第69話 遺跡攻略⑮ パワーアップ勇者、そして決着へ

「アハァッ! 今僕は腹が減って仕方ないんだ。そこの肉塊ども、僕の贄となれ!」


 異形と化したイリナとクラウスに挟まれた位置で、これまた異形と化しつつあるサムリが甲高い叫び声をあげ、血走った目で聖剣を高く掲げた。


 途端にサムリの握る聖剣の柄辺りからおびただしい瘴気が溢れだし、真っ白だった聖剣がみるみるうちに赤黒く染め上げられてゆく。

 今やサムリの身体にも聖剣にも暴走したトレントの根が纏わり付き、そこはかとなく香ばし……禍々しい見た目だ。


 ……んん?


 さっき俺と戦ったときって、こんなんだったっけ?

 たしかにあのときもサムリはトレントに侵食されており、かなりボロボロではあったが、ここまで強烈な姿ではなかった気がするんだが……


 何というか、数割増しで邪悪さがパワーアップしている。

 撒き散らす魔力というか瘴気も、さきほどとは比べものにならない。

 どういうことだこれは?

 まさか、制御を失ったトレントの侵食が進みすぎて、魔物化したとか……


 これ、ちょっとマズいんじゃねーか?


 思わずビトラの方を見ると、なぜか「……む」と親指を立ててアピールしてきた。




 …………なんだそのやりきった感溢れるドヤ顔は。




「む。あの少年はライノの言う通り、とても頑丈。しかし、これまでの戦闘を見てきた限り、少年の戦闘力はまだまだライノの足元にも及ばず、戦力として心許ない。ならば、私には少年に強化を施し、ライノの役に立つだけの戦力に引き上げる義務がある。少年の体内を侵食するトレントを抑制しつつ、私の植物で強化を施した。具体的には、魔力の指向性を調整し、戦闘用に最適化。それと、少年の体内に存在する魔力経路と神経系の接続を改善して、魔力流入量も大幅に増加させた。あの少年の戦闘力は、いまやこの遺跡のどんな魔物よりも強いはず」


 犯人はお前かビトラアアアァッ!


 つーかそんな義務ないからね!?

 一体何をしているんだこの娘は!

 やたら嬉しそうな早口で説明してくれても反応に困るわ!

 いや、即座にそんなことをやってのけるビトラさんすげーけども!


 ……しかし、館に移り住んだ頃くらいから、俺の行動を逐一監視する植物を作ってみたり、やたら高性能な植物ゴーレムを独力で創り出したりと、ビトラがどんどんマッドな魔導探求者と化している気がする。

 いや、もしかすると、そっちの方が本来の彼女なのかもしれないが……


 もちろん魔導の探求そのものに文句を言うつもりはないし、場合によっては人体実験もやむを得まい。そもそも人間に施すタイプの魔術は、どの系統でも最終的には臨床実験を経る必要があるからな。

 それに、死体とはいえ人体を弄くる魔術系統である死霊術を使う俺が言えた立場でないのはよく分かっている。


 だが、さすがに知人に人体実験をするときは、せめて俺に一言欲しい。


 とはいえ、サムリはまあ腐っても勇者だ。

 人外の耐久力と生命力、それに魔力量を併せ持っている。

 だから、よっぽどのことがない限り大事ないだろう。


 だが、ヘズヴィンの街に住む一般人相手にやらかしたら目も当てられない。

 さすがにビトラもそのへんの分別はあるだろうから、ないとは思うが……


 あとで、よく言って聞かせないとだな。




「アハ、アハ、アハハハァァッ! なんだこの身体の奥から湧き上がる力はッ!! これならば、伝説の魔王だって倒せるぞォッ!! でもその前に……そこのお前、僕の腹を満たせッ! ――《吸収アブソーブ》っ!」


 サムリはそう叫ぶと同時に、聖剣をクラウスの身体に深々と突き立てた。


『――!? アガアアアアァァァァ……』


 いきなり聖剣を突き立てられたクラウスが困惑と苦悶の声を上げる。


 聖剣は凄まじい勢いでクラウスの魔力を吸い上げているようだ。

 クラウスの魔物部分がどんどん干からびてゆき、灰と化した肉がボロボロと崩れ落ちてゆく。

 あっという間にクラウスの首から下の身体部分が姿を現した。


「……やはりか」


 と、同時にクラウスの身体を侵食するトレントの蔦と、人間の頭ほどもある大きな魔力核が露出する。魔力核はクラウスの肩の辺りを侵食するような形で癒着していた。

 まあ、想定どおりだ。

 トレントに侵食された結果生まれた魔物だから、どこかにあると踏んでいた。


 よし、これならば話は早いな。


「パレルモ! あの魔力核だけを破壊できるか!」


「だいじょーぶだよーっ。まかせてっ! ……うやぁっ!」


 バキン!


 パレルモの放った魔術が、クラウスの肩から露出した場所だけを綺麗に切断した。


 バシュウウウウゥゥゥ……


 途端に、クラウスを取り巻く残りの魔物部分が灰に変わり崩れ落ちた。

 支えを失い、崩れ落ちるクラウス。

 意識はなく、いまだトレントの蔦が身体中を侵食しているが、これ以上魔物として暴走することはないだろう。


「ビトラ! 後は任せた!」


「む。任された」


 素早くクラウスに駆け寄り、魔術を施し始めるビトラ。


 よし、こっちは問題ないだろう。

 次は、イリナだな。


「フハハハハハー! まだまだ僕の腹は満たされないぞォ! 次は……お前だッ! 《吸収アブソーブ》ッ!」


 魔力を完全に失ったクラウスにはもはや魅力を感じなくなったのか、今度はイリナに襲いかかるサムリ。


 ――だが。


 ガギン! ギギン!


