第37話 魔術検証

「む。――《繁茂》」


 ビトラの抑揚のない声が祭壇の広間に響く。

 彼女の足元がほのかに光り、丈の短い草に覆われてゆく。


 みるみるうちに、ビトラの足下に草むらが出現した。


 範囲は……彼女が両手を広げたより少し広め、といったところか。

 よく見ると、ビトラの足下に生える草は、床から直接生えているようだ。


「おお。地味にスゲーな、その魔術」


 俺は彼女から少し離れた場所に座り、その様子を見守る。


「む。魔王の巫女ならこのくらい当然。遺跡の中は魔素が濃いからよく育つ」


 腰に手を当て、得意げに蔦髪をわさっとするビトラ。

 無表情な顔の方も傾けつつ、ちょっと流し目になっている。


 あ、それドヤ顔なのね。

 分かりづらいけど。


 まあ、確かにスゲーとは思う。

 無から有を生み出す魔術は、そうそうないからな。


 生えてきた草は、地上の草原などでよく見かけるものだ。

 シロツメクサやタンポポなど、何種類かの植物で構成されているようだが……


 となると、気になる点があるな。


「なあビトラ。この前は細い植物を生やして服を編み上げていたし、昨日は何かの植物のツルでハンモックを作っていたろ? 生やす植物の種類は決められるのか?」


「む。肯定する。でも生み出せる植物は、草の類いだけ。木は生み出せない。それに、私が知っているものだけ」


「なるほど」


 つまり、生み出せる植物は草に関するものに限定されるが、知っている植物なら自在に生み出せるということか。


 これは……もう少し検証してみる価値がありそうだな。


「次は――《植物操作》」


 ビトラが小さな手を前に突き出して魔術を行使。


 すると足下の草むらがまるで生き物のようにワサワサとさざめいた。

 風にそよぐのとは違った動きだな。


 この動きは……


「おお。こっちに手を振ってくれているのか?」


 草の動きの例えに『手を振る』という表現も変だが。


「む。肯定する。他にも、こんなこともできる」


 俺の反応に気をよくしたのか、ビトラが再び魔術植物操作を行使する。

 すると彼女の足下の草花がするすると伸びてゆき、彼女の頭にくるくると巻き付いた。


 これはシロツメクサの草冠だな。


「いいじゃないか、似合ってるぞ、ビトラ」


 彼女の着るドレスのような服装と相まって、まるで妖精のような可憐さだ。


「む。……ありがとう」


 お、ちょっと頬と耳が赤くなったな。

 表情自体は変化ないから分かりづらいが、彼女なりに照れているようだ。


 この魔術はビトラが今着ている服や部屋のハンモックを作った術だな。

 それだけでも、かなり精密に植物を操作できることが分かる。


「む。それでは、この草冠を残してあとは片付ける。――《枯死》」


 ビトラが魔術を行使した途端、彼女の足下の草花が一瞬で枯れる。

 そしてすぐに崩れ去り、宙に消えてしまった。


 魔術の名前からしてただ枯れさせるだけかと思ったが、完全に消滅させるようだ。


「ビトラ、この《枯死》って魔術は自分で生み出した植物じゃなくても効力があるのか?」


「む。もちろん自然の植物にも効果を及ぼすことができる。でも、大きな樹や植物の魔物を完全に枯らすには時間がかかる」


「まあ、それは仕方ないだろ」


 とはいえ、植物系の魔物には絶大な威力を発揮できそうな魔術だ。

 今度植物系の魔物と戦うときは頑張ってもらうことにしよう。

  

 で、最後の魔術だが……


「魔力核生成は私の制御を離れた途端に魔物化する。この広間では難しい」


「ああ、それについては大体大体分かるからいいぞ」


 そいつは散々戦ってきたからな。

 ペッコの生み出したトレントもそうだし、この広間の五階層上のフロアボスが、まさに植物系の魔物だし。

 触手を絞ると爽やかな酸味のある汁が取れる、鍋に欠かせないアイツだな。


 ということで、おおまかにだがビトラの魔術が分かった。


 まあ、予想していたとおりだが、植物にまつわることだけに特化した魔術だ。

 正直魔術と言うよりは、魔物の持つスキルに近いが。


 彼女はアルラウネだから、魔物に近い魔術体系なのかも知れない。


「ライノ。私の魔術、どう」


 ずずいっと身を乗り出して感想を求めてくるビトラ。


 うん。

 顔は無表情でも、髪を見ずともこれは分かる。


 なんせ目がキラキラしてるからな。

 これは期待に満ちた目、というやつだ。


「そ、そうだな」


 うーん、どうしよう。

 確かにビトラの魔術はどれもスゴイものだ。


 だが、正直……パレルモの時空断裂魔術などと比べると地味だ。


 現実的に実戦で使えそうなのは《枯死》くらいか?

