第17話 そろそろダンジョンから出ようと思う

 ついに恐れていた時が来てしまった。

 調味料も香辛料も尽きたのだ。


 あれから体感時間で一週間ほど経った。

 意外と味にうるさいパレルモにブーブー言われながらも、節約して頑張ってきたのだが……


 とうとう限界が来てしまった。


 臭み消しの野草ならば、祭壇の間から数階層上がれば採れないことはない。

 しかし塩や香辛料がないと、魔物を美味しく食べることができない。


 正確には、塩はあとひとつまみ分ほど残っている。

 だが、それだけじゃ何も作れないのと同じだ。


 じゃあ、どうする?

 というわけで、そろそろ本気でダンジョン攻略をすることにした。

 



 ◇




「十時の方向、斜め上空に魔物の影が見える。ワイバーンだ。数は十体。パレルモ、どうだ? いけるか?」


「大丈夫だよー」


「了解。ここはヤツらからは見えない。射程範囲になったら指示を出す。そうしたら、落ち着いて狙撃しろ。撃ち漏らしてこちらに向かってくるやつがいれば、俺がやる」


 俺は数日前に取得したばかりのスキル《望遠》で、岩陰から注意深く様子を伺う。

 視界にあるのは、深い峡谷を悠然と飛ぶワイバーンの群れだ。

 スキルのお陰で、ワイバーンたちのきらめく鱗が、数さえ数えられそうなほど鮮明に見える。


 彼我の距離は数千歩といったところか。

 パレルモの空間断裂魔術の射程範囲に間もなく入る。


 ここは祭壇の間から数えて、四十五階層上のフロアだ。

 直下の階層から続くやたら長い通路を出ると、この峡谷の底に出た。


 どうもこの遺跡には、五階層ごとに強力な魔物か、こういった地上の自然環境を模した広大な階層が存在しているらしい。


 いってみれば、ひとつの区切りのようなものだな。

 遺跡型ダンジョンにはよくある構造だ。

 残念ながら海や岩塩地帯はなかったが。


 ちなみにその前の四十階層目では寺院風の広間で、三体のグリフォンと戦った。


 普通なら一体出現した時点で近くの街や村に戒厳令が敷かれ、百人からなる弓兵や重騎兵、それに遠距離攻撃が得意な魔術師で討伐にあたる魔物のはず……だった。


 だが、二人でかかるとあっさり討伐できてしまった。

 拍子抜けだ。

 それ以前の階層はそれなりに歯ごたえのある魔物もいたのだが……


 色や形状が少し違ったから、もしかしたら下位種族のような存在なのかも知れない。


 それはさておき。


 ワイバーンたちの耳障りな鳴き声が響いてきた。

 峡谷に反響しているらしい。

 よし、射程範囲内に入ったな。


「そろそろだ。用意はいいか」


「いつでもいい……よ」


 パレルモは少し緊張しているようだ。

 あれだけデカい獲物を十体同時に相手取るのは、そういえば初めてだったか。


 ワイバーンは遠目でも、見た目が威圧感満点だ。

 あの気色の悪い蜘蛛型魔物――アラクニドなどと違って、筋骨隆々というか、野性味溢れる力強さがある。


 戦えるならば戦いたいところだが、対空戦闘は今の俺には少々厳しい。


 ここには弓矢も弩もないし、あったとしても俺には扱えるだけの技量がない。

 それに、パレルモの《ひきだし》に格納されている魔物はすべて飛ぶことができない。


 第四十階層で倒したグリフォンは空を飛ぶことができる魔物だったが、最初強敵だと思って二人で本気を出したら原型を留めないほどボロボロにしてしまった。

 だから、グリフォンのゾンビを使役して戦うことはできない。


 もっとも、あんなに弱ければワイバーンと対等に戦えるのか微妙だが……


 そういうわけで、今は遠距離攻撃が可能なパレルモだけが頼りだ。


「ライノ、もう撃っていいー?」


「もう少し、引きつけてからにしよう」


 声を潜めて指示を仰いでくるパレルモに、同じく声を潜めて回答する。


 これまでの経験からあまり苦戦するとは思えないが、油断は禁物だ。

 できれば、一網打尽にしたい。


「……ん?」


 岩陰から息を潜め観察していると、ワイバーンの群れが急に向きを変えた。

 群れ全体で断崖の中腹の、ある一点を取り囲むようにして飛び始めた。


 どうやら狩りをしているらしい。

 獲物は他の魔物だろうか。

 ダンジョンの中は弱肉強食だからな。

 弱い魔物はより強い魔物に狩られる運命だ。


 お、ワイバーンの一体が火を噴いたな。ブレスだ。

 いいねえ。

 ワイバーンの肉を食べたら、アレを使えるようになったりしないだろうか。


 ダンジョン内にワラワラと湧き出す蟲型魔物がウザいので、出現する端から焼却してやりたいからな。

 あいつらは食い物じゃないし。

 繰り返すが、あいつらは食い物じゃない。


「ライノ、あれ、もしかして挑戦者?」


「……なに?」


 ブレスを噴くワイバーンから、パレルモが指さす先に《望遠》の焦点を合わせる。

 確かによく見ると、ワイバーンの火焔ブレスから逃げ惑う三つの人影が見える。

 ちなみにパレルモも同じく《望遠》を取得済みだ。


 おお。

 あれは冒険者だな。

 なんだが、すごく久しぶりに出会った気がする。


 だが、感慨にふけっている暇はなさそうだ。


 こうして見物しているうちに、彼らが消し炭にされてしまっては夢見が悪い。

 それに、ダンジョン内部では冒険者は相互扶助の義務がある。

 ここはひとつ、恩を売っておくか。


「パレルモ、予定変更だ。もう少し引きつけた方が狙いやすいと思ったが、あれだけ同じ場所にとどまるなら問題ない。狙撃用意だ」


「ほいさっさ」


 ビシ! と敬礼するパレルモ。

 ふざけているようだが、目は真剣そのものだ。

 でも美少女顔でその口調はやめろ。


「目標は……そうだな、まずは一番外側を飛んでるやつを狙ってみろ」


 流石に冒険者たちに当てる訳にはいかんからな。

 魔術の精度は日に日に向上しているが、万が一ということもある。


「一応、範囲は絞ってな。自分のタイミングでいいぞ」


「りょーかい」


 岩陰から身を乗り出すパレルモ。

 

