第54話 八方ふさがり

「いやこれ……どう考えても無理じゃね!?」


 アイラの話を聞き終わった俺は声を潜めつつ、パレルモとビトラに同意を求める。


「う、うん……かわいそーだと思うけど」


「む。残念ながら、アイラの仲間を救出するのは難しいと判断する」


 二人は俺と同じように声を潜めて、こくりと頷いてみせる。


「だよなあ……」


 イリナは、アイラに敵が向かわないよう、通路を落盤させた。

 これが、救出を困難にしている主な要因だ。


 地下空間で落盤が起きた場合、ルートを再度確保するためにはただそこを掘り進めばいいというものでもない。

 通路周辺だけでなく、広範囲に破壊が及んでいるためだ。


 だからいくら土砂を取り除いたとしても、上から新たな土砂が落ちてきて進むことはできない。無理をすれば階層ごと崩壊する危険性すらある。


 なんとか迂回できるルートがあれば、話は別なんだが。


 さて、どうしたものか。


「…………」


 俺はアイラの方をちらりと見やる。

 そして話が終わり、緊張の糸が切れたのだろう。

 テーブルに突っ伏したまま、泥のように眠っている。


 アイラは姉を助けたい一心で必死で遺跡を脱出し、ここまでやってきたのだ。

 その様子を見えていると、なんともやるせない気持ちになる。


 イリナには、多少なりとも世話になった。

 可能ならば助けてやりたいとは思う。


 ならば、まだ希望は捨てるべきではないな。


 とりあえず、話を整理しよう。



 まず前提として、遺跡の第二十五階層は通路が崩壊していて通れない。

 クラウスはおそらくゾンビ化しており、死亡はほぼ確定だ。


 そして次に、イリナらはたとえ聖騎士ゾンビやクラウスゾンビの包囲網を突破できたとしても、下の階層に進むしかない。


 だが、階層が深くなるたびに魔物はどんどん強力になる。

 そうなれば、いくら戦闘力の高い二人といえど負傷も増えるだろう。


 しかし、肝心の治癒術師はいない。

 もちろん二人とも回復薬くらいは持参しているだろうが、それではジリ貧だ。

 食料も、それほど持っているとは思えない。



 正直、八方ふさがりとしか言いようがないのだが……



 実は、希望となる点が一つだけある。

 それはアイラらが遭遇したという聖騎士ゾンビだ。


 よくよく考えてみれば、その魔物に俺は見覚えがある。


 それは、以前戦ったペッコとかいう魔人と戦ったときのことだ。

 ヤツは聖騎士たちにトレントの種を植え付けて、傀儡化していた。


 あれは、原理は異なるが、見た目や動きはゾンビそのものだった。

 アイラの話の聖騎士ゾンビと、特徴が一致する。


 だがペッコは、あの聖騎士たちを一体どこから調達したんだ?



 それが一番のポイントだ。



 遺跡で力を得た魔人ペッコが、近くの寺院を襲った?


 いや、それはありえない。


 そんなことをすれば、すぐに王都まで知れ渡り、討伐隊が組まれるだろう。

 それに、ギルドにも討伐依頼が来るはずだ。

 だが、今までそんな事件を聞いたことはないし、ギルドでそんな依頼を見た覚えもない。


 そもそも、そんな手間のかかることをわざわざ実行するだろうか?


 ペッコが手駒を欲し何かを傀儡として使役したいと思ったならば、別に遺跡にいる魔物でもよかったはずだ。

 遺跡の深層に生息する魔物は、それなりに強力だからな。


 だが、ペッコが側に置いたのは、聖騎士だった。


 なにが言いたいかというと、つまりはペッコが力を得たその時、その場所に、聖騎士たちも居たのではないか、ということだ。

 そうでなければ、聖騎士を手駒に置こうなどと考えつくはずがない。



 そして、ペッコが力を得た遺跡というのは……ビトラの遺跡だ。



 一方、アイラの話によれば、行方不明になった調査隊は寺院から派遣された聖騎士と冒険者の混成部隊だったとのことだ。


 これはペッコらの編成とほぼ一致する。

 ペッコはもともと冒険者だったようだからな。


 で、ここは俺の推測だが、ペッコは遺跡の最奥部を警護するために、ある程度の数を残していったのだと思う。


 それがアイラたちが遭遇した聖騎士ゾンビの正体だ。


 もちろん、アイラたちが捜索している調査隊の構成メンバーである聖騎士たちと、俺の見た聖騎士とはまったく別の部隊で、単に何らかの理由で死亡した聖騎士のゾンビであるという可能性もなくはない。


 だが、その可能性は低いと俺は見ている。

 あんな強力な魔物、そうそう自然に発生するわけがないからな。


 

