第71話 遺跡攻略⑰ アイラ、初めての経験

「え……? なにこれっ!? 手にウロコが生えてるわ!? ……って、爪長っ! 鋭っ!? ちょっと、この前綺麗に切ったばかりなのに……いつの間にっ!?」


 何が起こったのかまったく分かっていないアイラが、自分の手をマジマジと眺めてそんなことを口走っている。

 つーか身体の変化に気づいてまず驚くポイントが、爪の伸び具合からとか乙女かっ!


 ……いや、一応アイラは乙女だったか。まあいい。


 彼女の身体の露出している部分……腕や脚、それに肩から首周りなどはほとんど竜鱗に覆われ、滑らかな光沢を放っている。

 そのシルエットはまさに半竜半人の魔人だ。

 かなり強そうな見た目だな。


 とはいえ、それでも首から上はほぼ人間だ。

 彼女の人形のように整った美しい顔立ちに、目立った変化はない。

 せいぜい頬に少し竜鱗が生えている程度だ。

 ぽかんと開いた口からは八重歯が鋭い牙となって覗いているが、それはまあご愛敬というやつだな。

 あとは……ふわふわの金髪の間から、拗くれたツノが突き出ているくらいか。


 もっとも、身体の方はといえば……


「にいさま、ちょっとにいさまっ! 私、身体が燃えたと思ったら身体からウロコが生えてきてっ! ……え、まって? なにこれ? 羽!? 背中に羽!? お、お尻から尻尾までっ!? えええっ!?」


 自分の身体の変化に気づいたのか、アイラが身体をまさぐりつつ、驚愕の表情を浮かべ……それから涙目になって俺に縋り付いてきた。


「こ、これって、ももも、もしかして……知らないうちに私もトレントに寄生されて……!?」


「いやそれはないから安心しろ。アイラ、落ち着いて聞いてくれ。今お前は俺の『眷属』で、半魔の状態なんだよ。トレントのせいじゃない」


 パニック状態に陥ったアイラを落ち着かせるため彼女の肩を軽くぽんぽんと叩きつつ、そう説明する。


「……けん、ぞく? はん、ま?」


 俺の言っている言葉を理解しかねたのか、アイラがぽかんとした顔になる。

 まあ、いきなり眷属とかか半魔とか言われても訳が分からんよな。


「それはな……」


 俺はアイラに『眷属化』についてざっと説明してやった。





「……と、とりあえずこの姿の理由は分かったわ。んっ……さっき食べたワイバーン肉とにいさまの『魔王の力』のおかげで、私はにいさまの……眷属? という状態になったわけね」


 トレントによる侵食ではないと分かりほっとした様子の彼女だったが、説明については分かったような分かっていないような微妙な顔だ。


 まあ、俺もこの『眷属化』について分かっていることは少ないからな。

 どうも言葉足らずというか、ざっくりした説明になってしまうのは致し方あるまい。


 一応、変化するベースになっているのが直前に食べた魔物なんじゃないかということと、『眷属化』するとごっそりと俺の魔力を持って行かれるということは分かっているが……言ってしまえばそれくらいだ。

 もっとも今回はその特性を利用して、アイラの魔力を回復させたわけだが。


 ちなみに今回の『眷属化』には時間制限がないらしい。

 視界に時間が浮かんでいないからな。

 この辺は魔物の種類によって変わってくるようだ。


 そんなことを考えていると……


「でも、どうせ魔物の姿になるなら、んんっ、もっともふもふで可愛い耳とか尻尾がよかったかも……」


 アイラが肩を落としつつ、そんなことを言い出した。

 そういえばこの残念治癒娘は、もふもふな獣人が大好物だった気がする。

 その点竜人はウロコがつやつやで綺麗だが、もふもふ部分に該当するのはアイラ自前の髪の毛だけだからな。

 気持ちは分からないでもない。


「別に他の魔物肉もあるぞ。たしか、見た目がもふもふで可愛らしい大角兎や剣虎猫、それに大牙狼なんかの干し肉も非常食用に持ってきたからな。今ならやり直せなくもないと思うが」


「んっ。や、やっぱり今の姿で満足だわ!」


 アイラが慌てた様子で首をブンブンと振った。

 もふもふで可愛い存在を食べるのはイヤだったらしい。

 

 ともあれ、アイラはひとまず自分の置かれた状況がそう悪いものではないということだけは理解したようだ。


 それはいいのだが……

 さっきから、アイラの顔が心なしか赤い。


「んっ、身体の内から、ありえないくらいの力を感じるわ。魔力が身体から溢れ出てくるもの……これが、にいさまの……んっ、魔力……経路パスが繋がって……す、すごい。こんなの、初めての経験だわ……!」


