第19話 地上へ

「しかし、本当に冒険者ってやつはいいよな!」


 峡谷の階層を抜け、さらに二階層ほど上に上がり、いよいよ遺跡の入り口まであと少し、といった頃。

 負傷した剣士セバスを背負いながら歩く戦士マルコが、唐突に語り出した。


 スキンヘッドの強面のくせに、やけにすがすがしい顔つきだ。

 ちなみにセバスは怪我と疲労のせいか、マルコの背中で眠りについている。


「お、おう?」


 いきなり話を振られて、一瞬キョドってしまう俺。

 一体なんの話だ。


「いやな、この前もこの遺跡の上にあるテオナ洞窟で魔物に襲われて全滅しかけていたところを、ほかの冒険者の連中に助けられたんだよ」


「…………なる、ほど?」


 いや、あんたら全滅してたよ?

 俺がソンビ化してなかったら、確実にダンジョンの肥やしになってたよ?


 ……と思わずツッコミを入れそうになったが、マルコはまだ語りたいようだ。


「結構ヤバい魔物の大群に襲われてさ。俺とケリイは魔物の毒を喰らってもうダメだーって、動けなくなっちまってさ。正直死を覚悟したよ」


 だからお前ら死んでましたけど?


 ああ、ツッコミたい!

 ツッコミたいが……我慢だ。


 ここで俺が助けたことをカミングアウトすると、死霊術師だということがバレるのもセットだからな。

 ただでさえ邪悪とか何かとかで、忌避されがちな死霊術だ。

 それにあれは、客観的に見れば相当にリスキーな救助方法だし、あとで何を言われるか分かったモノではないし。


 ちなみに、どうやら三人組はあのとき俺が助けたということは知らないらしい。


 まあマルコとケリイはすでに死亡していたし、セバスも毒にやられて顔が腫れていたから、俺の顔を認識できていたか微妙だったからな。


 だがこいつらがゾンビ化したあとに、どういう経緯で蘇生までたどり着いたのかは、個人的に興味がある。

 本当に蘇生できるかは、正直五分だと思っていたしな。


 俺は黙って、マルコに続きを促す。


「気がついたときは寺院のベッドでさ。

 すげー心配そうな顔で俺たちが目覚めるのを待ってるヤツらがいたんだ。

 俺たちを助け出した冒険者たちだよ。

 信じられるか?

 寝ているヤツの身ぐるみを剥がずにずーっと見守ってくれているなんて」


 マルコが遠くを見て、何か感慨に耽る表情になった。

 スキンヘッドの強面おっさんとしては、結構ダメな部類の顔だ。


 というかこのおっさん、結構ハードな日常を送ってきたようだ。

 冒険者になる前は、スラムにでも住んでたのか?

 どっちかというと、身ぐるみを剥ぐ側に見えるが……


「しかも、助けた連中は俺たちがいくら礼をすると言っても銅貨一枚受け取りやがらねえ。

 『いや、俺たちはあんたらをただ見つけただけだから……』とか言ってさ。

 『それよりも、腹の傷大丈夫か?』とか、『腕、くっついてよかったな!』とか、多分魔物にやられてたんだと思うんだが俺の身体の心配までしてくれてんだ! 

 なぜか目を合わせてくれないことを除けば、ほんっと気持ちの良いヤツらだったぜ。

 ま、人助けをして気恥ずかしいって気持ちは、分からなくもないけどな!

