第66話 遺跡攻略⑫ 二体の魔物
第30階層へと続く階段は、大して長くない。
少し昇るだけで、固く閉ざされた鉄の扉のもとにたどり着いた。
この先は、直接
その証拠に、扉の隙間から、霧のような濃密な魔力が滲み出てきている。
「……それじゃあ、いくぞ」
「……ああ」
「準備はできているわ」
俺が後ろを振り返ると、サムリとアイラが硬い表情で頷いた。
「…………め……ちゃだめ……」
「…………む」
なぜかパレルモはなんかずっと俯いている。
ビトラも思い詰めたように深刻そうな顔をしている。
この二人がそんな顔をするのは珍しいな。
たしかに俺も話には聞いたことがあるものの、実物と対峙するのは初めてだ。
だが、別に俺たちの敵ではないと思うんだが。
腐食ブレスなんて、そもそも効かないだろうからな。
「パレルモ、ビトラ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
声を掛けると、二人がこっちを向いた。
「む。問題ない。でも……」
ビトラから歯切れの悪い返事が返ってきた。
やはり様子がおかしい。
で、パレルモはというと、なぜか涙目でなにやらブツブツ呟いている。
「おにく……わるくなったおにく……たべちゃだめ……」
「む。パレルモ、私だってつらい。でも、屍竜の肉は腐敗している。ライノの作る熟成肉と腐敗肉は違う。どう調理しても、美味しく食べる方法はない」
ビトラが、パレルモの肩に、同情するようにポンと手を置く。
「うわあああぁぁん!」
ついに号泣したパレルモがビトラにひしっと抱きついた。
「む。大丈夫。この戦いが終わったら、ここまで狩ってきた魔物を使って、きっとライノが美味しいご飯を作ってくれるはず」
ビトラはそう言って、パレルモをそっと両手で抱きしめた。
無駄に慈愛に満ちた表情だった。
…………………。
なんだこの茶番。
パレルモとビトラはいつもどおりだったようだ。
ちょっとでも心配した俺がアホだった。
もういいや。
さっさと先に進もう。
うん、そうしよう。
なんだかどうでもよくなってきた俺は、鉄の扉を適当な感じで開いた。
『アアアアアアアアァァッ!!』
『ウガアアアアァァァァッ!!』
――ガギン! ガガガン! ギギギン!
「うおおおっ!?」
バタン!
思わず扉を閉めてしまった。
な、なんだ? 今の。
「お、おいライノ! なんださっきのは! すごい音と咆吼が聞こえたぞ!? あれがドラゴンゾンビなのか? 扉の先はいったいどうなっていたんだ!?」
「に、にいさま! さっきの吠え声は? 大丈夫?」
サムリとアイラが、慌てた様子で尋ねてくる。
サムリはちょっとビビっているのか、両手に聖剣を握りしめたままだ。
「なんか、二体いた……」
「なんだその説明は! もっと具体的に言え! というかお前、さっき魔物が二体いるって言ってたじゃないか」
サムリが怒ってくるが、なんと言えばいいのか……
俺もちょっと混乱しているようだ。
「で、にいさま。扉の先には何がいたの? もしかして……」
アイラが言葉を濁す。
だが、彼女が何を言わんとしているかは分かる。
分かるのだが。
「……ああ。でも、見た方が早いと思う」
「一体何があったんだ……」
サムリが怪訝な顔になるが、言ったとおりだ。
俺はもう一度、扉を開いた。
『アアアアアアアアアァァッ!!』
『ウガアアアアアアァァァァッ!!』
――ガガン! ゴゴン! バギン!
「……な? こういう状況だ」
「……は?」
「……え?」
サムリとアイラの目が点になった。
広間には、イリナとクラウスがいた。
二人とも、生きていた。
すこぶる元気と言っていいだろう。
話に聞いていたクラウスはともかくとして、イリナの生死については正直なところ絶望的だと思っていたから、これは嬉しい誤算だ。
だが、これが無事……といえるのかは、正直怪しいところだ。
なぜか?
それは二人の姿が、魔物だったからだ。
そして、その魔物と化したイリナとクラウスが、俺たちの前で凄まじい死闘を繰り広げているのだ。
「……なんだアレは」
「ね、ねえさまがドラゴン……? になってるわ……戦っているのは……ゴーレム……いいえ、あれはクラウスだわ。一体、これはどういうことなの」
「俺だってどういうことなのか知りたい」
さすがこれは想定外だ。
気配探知スキルでも、この状況まで見通すのは無理だ。
だからアイラの問いかけにも、かぶりを振るしかない。
彼女の言う通り、イリナはドラゴンになっていた。
いや、より正確に言うとワイバーンより二回りは大きな竜の長い首の先からイリナが生えている。
上半身がイリナ、下半身がドラゴンだ。
ただしドラゴンの体積の方がイリナよりはるかに大きいが。
どうなったらこんなことになるんだ。
そして、予期していたことだが……イリナはトレントに侵食されていた。
身体のあちこちからトレントの蔦が露出しており、それがドラゴンの首部分と結合している。
イリナの意識は……
普段あんな雄叫びを上げる人間ではないから、言うまでもないな。
完全にトレントに乗っ取られているかどうかはまだ分からないが、少なくとも理性は完全にぶっ飛んでいるようだ。
ただし動きは恐ろしく俊敏で、かなりの巨躯のはずなのに広間中をまるで猿か猫のように縦横無尽に駆け回り、イリナの部分が剣をブンブンと振り回している。
対して、クラウスもなかなかに奇妙な姿をしている。
人の背丈の三倍はあろうかという巨大なゴーレムの胸元にクラウスが埋まっているのだが、その肉体を形作っているのは、トレントに侵食された数十人分の聖騎士のなれの果てだ。
イリナドラゴンと同じく接合部には無数のトレントの蔦が絡みつき、かなり禍々しい外見をしている。
こっちは人型だからか、ゴーレムの部分が武器を持っている。
得物は、折れた広間の支柱だ。
人間の膂力では持ち上げることすら不可能な重量の岩塊を、まるで木の枝のように軽々と振り回している。
アイラの話では、異形の聖騎士がクラウスの腕を食いちぎったあとに、聖騎士の頭部と腕が融合したと話していたが……同じような理屈でイリナとクラウスがこうなっていると考えられるが、それとこれでは、あまりにもスケールが違いすぎるぞ。
というかトレントってこんな器用なマネをする魔物だったっけ?