 なんか恍惚とした表情を浮かべているが、アイラは大丈夫だろうか。

 つーか切なそうに身体をもじもじさせるのはやめろ。目のやり場に困る。


 半魔化して魔力が回復したところまではいいとして、アイラまで暴走しだしたら目も当てられんぞ。

 魔力供給による身体負荷については、少し気にしておかなければならんな。


 ……ともかく。


「アイラ、今のお前は俺の魔力が尽きない限り治癒魔術を行使できるはずだ。どうだ、何とかなりそうか?」


「え、ええ……! んっ、これならいくらでも……高位治癒魔術を使えそうだわ……! んんっ、はあ、はあ……。こう……してはいられないわね。す、すぐに取りかかりましょう!」


 本当に大丈夫だろうか……


 ともあれ、魔力が漲っているのは間違いないようだ。

 アイラは気合いを入れるためかパンパンっ! と自分の頬を軽く張ると、足元に横たわるイリナとクラウスのもとに跪き、二人に向かって手をかざした。


「――《高位治癒ハイ・ヒール》! ……すごい。効き目まで向上しているわ」


 みるみるうちにイリナとクラウスの身体が癒えてゆき、土気色だった肌に生気が戻ってゆく。どうやら魔術の効果も強化されているようだ。


「おお、やっぱり治癒魔術はすげーな! あっという間に治ったぞ」


「む。やはり治癒魔術はすごい。私の魔術ではこうはいかない」


 俺と一緒に隣で見ていたビトラも、感心したようにため息を漏らす。

 確かに死霊術師の俺から見ても、アイラの治癒魔術は素晴らしいの一言だな。


「まだよにいさま、それにビトラちゃん。確かに二人の見た目はもうすっかり治っているように見えるけど、体の内部まだズタズタなの。……ここからが腕の見せ所ね。まずは、より危険な状態のねえさまからだわ」


 言って、アイラは手際よくイリナの防具を外しだした。

 あっという間にイリナの白い肌が露わになる。


 おっと。

 これまた目の毒ですね。

 だが、アイラはさすがに俺たちのことまで気にしている余裕はないようだ。


「ええと、ここと……ここ。侵食のせいで肝臓が完全に損壊しているわね。酷い……。それと少し肺に傷があるわ。でも、こちらはまだ大丈夫。……心の臓が無事なのは不幸中の幸いね」


 アイラはそんなことをブツブツ言いながらイリナの肌に指を滑らせ、損傷箇所とおぼしき部位を次々と特定してゆく。鮮やかな手並みだ。


 このへんは治癒術師の領域だからな。

 門外漢の俺たちは邪魔せずにその様子を見学させてもらうことにする。


「よし。大体分かったわ。まずはここからね。――《再生治癒リ・ジェネーション》」


 アイラが真剣な表情になって、魔術を唱える。

 すると彼女の手の平を中心として光の粒子が巻き起こり……強く発光する複雑な紋様で形作られた魔法陣が現れた。


「ねえさま、少し滲みると思うけどけど……治るから我慢してね!」


 言って、アイラはイリナの脇腹に、手の平に生成した魔法陣を押しつけた。

 魔法陣がひときわ強い光を放ち、イリナの脇腹に転写される。

 同時にジュウウと何かが焼けるような音がして、イリナの身体がビクンと痙攣した。

 だが、そんな痛そうな見た目とは裏腹に、イリナの血色はさらに良くなっている。

 アイラの施術は順調のようだ。


「よし次! 今度は肺ね。……ちょっとにいさま! そんなねっとりした視線でねえさまを眺め回さないで!」


「人聞きが悪いにもほどがあるッ!?」


 ここにきて少し余裕を取り戻したアイラが非難がましい目でこっちを睨んでくるが、この状況で重傷のイリナをそんな目で見れるわけがないだろ!


 いやまあ、確かにイリナの豊満な曲線美はちんまりしたアイラや成長途上気味なビトラには存在しないものだが……


「む。ライノが何か許しがたいことを考えている気がする。――《繁茂》《植物操作》」


 なぜか頬をプクッと膨らませたビトラに植物で目隠しをされてしまった。


「ちょっ、おいビトラ! これを外せ! なにも見えん!」


「む。これでひと安心。アイラ、続けても大丈夫」


「ビトラちゃん、ありがとう!」


 クソ! 完全に視界が闇に閉ざされてしまった。


 まあ、ここまで来れば俺が最後まで見届ける必要はないだろうが……この仕打ちはあんまりだろ。




 そして。




「……久しいな、ライノ殿。まさか、こんな場所で再開するとはな。壮健か?」


 暗闇の中。


 聞き覚えのある、ハスキーな声が聞こえた。

 喉が渇いているのか少しかすれているものの、強い意思を感じさせる女の声だ。


「イリナ!」


 ギチギチに固結びされていたビトラの目隠しを力任せに、なんとか外す。


 視界が開けると、上半身だけを起こし、声なく肩を震わせるアイラの頭を優しく胸に抱いたまま、イリナが俺に笑いかけているのが見えた。














 ちなみに、彼女の防具はアイラとビトラの手によって完璧に装着されたあとだったことを、ここに記しておく。

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