 それに引きかえ、俺の地元なんてのヤツらときたら……」


 やっぱ、こいつらゾンビとして処理されたっぽいな……

 そのあとちゃんと蘇生してもらったっぽいが。


 うん、やっぱ俺が助けたこと黙っておこう。


 さて、熱っぽい口調で語るマルコの『嗚呼、素晴らしきかな冒険者』談義はまだまだ続いているが、さすがの俺ももうお腹いっぱいだ。


 俺は話題を変えることにした。


「なあマルコ。あんたらのパーティーはまだルーキーに見えるが、どういったいきさつで冒険者なんかになったんだ? かなり危険だろ、この仕事」


 ちょっとコイツラの前職に興味がある。

 勇者どもと一緒にいるときは、駆け出しルーキー冒険者と絡む機会なんてなかったからな。


 見た感じ、マルコは三十代半ば、セバスは五十代後半だ。

 生え抜きの冒険者なら、マルコくらいの歳ならばもうベテランを通り越してロートル呼ばわりされてもおかしくない年齢だし、セバスならばすでに引退しているだろう。

 もっともケリイはまあ駆け出し冒険者の歳といっても別におかしくはないが……


「俺は、前はヘルニルの街で飲み屋の用心棒をやっててな。

 まあ、冒険者になった理由は……どうしても大金が必要になってな。

 『ダンジョン探索で一攫千金!』てやつだよ。

 腕っ節には自信があったんだがな……」


 苦笑いしつつ、マルコがそう言った。

 ヘルニルの街ってのは、ここヘズヴィンの隣の領地にある街だな。

 たしか、かなり治安の悪い区域があったっけ。


 しかし、大体予想したとおりの職業だな。

 魔物相手では自慢のケンカ殺法も意味がなかっただろうが。


「セバスはどこかの貴族の執事だったらしいぜ。

 家が取りつぶしにあって暇を出されたせいで、仕方なく冒険者になったと言ってたな。

 大して強くねーのに、俺たちの前に出たがりやがって……まあそんな感じだ。

 ケリイは……そうだお前、前職なにやってたっけ?」


「え? わ、私はただのさん……し、商人の娘よ。だからたいした理由なんてないわ。まあ……ちょっとだけ魔術の素質があったから、せっかくだし冒険者になってみようかなー? って思っただけよ」


 なぜか目を逸らしながら、答えるケリイ。

 今言い直した気がするが、気のせいか?

 まあ、あえて俺がつっこむ話題じゃないな。


 と思ったら、マルコが生暖かい目をして言った。


「あー、そっかそっか、ケリイもそーいうお年頃だもんな。

 家業を継ぐのがイヤで実家を飛び出したクチか。

 まあ、俺もお前ぐらいの歳のころは背伸びをしたかったからな。近所にある騎士の詰め所まで、毎日ケンカを売りにいってだな……」


「ちがっ……! っていうか何なのアンタのその少年時代! 頭おかしいんじゃないの! っていうかツルツルなのは頭だけじゃなくて脳みそもなんじゃないの!?」


「うるせえこれは剃ってんだよ!」


 しかしこの三人組(一人は現在お休み中だが)はワイワイと会話していて、かなり仲が良さそうに見える。

 ひとり歳が離れているケリイも、強面のマルコに臆することなく言い返しているし。


 俺が前いた勇者パーティーはダンジョン攻略ガチ勢だったから、結構ギスギスすることがあった。

 ちょっとだけ、コイツラの対等な関係がうらやましく思える。


 だがまあ、この仲の良さは駆け出し冒険者特有のものだ。

 俺も懐かしんでおくだけにしておくか。


「そういえば、あんたらはどうなんだ? あんなスゲー魔術使えるんだから、実は結構有名な冒険者だたったりするのか?」


 マルコがこっちに話題を振ってきた。

 まあ話の流れからすると、こうなるか。


 あんなスゲー魔術とやらの使い手は、パレルモだがな。

 ちなみにパレルモはワイバーン討伐で魔力を使い果たしたのか、俺の背中でうつらうつらとしている。


 正直自分で話題を振っておいて何だが、こっちから答えられることはそれほどない。

 とりあえず無難に話を合わせておくか。


「俺は盗賊職シーフだよ。こっちのパレルモは……賢者だ」


 賢者……てのは当然口から出まかせだが、多分そのくらいの魔術だからな、あの空間断裂魔術とかいうのは。べつにウソは言っていないハズだ。多分。


「へえー! こんな若いねーちゃんなのに、あの魔術師最上位クラスの『賢者』なのか? やっぱあんたらってスゲーヤツだったんだな!」


盗賊職シーフですって!?」


 顔に似合わず割と物知りっぽいマルコがパレルモに驚き、ケリイがなぜか俺の職に反応した。


 ん?

