第35話 ショートカット開通

「座標の固定、よし。転移先は遺跡の第一階層に設定。空間斥力の作動……確認。転移先の障害なし。魔力流入量は……問題ないな。ビトラ、これで大丈夫か?」


「む。見たところ術式は安定している。いつでも起動できる状態」


 ビトラが大きく頷き、太鼓判を押してくれる。


 ここは祭壇の広間、その一番奥の壁の隅。

 俺の足下には、魔力によって淡く輝く魔法陣がある。


 大人が両手を広げたよりも一回りほど大きなこれは、この祭壇の広間と遺跡第一階層をつなぐための転移魔術だ。




 あのあと、俺たちはグリフォン肉を堪能してから、魔導書をチェックした。

 魔導書には、転移魔術の起動手順や運用方法などの詳細が記載されていた。


 もちろん俺は古代の言語なんて分からないから、パレルモとビトラに翻訳してもらったわけだが、すでに魔導書の内容は全て頭の中に入っている。


 しかし、まさか鍋敷き代わりの白紙のノートがそうだとは思わなかったな。


 ちなみに鍋敷きは別のヤツを使った。

 が、もしかしたらソレにも重要な魔術が書いてあったのかも知れない。


 ビトラは、「む。これは本当の白紙」と言っていたが怪しいところだ。




「む。ライノ、集中が乱れている。術式の綻びを直して」


「おっと。すまん」


 ……思考が逸れた。


 これだけ大きな魔法陣となると、術式を維持するだけでも大変だ。

 絶えず魔力を流入させておく必要があるし、なにより慣れない魔術を複数起動し、平行して制御するためにかなりの集中力を要する。


 あまり別のことを考えている場合じゃなかったな。


 俺は術式の綻びを直し、さら集中する。


 魔導書の説明通りならば、一度起動してしまえば、遺跡の魔素を吸収しつつ、半永久的に稼働するはずだ。

 だから、もう少しの辛抱だな。


 俺は魔法陣へ流し込む魔力量をさらに上げると、術式起動のトリガーとなる呪文を頭の中で復唱する。


 よし。

 準備完了だ。


「じゃあパレルモ、用意はいいか」


「うん」


 こくりと、パレルモが喉を鳴らした。

 お、これはかなり緊張しているな。


 パレルモは俺の身体にしっかりとしがみついている。

 だから、彼女の心臓の高鳴りがよく分かる。

 ドキドキ、ドキドキと。


 つーか緊張しているのは分かるが、ちょっとくっつきすぎだろ。

 くっつくというか、密着だ。

 パレルモの身体の柔らかい感触で、集中が乱れないようにしなければ……!


「む。ライノ」


「分かってる分かってる」


 そもそもの話、別のパレルモが俺についくてくる必要は全くない。

 俺一人で地上まで行って帰ってくるだけで大丈夫だ。


 もう第一階層にある転移先の魔法陣は、敷設自体は完了しているからな。

 ここからそこまで転移して、術式の起動を確認がてら帰ってくるだけの簡単なお仕事だ。


 だが、パレルモにそれを説明してここで待っているように言ったら「絶対にイヤ! ライノと一緒がいーの!」とだだをこねられた。


 もちろんそれはそれで別に悪い気はしない。

 だが、こうやってぴったりとくっつかれたままだと動きにくくて仕方がない。


 それになんか、パレルモが俺にくっつきだしてから、ビトラのこっちを見る目つきが妙に怖いんだが。

 髪がまた逆立ってるし……


 まあいい。

 気を取り直して、と。


「よし。――、――。……《起動》」


 古代言語によるトリガー呪文ワードを口にしつつ、必要量の魔力を魔法陣に流し込む。


 キイイィィィン――


 すると辺りが光の粒子で包み込まれ、視界が閃光で塗りつぶされる。


 おお、コレ結構まぶしいな。

 思わず目をつぶってしまう。


 といっても、閃光は一瞬のことだ。


 すぐに目を開く。


 景色が、一変していた。


 遺跡内部であることには変わらないのだが、祭壇の広間とくらべてさらに広大な地下空間だ。それに壁面彫刻の内容も違う。


 ここは……遺跡の第一階層部分で間違いなさそうだ。

 術式は無事起動したようだな。


「パレルモ、大丈夫か?」


「うん」


「目、開けても大丈夫だぞ」


 俺にしがみつき目をぎゅっとつぶったままのパレルモに、声をかけてやる。


「……おおー。成功! 転移魔術、すごいねー」


 目を開いたパレルモも辺りを見回して、感心したような声を上げた。

 いや、一応お前の持ってた魔導書の術だからな?