「んん~、……へあっ!」


 彼女の気の抜けたかけ声と同時に、前方に伸ばした両手の間に空間の揺らぎが生まれ、高速で射出される。


 次の瞬間、断崖を遠巻きにして飛んでいたワイバーンがまとめて三体ほど、真っ二つに裂けた。


 だが不可視の刃の勢いは止まらずさらに直進してゆき、奥の断崖の突き出た部分を切断していく。

 支えきれず、崩壊する岩塊。


 …………バシュ……ン……ガガ……ゴゴン……


 数瞬遅れて切断音、それに轟音と地響きが聞こえ、見ている間にワイバーンの死骸は土砂で完全に埋まってしまった。


 ……パレルモさん?

 こっち見て「褒めて、褒めて?」みたいなドヤ顔をするのは別にいい。

 あとでいくらでもなでくり回してやろう。


 でもさ。

 それちょっと気合い入れすぎじゃね?

 というか、アレじゃもう食料にならんぞ。


 思わず突っ込みたくなるが、俺は努めて平静を保つ。

 本番はこれからだからな。

 

 しかし……

 あまりのオーバーキル具合に、正直ワイバーンが可哀相になってきた。

 この子には、あとで『手加減』というものをキチンと教え込む必要があるな。


 というか、さっきの一撃でワイバーンがこっちに気づいた。

 おおー。

 仲間を殺され怒り狂ったワイバーンの残りが、こっちに向かってきている。

 これはなかなかド迫力だ。


「ラ、ライノ! 見つかっちゃった! どどどうしよう、どうしようー」


 あわあわと俺にしがみついてくるパレルモ。

 さっきのドヤ顔はどうした。


「落ち着けって。あんなヤツらどうってことないだろ」


 あんな超魔術を放っておいて、この涙目だ。


 まあ、さすがに一週間じゃ付け焼き刃だったかからな。心はまだまだ以前のパレルモと変わってない。こればっかりは仕方ないな。

 まあ、そこに可愛げがあるといえばあるのだが……


「撃ち漏らしは俺が仕留めるといったろ。お前は岩陰に隠れてろ」


 対空戦闘は苦手だが、敵がこっちに向かってくるならば話は別だ。


 俺は岩陰から出て、ワイバーンと向き合うかたちで谷底に立った。

 上空で旋回し始めるワイバーンたち。


 おお、かなりデカいな。

 火竜とまではいかないが、馬くらいなら簡単にさらっていけそうなほどはデカい。


 旋回していたうちの一体が、ものすごい勢いで急降下してきた。

 意外と速度がある。

 大きく開いた顎が奥から火の粉が見え……火焔ブレスが放たれる。


「よっ、と」


 だが、このくらいの高度まで降りてくれば、こっちのものだ。

 炎の奔流に呑まれる前に、俺はワイバーンめがけて跳躍する。

 そのまま太い首に手を引っかけ、くるりと回転。

 ワイバーンの首にまたがった。


 おお、こうしてみると、竜騎士になった気分だ。

 景色もいいし、こりゃいいな。

 一体くらいは食わずに使役するか?


『…………ッ!?!?』


 さすがに俺の行動は予想していなかったらしく、混乱するワイバーン。

 地上付近にとどまるのはマズいと思ったのか、慌てて急上昇を始める。

 行き先は、仲間の元だ。

 首にしがみついた異物を取ってもらおうと思ったのだろう。


 仲間のいる空域まで到達すると、ワイバーンたちが一斉に襲いかかってきた。

 もうこいつは用済みだな。


「――スキル《解体》。よっと」


 乗っている個体の首を包丁で刎ねる。

 力を失い墜落する前に、激昂して襲いかかってきた個体に飛び移り、同じように首を刎ねる。

 同時に襲いかかる個体は、翼を根元から斬り落としてやる。

 獰猛なのはいいが、相手を見誤れば蛮勇だ。

 みるみるうちに数を減らしてゆく、ワイバーンたち。


『……ッ!? …………ッ!?』


 最後の一体になったところで、ようやく自分たちが狩られる側だと気づいたようだ。

 慌てて逃げようとするが、もう遅い。


 俺は最後の一体に飛び乗ると、頭部に包丁を突き立てた。




 ◇




「だいじょーぶ? 血、すごいよ?」


 岩陰から出てきたパレルモが心配そうに近づいてくる。

 そのまま墜落するワイバーンの胴体をクッションにしたせいで、身体中血まみれだ。


「問題ない。それより、食えそうなヤツは回収しといてくれ」


 俺は顔や服に付着したワイバーンの血をぬぐい、答える。


「う、うん!」


 俺が無傷なことを確認したパレルモはホッとした表情になり、ワイバーンの回収に向かった。


 ふう。

 仮に攻撃が届かなくとも、空中で近接格闘の状況に持ち込むことができれば、案外なんとかなるようだな。

 ぶっつけ本番で少々不安だったが、結果オーライだ。


 それより、ワイバーンに襲われていた連中が気になる。


 近くに谷底から上に登る道があるから、様子を見に行こう。

 ダンジョンの上層へ至る道も、多分そっちだろうし。

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