 やっぱ商人の娘としては、そういう職は気になるのだろうか。


「ケリイ、俺の職業がどうかしたのか?」


「……っ、あ、いえ……だから、あの隠し扉の仕掛けを解けたのか、と思って。

 まさかテオナ洞窟の最深部に、こんな隠しダンジョンがあるなんて思わないじゃない。でも高レベルの盗賊職なら、ね」


 「私たちは、ホントに偶然だったけど……」とケリイが付け足す。


 隠し扉の仕掛け?

 ああ、このダンジョンの入り口のことを言ってるのか。


 つーか、やっぱりここはテオナ洞窟の下だったようだ。

 ということは、ダンジョンから出たら街まではすぐだな。


 しかし、ケリイも何となく誤魔化すような態度だし、事情がありそうだな。

 別に突っ込んで聞くつもりはないが。


 そんな感じで俺はマルコやケリイと会話をしつつ、ダンジョンを戻っていった。


 ちなみに峡谷の階層を抜けたその後は、とくに魔物と出くわすことはなかった。

 代わりにおどろおどろしい壁面彫刻が延々と続く、寺院のようなフロアがずっと続いていたな。


 それらの階層はそれらで、なかなかどうして古代遺跡らしい雰囲気があった。

 彫刻は……何か、人間と魔物の戦いの様子がひたすら彫られていたな。


 遺跡の出入り口を抜け、さらに三階層のテオナ洞窟を上がっていけば、いよいよ地上だ。




 ◇




 地上に出ると、宝石をちりばめられたような満天の星空が俺たちを出迎えてくれた。


 東の空に浮かぶ月を見るに、時刻は夜半過ぎといったところだろう。

 大きく息を吸い込むと、透き通るような空気で肺が満たされていくのが分かった。


 かなりの時間を地下深くですごしたせいで閉鎖空間に慣れきっていたが、やはり地上に出たときの開放感は格別だ。


「ねえライノー、ここの天井、すっごい高いね! それに、キラキラしててすっごくキレイ!」


 俺の隣で、パレルモが呆けたような顔で夜空を見上げている。


「パレルモ、上に天井なんてねーぞ。あのキラキラは、星っていうんだ。すごく高い場所にあるから、掴もうとしてもとれないぞ」


「《ばーん!》でも?」


「当たり前だろ。ていうか危ないから、むやみやたらにアレを撃ったらダメだからな」


「ライノがダメっていうなら撃たないよー」


 そういえば、パレルモは祭壇の間で何千年もの間すごしてきたんだっけかな。

 というか、パレルモってスキル《暴露》で確認したが一応人間なんだよな?

 空を知らずに育つなんて、あり得るのか? 


 コイツの生い立ちもかなりの謎だ。


「なあ、おい、ホントに俺たち、あの地獄のような場所から帰ってこれたんだな」


「ええ、奇跡のようです」


「ね、ねえマルコ、私腰が抜けちゃって……」


 ちなみにマルコとケリイはダンジョンから出た時点で緊張の糸が切れたのか、さきほどのハイテンションからうって変わり放心状態で俺たちの側にへたり込んでいる。

 セバスも動くと傷に響くのか、じっと夜空を眺めている。

 総じて疲労困憊、といった具合だな。


 ここで一晩じっくりと身体を休める選択肢もあるが、セバスの傷が予想以上に酷い。

 なるべく早くヘズヴィンの街に戻ったほうがよさそうだった。


 宿の荷物は無事だろうか?

 香辛料と調味料の買い付けは、店が開く明日以降だな。

 となると、先に冒険者ギルドに寄っておくか。

 しばらく行方不明の状態だったからな。


 俺たちは、少しだけそこで休憩を取ったあと、ヘズヴィンの街へ向かった。

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