まあ、それについては『
と、そのとき。
『ウガアアァァッ!』
バゴン!
クラウスゴーレムの振り回した支柱が、イリナドラゴンの胴体を捉えた。
衝撃でドラゴンの腹部が大きくえぐれ、腐肉や骨格が広間の石床に散乱した。
「……ひっ」
その凄絶な様子に、アイラが小さく悲鳴を上げる。
だが、イリナドラゴンにとっては大したダメージではないようだ。
『アアあアァぁァッ!!』
何事もなかったかのように、彼女(?)は手に持つ魔法剣をクラウスゴーレムに向かって振り下ろした。
剣全体が燐光を発し、広間の闇に蒼白い軌跡を描かれてゆく。
魔法剣だ。
どうやら理性を失っていても、魔術自体は使えるらしい。
『―――ガッ!?』
次の瞬間、巨人クラウスの上半身に何本もの剣閃が刻み込まれ、そこから業火が迸った。
みるみるうちに、クラウスゴーレムの上半身が業火に包まれてゆく。
「クラウスッ!!」
サムリがその様子を見て、たまらず叫ぶ。
『オオオオオォォォッ!!』
――バシュン!
だが、こちらもさほど効いていないらしい。
クラウスゴーレムが咆吼を上げると、上半身を包み込んでいた業火が弾けるように吹き飛び、一瞬のうちにかき消えてしまった。
肉体には、炭化しブスブスと燻る箇所があるものの、特に痛がっている様子はない。
というか、みるみるうちにクラウスの傷が塞がっていく。
「再生能力だとッ!?」
サムリが驚きの声を上げた。
というか、それはイリナも同じだ。
広間に散乱した腐肉や骨がまるで時間を逆行させたかのようにイリナへと戻ってゆき、元通りになる。
俺はパレルモやビトラが自動治癒スキルを持っているからそれほど驚きはないが、アイラやサムリにはかなりの衝撃だったようだ。
まあ、魔物でもあれだけ強力な再生能力持ちはあまりいないからな。
もちろんトレントなどの植物系魔物は強力な再生能力を持っているが、それでもあんな巨体ではないし、あんな異常な速度で再生することはない。
お陰で、イリナとクラウスが互いに致命傷を与えずに済んでいるのは、ここにいる全員にとって不幸中の幸いというべきだが。
だが、当然のことながらそれでは永遠に戦いに決着がつくことはない。
『ガアアアアアァァッ!!』
クラウスが殴り、
『アアアアアアァァァッ!!』
イリナが斬りつける。
そして、互いに再生する。
動けるようになると、また戦いを再開する。
殴る。斬る。再生。
殴る。斬る。再生。
壮絶で凄絶な攻防が、目の前でただひたすら繰り返される。
「ああ、ねえさま……なんでこんなことに……」
ひたすら続く不毛な戦いに、ついにアイラが両手で顔を覆い、崩れ落ちた。
まあ、気持ちは分かる。
「おいクラウス! イリナ! もうやめろ! やめてくれ……っ!」
サムリも顔を歪め、叫び声を上げる。
確かにサムリにとっても、昔からの仲間がひたすらお互い殺し合いを続けているのを見せつけられるのはキツいだろうな。
……さて。
とりあえず、どうしたものか。
俺はアイラとサムリを横目で眺めつつ、頭を巡らせてみる。
まず俺たちがすべきことは、魔物化したイリナとクラウスをなんとかして制圧することだ。
とはいうものの、それ自体は俺とパレルモとビトラの戦闘力をもってすれば特に苦労することもないだろう。
……問題は制圧したそのあとだな。
「ビトラ、さっきサムリに施した魔術、あいつらにも使えるか?」
「……む。問題ない。暴れなければ、多分大丈夫。任せてほしい」
「よし、任せた。俺はイリナを何とか抑える。パレルモは、クラウス……あっちのゴーレムの行動力を奪ってくれ」
「うん、わかったー」
パレルモのモチベーションが少々気になるところだが、腐肉ドラゴンの相手をさせるよりはマシだろう。
……よし。
まあ、やるだけやってみるか。
俺はパレルモ、ビトラと視線を交わしたあと、腰からスッと短剣を引き抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます