第2章
第33話 久しぶりの祭壇の広間
「ただいまーーーー!!」
パレルモの元気な声が、祭壇の広間に響き渡る。
太い支柱と半壊した祭壇以外は何もない空間に、その大声がぐわんぐわんと反響しまくる。
う、うるせー!
あちこちからパレルモの声が跳ね返ってくるもんだから、俺は耳を塞がずにはいられなかった。
つーか、あまりの大音量だったせいか、支柱に掲げられた松明の炎が揺れてるぞ。
一言文句を言ってやろうと思ったが、すでにパレルモは半壊した祭壇の奥へと消えている。
素早いやつめ。
ったく。
久しぶりに祭壇の間まで戻って来たのはいいが、これじゃ完全に我が家に帰ってきた子供じゃねーか。
はしゃぐのはいいが、せめてそこでへたり込んでいるビトラを一緒に部屋まで連れてってほしい。
「大丈夫か、ビトラ。さすがに疲れたろ」
「……む。しばらく休めば問題ない」
広間に到着するなり、出入り口の近くにあった段差に腰掛けたまま、根を張ったみたいにそこから動かないビトラ。
相当にお疲れのようだ。
まあ、それも仕方ないか。
ただの初心者ダンジョンなテオナ洞窟はともかく、五十階層ほどの遺跡型ダンジョンをひたすら降りてきたんだからな。
しかも、以前倒した魔物が全部復活して襲いかかってくる中を、だ。
しかし、確かに俺も疲れたなー。
なんだかんだで、地上からここまで来るのにまる二日ほどかかっている。
さらにただ歩くだけじゃなく、大量の魔物を狩りつつ、だ。
それを思い出した途端、背負ったままの背嚢がやたら重く感じるようになった。
この中には買い付けた大量の香辛料がパンパンに詰め込んである。
魔王の力を得たからにはこんな荷物の二つや三つ、どうってことない……などということはないのだ。
というのも、力を出さない平時は、俺は人並みの身体能力しかない。
もちろん意識すれば瞬時に身体能力を常人の数十倍まで高めることができるが、それにはわずかなりとも魔力を消費するし、なによりある程度それに意識を向けざるを得ない。
二日間ずっと、そんなことするのは面倒だからな。
「隣、座るぞ」
よっこらせ、と荷物をおろし、ビトラに並んで座る。
すると、ビトラはこっちに向き直り、
「この遺跡は私のいた遺跡と比べても、あまりに深すぎる。魔物の数も、強さも、異常。ライノとパレルモは、なぜこんな恐ろしい遺跡の中で平気な顔をして歩ける」
いつもの眠そうな目をさらに眠そうにしながら、ぼやく。
んー。
そんなもんだろうか?
確かに遺跡型ダンジョンに出没する魔物は危険なヤツが多いのは否定はしない。
今まで潜ってきた中でも、一番深いことも間違いない。
俺の知っている最高難度のダンジョンですら、三十数階層程度だからな。
だが、俺たちはすでにこの遺跡のだいたいの階層を探索済みだ。
罠の位置も、危険な魔物の生息地も、全部把握済み。
特に最深部にあたる四十五階層以下は美味い
そんな自分の庭とも呼べる場所が、恐ろしい?
まさか。
実際、ここに帰ってくるまでのあいだにパレルモの《ひきだし》がパンパンになるまで魔物を乱獲してやった。
ワイバーンにゲイザー、アラクニドにニーズヘッグなどなど。
魔物カズラやグリフォンの亜種に、尾針から熱線を放つ巨大サソリなんてのもいる。
ちなみにグリフォン亜種は手加減して倒したから、今度はなんとか原型を留めている。
もっとも、帰宅モード全開でテンションがアガりまくったパレルモのせいで三枚におろされた状態で、だが……
ま、なんにせよ、これでまたいつでも魔物料理を楽しめるというものだ。
地上で大量に香辛料も買い付けできたことだしな。
ちなみに蟲型のアイツは出てくるたびにゾンビ化したワイバーンに焼却させた。
しかし、ビトラの遺跡だって魔物がたくさん出るだろうに。
例の、凶悪な生態のトレントとか。
そう思って、彼女に話を振ってみる。
「ビトラだって、お前が元いた遺跡ならば、こんなもんだろ?」
「む。そもそも巫女が魔王と並んで戦うこと自体がおかしい。私の力はこうして草木を生やすだけしかできない」
そう言って、ビトラは広間の床に手を触れさせる。
するとそこから草が生えてきた。
これは……雑草だな。
とはいえ、何もないところに草を生やすというのは魔術としては凄まじく高度だ。
植物限定とはいえ、新たな生命を発生させるわけだからな。
だがこれだけじゃ、戦力としてはあまり役に立ちそうもない。
巫女である以上、こうして強力な力は宿しているのは間違いないんだがなあ。
まあ、パレルモだって俺が彼女のスキルを確認して鍛えなければ、戦闘力ゼロのか弱い女の子のままだったからな。
そういえばペッコは人間にトレントの種子を寄生させる魔術を使っていたが、この子はどうだろうか。
勝手な願望だが、ビトラにはあまりそういう術は使って欲しくないな。
「だいたい、なぜこの遺跡には転移魔術が設置されていない」
かなーりお疲れなせいか、ビトラの愚痴が止まらない。
「転移魔術? そんなものここにはないぞ」
「む。巫女ならば、なにかあったときのために、地上に通じる転移魔術を祭壇の間に設置しているはず」
「パレルモが? ああ、もしかして《どあ》のことか?」
パレルモの持つ短距離転移魔術を思い出す。
だが、あれは本当に短距離で、ダンジョンの階層をまたぐどこか、視認できる範囲にしか転移できない。
しかも魔術の発動に大量の魔力を消費し、なおかつ術の構築にかなり時間を要するから、戦闘向きともいえない。
実質ハズレ魔術だった。
それを説明したが、「……む。それは多分別の魔術」と否定されてしまった。
ん?
ということは、アレか?
「じゃあビトラは、転移魔術が使えるってことだよな?」
「む。肯定する。私の遺跡は最奥部と第一階層の隠し部屋に転移魔術を設置していた」
それを早く言ってくれよ!
そうしたらここまで一瞬でたどり着けたじゃねーか。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ビトラが「でも」と首を振る。
「遺跡と地上を繋ぐ転移魔術はその遺跡固有の魔法陣が必要。つまり、私の知っている転移魔術は、この遺跡では使えない」
「マジかー」
転移魔術、結構面倒くさい魔術だった。
だが、俺も畑違いだが魔術師の端くれだ。
その理由については、何となく分かる。
おそらくだが、転移先の座標指定のほか、転移時の事故を防ぐアレコレを魔法陣に記述する必要があるからだろう。
そうしないと、転移した瞬間に空を飛んでいたハエと融合しちゃったりするだろうからな。
それを指摘すると、
「……む。だいたいライノの言う通り」
とのことだった。
世の中うまくいかないもんだ。
ちなみにビトラの遺跡にはあらかじめそのへんのノウハウが書かれた魔導書が置いてあったそうだ。
ここには、そんな大層なものあったかな?
魔導書自体は、パレルモの部屋に山積みになってたが。
「む。それよりも、お腹が減った。もう限界」
ビトラの蔦髪がこころなしかしおれてきている気がする。
俺も腹が減っているのは確かだ。
いろいろ考える前に、メシにしようかね。
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