 つまり何が言いたいかというと、アイラたちの潜った遺跡は、ビトラの遺跡とは、イコールだということだ。



 ビトラの遺跡ならば……転移魔法陣が設置されている。

 第一階層と、最深部である祭壇の広間に、だ。


 ならば、たとえ途中の階層が寸断されていたとしても、問題ない。

 転移魔法陣で迂回ができるからな。



 もちろん、この一連の考えはあくまで推測だ。

 だが、掛けてみる価値はあると思う。



 おっと、そうだ。

 この前提で救出プランを立てる場合、ビトラに確認しておくことがあったな。


「なあビトラ。お前がいた遺跡って、ちゃんと転移魔法陣が設置されてるんだよな。それって、まだ生きてるのか?」


「む? 遺跡自体の魔素がなくならない限り、起動し続けているはず。でも、それが今の話と何の関係がある」


「それはだな……」



 俺は二人にに自分の考えを説明してやった。



「なるほどー。たしかにそれなら大丈夫だね! ライノ、頭いーね!」


「む。理解した。それなら問題なく救出できる」


 話を聞き終えると、二人は納得したように大きく頷いた。


「一応確認だが、転移魔法陣はビトラ専用というわけじゃないよな?」


「む。転移魔法陣自体は、数人が同時に転移可能」


「そうか。なら問題ないな」


 そこがクリアできてないと、俺のプランが白紙に戻ってしまうからな。


「そうと決まれば、さっそく館に戻って装備を整えるとするか。もちろん仮眠は取るつもりだが、出発は早朝になる。……二人はそれで大丈夫か?」


「わたしは大丈夫だよー」


「む。私も問題ない。というか、私の部屋が荒らされていないのかがとても気になる」


 いくらなんでも、イリナらが最奥部の祭壇の広間まで到達しているとは思えないが、ビトラとしては気が気でないようだ。


 ビトラはそわそわとした様子で立ち上がった。


 俺も急ぐか。


「おいアイラ、起きろ」


 テーブルに突っ伏したままのアイラを揺する。

 このままギルドに放置して帰るわけにはいかないからな。


「ん……む……」


 だが、寝言だか呻き声だかを上げこそすれ、全く起きる気配がない。

 よほど疲れているらしい。

 もしかしたら遺跡を脱してこの街に来るまでの間、一睡もしていなかったのかもしれない。


「ねーライノー。アイラちゃんどうするのー?」


 パレルモが眠そうに目をこすりつつも、アイラのことを気にかけているようだ。


「そうだな……」


 まあ、最悪ギルドの受付嬢あたりに押しつけて帰ってもいいんだが、どのみち遺跡にはアイラも連れて行くつもりだ。

 俺たちで勝手に動くと、結果がどうあれ後がうるさいからな。


 仕方ない。

 ウチに連れて帰るか。

 いちいちここに迎えに来るのも面倒だし。


 ……報酬金はまたあとで取りに来よう。




 ◇




「これでよし、と」


 俺は自室のベッドにアイラを放り込むと、毛布を掛けてやる。


「ん……」


 アイラは夢を見てるらしい。

 とりおり顔をしかめたり苦しげな表情をしている。

 あまり良い夢ではないようだ。


 まあ、大変な目に遭ったみたいだからな。

 仕方ないだろう。


 俺の方はというと、今日は居間のソファで寝ることになっている。

 この館には客人を泊める部屋がないからな。

 まあ、寝具類は予備のものを出したし、俺の部屋はいつも自分で綺麗に掃除している。

 大丈夫だろう。


 ちなみにパレルモとビトラは帰宅するなり、すぐに自室に引っ込んでしまった。

 今日は満腹のうえ、夜更かししたからな。


 ……さて、俺も寝るか。

 明日も早いし。


 そう思ってベッドを離れようとしたら、そのとき。


 ぐい、と何かに服を引っ張られた。


「……?」


 何かに引っかけたのか?

 振り返ってみると、アイラの手が俺の服の端を掴んでいた。


 どうやらアイラは寝ぼけているらしい。

 仕方ないやつだ。


 俺はアイラの手を服から剥がそうとする。


 しかし。


「ぬぬぬ……取れん」


 こいつ……治癒術師ヒーラーのクセに意外とと握力が強いぞ!


 もちろんアイラを起こさないよう、細心の注意を払っている。

 魔王の力を使ってもいない。

 そのせいなのか、うまく指を解くことができない。


「ん……にい、さま……」


 悪戦苦闘していると、アイラの声が聞こえた。

 見れば、わずかに目を開けて、こちらを見ている。


「ああ、すまんアイラ。起こしちまったか。すまん、手を離してくれないか」


「…………むにゃ」


 だがアイラは俺の姿を確認すると、また目が閉じてしまった。

 今度はすうすうと、落ち着いた寝息が聞こえる。

 本格的に寝入ってしまったようだ。


「おいおい勘弁してくれよ……」


 未だ、アイラの手は俺の服を握りしめたままだ。

 このままでは居間のソファで寝ることができない。

 なんとか離してもらわなければ。


「やむを得ん」


 俺はほんの少しだけ身体能力を上げ、アイラのぎゅっと握り込んだ指を解きにかかる。


 寝入っているし、多少力を入れても大丈夫だろう。

 そう思ったのだが。


「にいさま」


 今度ははっきりと、アイラが声を発した。

 寝入っていたと思ったのだが、起きていたらしい。


「……なんだ」


「独りになるのは……いや……」


 そう呟くアイラの目は閉じられたままだ。

 だが、その瞼の端には、大粒の涙が溜まっている。


 ぎゅっ、とさらに強く、服が握り込まれるのが分かった。


 俺がパーティーにいた頃は気丈な姿しか見せなかったアイラだったが、その姿は年相応の少女にしか見えない。


 それを眺めていると、無理に手を解く気は失せてしまった。


「……分かったよ。今日は一緒にいてやる。だからさっさと寝ろ」


「……うん」


 そう言うと、アイラは安心したのか、今度こそ規則正しい寝息を立て始めた。


 結局その夜、俺はアイラの眠るベッドに背を預けて眠ることになった。

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