「じゃあ、ここも起動して戻ろうか」


「うん! ……ちょっとまって」


 魔法陣を起動しようとしたらパレルモに止められた。


「なんだ? ビトラが待ってるぞ」


「ねーライノ」


 いつになく真面目な表情のパレルモだ。

 というか、そんな顔初めて見たぞ。


「どうしたんだ? 急に改まって」


 パレルモは少しだけ視線を落としたあと、口を開いた。


「ライノは、わたしを食べたくならないの?」


 そのことか。


 確か、魔王が本来の姿になるためには巫女を食べる必要があるらしいんだったか。

 それが巫女の本来の役目だとか、そんな感じで。


 もしかしてビトラが言っていたことを気にしているのか?


 パレルモ自身は、そのへんのことが完全にすっぽ抜けていたっぽいからな。

 記憶自体がないのか、長い年月で忘れてしまったのかまでは分からんが。


「パレルモは、俺に食べられたいのか? まさかとは思うが」


「ううん。ヤダ」


 首を振る。

 まあ当たり前だよな。


 いくらそういう役目を背負ってたとしても、物理的に食われたいヤツがいるとは思えない。


 でも、彼女にとっては心配だったのだろう。

 こうしてわざわざ二人きりになるようにしたうえで、真面目な顔で聞いてくる程度には。


 まあ、ペッコとかいう前例があったからな。

 だがそんな頭のイカれたヤツと一緒にしてもらっては困るな。


 ましてや、いつも側にいるようなヤツをどうこうしようなんて間違っても思うわけないだろ。


「パレルモ。俺は別に魔王になろうなんて思ってない。なる予定もない。それより、メシだ。美味いメシが食えればそれでいい。パレルモもそうだろ?」


「う、うん」


 俺は頷く彼女の頭にポン、と手をやった。

 そのまま彼女のさらさらの銀髪をなでくりまわしながら、さらに続ける。


「それに、あー、なんだ。メシってのは、一人で食ってもつまらんもんだろ? もちろん、それだって誰でもいいわけじゃない。パレルモ。俺は……他の誰でもない、お前と一緒に食うメシが一番美味いんだ。……これでいいだろ? ああ、もちろんビトラが一緒でも美味いとは思うがな?」


 あー。

 言葉にすると、ちょっと照れくさいな。


 事実は事実なんだが、これじゃ愛の告白みたいだ。

 最後の方はなんか照れ隠しみたいになっちまったし。


 これはやっちまったか?


 ほら、パレルモが面食らったような顔をしてるぞ。


 クソ。

 やっぱこういうのは柄じゃねーな。


「さあ、あまり長居をするとビトラが心配するからな。さっさとここの魔法陣を起動させて祭壇の広間まで戻るぞ。魔力を消費したら腹も減るしな」


 俺はパレルモから視線から外し、魔法陣に魔力を流し込んだ。

 平行して座標固定や空間斥力に関する魔術の構築も始める。


 ……いっとくが、これは別に照れ隠しじゃない。

 転移魔術は複雑で集中力を要するからな。


 で、パレルモはというと。


「……うんっ! わたしもライノと一緒に食べるごはんがだいすきだよ!」

 

 だから、術の行使中に腕にしがみつくなって。

 作業がやりづれーだろ……





 ◇




 広間に戻ると、魔法陣の近くで座り込んでいたビトラが、待ちかねたように立ち上がった。


 いそいそと俺とパレルモに近寄ってくる。

 が、なんか様子がおかしいぞ?


 ちょっと不機嫌そうだ。


 具体的には、蔦髪がいつもより多めにわしゃわしゃしているな。


 まあ、少し待たせてしまったからな。

 いらぬ心配を掛けてしまったかもしれない。


「む。二人とも、遅かった。何かあったの。何か二人の雰囲気……変」


 うっ。


「い、いや。ちょっと術の構築と起動に戸惑っただけだ」


「う、うん。そーだよ? なにもなかったよー?」


 パレルモ。

 そのセリフは何かがあったヤツだけが吐くセリフだ。

 誤解を招くからやめろ。


 つーか、別にやましいことなんて何もしてないだろ。

 ちょっと不安なパレルモを、安心させただけだ。


「……む。怪しい」


「いやマジで何もないからな?」


「そ、そうダヨー」


 だからパレルモ!

 目線を泳がせながらそのカタコト見たいな喋り口調をやめろ!


「……む。ライノ。あとでちょっと話がある」


 いつもの無表情から、完全にジト目になったビトラの声は、平坦を通り越して虚無だ。


 と、とりあえず誤解ないように、俺からも説明する必要がありそうだ。


 め、めんどい……

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