『アアアアァァッッ!! ガァッ!』


 サムリは聖剣を振り回すが、イリナの魔法剣で弾かれてしまった。


 とはいえサムリの聖剣はイリナの剣からしっかり魔力を奪い取ったようだ。

 数合打ち合った段階で、彼女の剣から魔力光が消失した。


 だが、そこは遺跡によってほとんど無限の魔力供給を受けるイリナのことだ。

 一度剣が魔力を失ったとしても、すぐに元通りになってしまう。


「くそッ! なんなんだよ、お前のその剣! 邪魔だろうがッ! このっ、このおッ! 僕はまだ腹が減っているんだ! いいからさっさと贄となれよぉッ!」


『アアッ! ギイィッ!』


 そう叫びつつ何度も聖剣を振るサムリだが、それがイリナに届くことはなかった。

 

 剣戟の度にサムリはイリナの魔力を少なからず奪い取っているのは確かだ。

 だが、遺跡からの魔力供給を上回る吸収量を実現するには、やはり彼女の魔物部分に直接聖剣を突き立てる必要がある。


 そして、それが難しい。


 イリナは敵の攻撃を躱しつつ、魔法剣による狙い澄ました一撃を叩き込む戦闘スタイルだ。

 それにくらべ、サムリの剣術は勇者のスピードとパワー、それに有り余る魔力をエネルギーに変え剣から放出したりと、真正面から相手の防御無視の剣圧で敵を叩き潰すスタイルだが、それが効を奏するのは相手に攻撃が当たらなければ意味がない。


 つまり、サムリの戦闘スタイルは、イリナの剣技とかなり相性が悪いのだ。


「くそぉッ! 贄ェッ! 喰わせろ! このッ!」


『ギッ、ギィッ、アアアァッ!』


 サムリの攻撃は、徐々にだが見切られ始めているな。

 ……このままじゃ、ジリ貧か。


 仕方ない。

 非常に不本意ではあるが、助太刀してやることにするか。


 とはいえ、正面から参戦するとサムリの標的になる可能性が高い。

 だから、サムリに気づかれないよう、こっそりと、だ。


「このおッ!! いい加減僕に喰われろよォッ! このおおぉッッ!」


『アアアァッ!!』


 そして、さらに数合の剣戟ののち。


 ついにサムリは業を煮やしたのか、強引にイリナの懐に飛び込もうと、無理なタイミングで突進を開始した。

 当然イリナの方は、すでにこれを迎え撃つ体勢に入っている。

 このままではサムリの剣は躱され、反撃を喰らって終わりだろう。


 だがそれで終わらせる気は、もちろん俺にはない。

 タイミング的にも頃合いだ。

 

「――《時間展延》」


 極限まで引き延ばされた時間の中、互いに剣で斬りかかる寸前の状態で彫像のごとく動きを止めるサムリとイリナ。


「まったく、世話が焼ける勇者様だな。――《解体》」


 俺はイリナのドラゴン部分、その左前脚をさっくりと斬り飛ばす。

 この脚が一番重心を預けている状態だからな。

 

 ……よし。

 これで少しでもイリナの剣筋がブレれば、サムリの剣は届くだろう。


 俺は《時間展延》を解除すると同時に、また後方に退避する。

 見境のないサムリの巻き添えはゴメンだからな。


『――アアァッ!?』


 時が元に戻ると同時に、重心の掛かった前脚を失ったイリナがぐらりと傾く。

 同時に、彼女が繰り出した剣もあらぬ方向を切ることとなった。


「そこだあああああぁぁッ!!」


 さすがにその隙間を見逃すサムリではない。

 雄叫びを上げ、彼女のドラゴン部分に深々と聖剣を突き立てた。


『ガアアアアアアァァァッッ!!』


 バシュウウウウゥ……


 断末魔の叫びが、広間中に響き渡った。




 ◇




「はあ、はあ、はあ……ふう。満腹だ……もう動けないよ……」


 イリナのドラゴン部分から魔力を根こそぎ奪い取り、満足げな表情で床に倒れ込むサムリ。

 トレントに侵食され、かなり禍々しい見た目のくせに、顔だけはやたらつやっつやとしている。

 なんだかその様子を見ていると無性に蹴っ飛ばしたくなるが、今はそんなことをして時間を無駄にする余裕はない。

 サムリは完全に満腹状態でしばらくは動けなさそうだから、放っておくことにする。


 それよりも、イリナだ。

 彼女は、灰と化し崩れ落ちた屍龍ドラゴンゾンビに埋もれるようにして横たわっていた。


「イリナ! 大丈夫か!」


 もちろん、彼女からの返事はない。

 だが、近寄って確かめてみると、かすかにだが胸が上下していた。

 かなりトレントの侵食が進んでいるが、どうにか命は取り留めているようだ。


 あとは、ビトラの魔術で抑えこめばなんとかなるだろう。


 ちなみに魔力核はクラウスとは違い彼女の身体に癒着はしておらず、腹部から伸びた蔦状のトレントと繋がるような形で彼女の側に転がっていた。


 これなら俺でも破壊は容易いな。


「――《時間展延》。うおらッ! ドラッ! ……もういっちょ、シャオラッ!」


 ……よし、これぐらいでいいだろ。


 魔術を解除。




 ――バギン!




 圧縮された猛烈な衝撃が、魔力核を一瞬で粉砕した。

 すこし様子を見るが、ドラゴン部分が再生を始める気配はない。


 クラウスの方を見ても、それは同様だ。

 というか、そっちはすでにビトラの処置済みみたいだな。

 

「……ふう」


 思わず、安堵の息がこぼれる。


 これからイリナを侵食しているトレントも抑えこむ必要があるが、それはビトラの仕事だから心配はいらないだろう。


 ひとまず、これで事態は終了だな。

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