはダンジョンで発展した街だから、利便性の関係上街中での武器携行が禁止されているわけではないが、ケンカや犯罪で使用して他人を傷つければ当然衛兵に捕まってしまう。

 通常ならば武器を持って歩くのはダンジョン探索に向かう冒険者くらいなものだが……。


 そこをあえての武器携行、だ。

 ここはかなり演出にこだわるタイプの店らしい。


 旦那はそういう『演出』については特に言及していなかったが、なかなかどうして、これは面白いじゃないか。


 とはいえ、まだまだ本場の『海賊』を再現しきれていないようで、盗賊というかゴロツキ風味ではある。これはまだ新規店のようだから教育が行き届いていないのかも知れないな。

 しかし、そのおかげか上手く粗野な雰囲気が醸し出されているのは確かで、これはこれで悪くない。


「おおー!? あれが海賊さんかなー?」


「む。なかなか堂に入った面構えの店員。期待が高まる」


 パレルモとビトラも、彼らの真に迫った様子に大興奮だ。


 とはいえ、肝心の料理がダメならば意味はない。

 早速店に入るとするか。


「なああんた、席は空いているか?」


 ひとまず、扉にもたれかかっていた強面の店員に訪ねてみる。


「ああん? 何だてめーらは」


「おいコラ、お前ら何者だ!」


「どこのモンじゃワレ!」


 すると付近にいた店員たちもやってきて囲まれてしまった。


 おお……! 

 本物のゴロツキみたいだ。すげえ!


 普通の店はここまで気合いの入った接客をするところはない。

 『彷徨える黒猫亭』も、先代による謎コンセプトでやたら見つけづらい場所に店を出しているが、それに匹敵するレベルのこだわりようだ。


 彼らの迫真の演技に俺はちょっと感動しつつも、彼らの接客に答えてやる。


「……ああ! 俺を含めて三名だ。予約はしていないが、大丈夫か? 名前はライノだ」


「「「……はあ?」」」


 強面店員だちは一瞬怪訝な表情を見せたが、すぐに元の強面に戻ると、腰に下げた武器に手を添え、叫びだした。


「今、取り込み中だ! 見りゃ分かるだろーが! 邪魔するってんなら、ぶっ殺すぞ!」


「いい加減にしろよこの野郎!」


「どこのモンじゃワレ!」


 あれっ? おかしーな?

 なぜか店員たちがメチャメチャ殺気立っている。

 演出にしては真に迫りすぎだ。


「おいおい落ち着けって! 俺たちは客だって言ってるだろ! 満席なら待つから、どのくらいかかるか教えてくれればいいから!」


「だから、さっきからお前は何を言っているんだ! 今店の中はアルバーノさんが――」


 店員のひとりが凄い形相で店の扉を指さした、そのとき。


 ――バガン!


「――あばっ!?」


 店の扉が吹き飛ぶと同時にカエルが潰れたような声が聞こえ、店内から男が一人転がり出てきた。


「な、なんだ? おいあんた、大丈夫か?」


 俺の足元まで転がってきた男は、筋骨隆々の巨漢だ。

 ガタイは支部長のアーロンに迫る勢いで、いかにもケンカも強そうなタイプだ。

 顔がボコボコに腫れ上がり、白目を剥いていることを除けば、だが。


 ええ……なんだこれ。


 ちょっとこれは演出過剰ではないか?

 さすがのパレルモとビトラも、あまりの状況に唖然とした顔をしている。


「ア、アルバーノさんッ? お、おい! 店の中はどうなってやがる!」


「知らねーよ! 持ち場を離れたら、ボスに殺されるぞ!」


「アルバーノさん、ワレェ……」


 店員たちが、明らかに焦っている。


「…………もしかして」


 俺はここでようやく、無理矢理思考の脇に追いやっていた『もう一つの可能性』を認めざるをえなくなった。


 すなわち、本当にこの店がゴロツキの襲撃を受けている、という可能性だ。

 そしてどうやら、そっちの方が正解だったらしい。


「……フン。当店の料理をお召し上がりになるときはな、誰にも邪魔されず、自由でなんというか、救われていなけりゃダメなんだよ。独りで、静かで、豊かで……つまり、店で暴れて他のお客様に迷惑を掛けるなんて、言語道断だ。要約すると、お前らに食わせるメシはねえ」


 扉の消失した出入り口から、ボキボキと首を鳴らしながらウェイター服の男が出てきた。やたらムキムキでスキンヘッドの、イカツイ大男だ。

 その迫力たるや、外にいた店員が子犬に見えるほどだ。


 んん?

 一体どうなってんだ?


 だが……コイツ、どこかで見た面構えだな。

 男は俺の視線に気づいたのか、こっちを見た。


「んん? あんたは……」


 俺を見た瞬間、男の凶悪にすがめられた目が大きく見開かれた。


「ライノ! ライノじゃねーか!」


 そうだ、思い出した。


「……お前、マルコか?」


「ああ、そうともさ! 久しぶりだな兄弟!」


 両手を広げ、派手な仕草で喜んでみせるこの大男は、かつて俺がパレルモの遺跡で助けた冒険者パーティーの一人、重戦士のマルコだった。

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