 《枯死》は間違いなく植物系魔物に対する有効な攻撃手段だからな。


 派手さというならば《繁茂》だが、これは明らかに攻撃手段としては使えそうにないからな。


 と、そうだ。


 この魔術についてはビトラに確認すべきことがあったな。


 そう思って、そこに立っているビトラに――


「ライノ、ライノ。私の魔術、どう」


「おわっ!?」


 気がついたら、鼻と鼻がくっつきそうな距離にビトラがいた。

 座り込んだままの俺と目線を合わせるように四つん這いになり、俺の顔を覗き込んでいる。


 考え事をしていた間に距離を詰められていたらしい。


「わ、わり。ちょっと考え事してた」


「む。ライノ、ちゃんと私の魔術を見て」


 さらにずずいっと顔を近づけてくるビトラに、俺はのけぞりながら答える。

 こんどは唇と唇が触れそうになる。


「だ、大丈夫だ。そっちはちゃんと見てたから」


「む。そっち、とは?」


「い、いや」


 思わず顔をそむけつつ、そう答える。


 いやね、ドレス姿の女の子が、四つん這いになっているわけですよ。

 しかも彼女の服は肩出しのヤツで。

 正直目のやり場に困る。


 と、そんなことはどうでもいい。

 話を戻さねば。


「そ、そうだビトラ! さっき《繁茂》でなら、お前の知ってる植物ならなんでも出せるっていったよな」


「む。肯定する。草に分類されるものなら、私の知っている限り出すことが可能」


「つまり、これから知れば・・・・・・・、それも新たに出すことができるということか?」


 こくり、とビトラが頷く。


 よし。

 それならば。


「いったん、部屋に戻ろうか」


「む。もう魔術はいいの」


 まだちょっと物足りなさそうなビトラ。

 というかこの子、なかなか距離を取ってくれないんだが。


「あ、ああ。これからビトラにはたくさん活躍してもらうことになりそうだからな」


「む。ライノがそう言うならば、仕方ない」


 言って、ビトラがようやく俺から離れた。


 ふう。


 根が真面目でやる気があるのはいいんだが、ビトラはちょっと人と人との距離感がおかしい気がするな。

 言って聞かせるような類いのことじゃないし、パレルモも似たようなところがあるし、どうしたもんかな。




 ◇




「これを《繁茂》で再現できるか?」


 ダイニングに戻った俺は、買い付けてきた荷物を開けると、例のモノを取り出した。

 包みの中に入った黒い粒をいくつか取り出すと、手の平で転がしてみせた。


「む。これは何の実。いい匂いがする」


 ビトラは俺の手から、一粒だけつまみ上げる。

 彼女はしげしげと種子を眺めたあと、くんくんと匂いを嗅いだ。


「これは黒胡椒の実だ」


 そう言うと、「……む」とビトラは不思議そうに首をかしげた。


「黒胡椒とは、あの容器に入ったもの。確かに匂いは似ているが、形が違う」


 ビトラがテーブルの上に置いたミルを指さす。


「当然だろ。あっちは、黒胡椒こいつを挽いたものだからな」


「む。それは初耳」


 驚いたふうな口調のビトラ。


 まあ、そうか。

 普段料理なんてしない彼女にとって、黒胡椒とはすでに挽いたあとの粉末のことだ。


「で、どうだ? やっぱり、実物を見ないとダメか?」


 実を言うと、俺も黒胡椒自体は見たことはあるが、実際に草木に付いているところは見たことがない。

 だから、この黒胡椒という香辛料が本当のところ草になっているのか、木になっているのかは分からない。


 ま、ダメ元だな。


「む。問題ない。でも、もしこの種子が木の実ならば、私が《繁茂》で生やすことはできない」


「分かってる。やってみて、ダメなら別のを試すまでだからな」


「了解した。では、やってみる」


 ビトラはそう言うと、両手で黒胡椒の実を包み、目を閉じた。

 すぐに彼女の両手から燐光が溢れはじめ、それが小さな魔法陣を形作る。


 そして。


「む。これが黒胡椒。覚えた」


「おお。早いな」


「覚えるのは、すぐ。――《繁茂》」


 ビトラが魔術を行使すると同時に、ダイニングの床からにょきにょきと蔦状の植物が伸びてきた。


 最初は小さな芽、それからすぐに蔦が伸び始め、やがて青々とした胡椒の実が鈴なりに実った。


「おお! ビトラ、でかしたぞ! 黒胡椒は草だったみたいだ」


「む。では、もっと増やす――《繁茂》」


「え? あ、おい、ちょっ待――」


 俺の制止を待たず、ビトラがさらに魔術を行使する。


 にょきにょきと、大量の胡椒のツルが部屋中を埋め尽くしてゆく。

 気がつけば、ダイニング全体が胡椒畑になってしまった。


「ねーねーライノーなんか騒がし……ってなにこれ!!」


 隣でゴロ寝していたパレルモがダイニングのドアを開け、素っ頓狂な声を上げた。


「ライノ。私を褒めて」


 ふんす、とドヤ顔で鼻息を荒くするビトラ。


 つーか、これどうすんだよ……


 百年間ひたすら胡椒まみれの料理を作り続けても使い切れない量があるぞ。

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