第二章20「一閃を凌ぐ」


 鋭い銀閃が森の中で点滅する。

 ゼロンとイアスが戦っているのだ。

 丘を超え崖を駆け上り徐々に徐々に奥に進む様はまるで台風の様であり、実際、彼らが通った道にある障害物はものの見事に細切れになっており、所々に大技でも放ったのか、巨大な斬り跡も見えた。


「はッはー! 中々やるじゃねぇかおい! 俺と戦ってもう数分! 一体何年ぶりだ!?」

『ぐ、ウゥ……!?』


 余程嬉しかったのか、剣に込められる力が更に増すのを見てゼロンは真っ当な斬り合いは不利だと察した。


『全く、衰えを感じさせないとは……それで数百年も生きている身か?』

「悪いがまだ俺の体は成長途中なモンでな。筋肉痛だって二日遅れだ!」

『世間一般ではそれを老いというのだ! ……そうか、貴方も老いには勝てなかったか』


 ゼロンはそう言いながら、己の体を見る。

 いや、それは間違いだ。

 正確に言うならば他人の体と言うべきか……ともかく、ユウの体には常時治癒魔法を施している。ゼロンとの『入れ替わり』まで、ユウの体は死ぬ寸前まで行っていた。

 そんな状態で直ぐに剣など握れるはずもなく、現に今でも注意しなければ直ぐにこの体はボロボロになるだろう。アキレス腱の断裂もこれでもう何回目か。


「知った様な口ぶりだな……今日初めて会ったばかりだろ」

『えぇ、そうですね』

「元から薄気味悪ぃ奴だとは思っていたが、遂に頭までやられちまったのか?」


 イアスの剣が振り下ろされる。

 薄茶色の鞘、水色の刃文が入った独特の形状の剣……刀だ。

 刀の中でもオーソドックスな打刀。

 剣とは基本的に切る為に生まれたものだが、西洋剣は主に叩き切るのを得意としている。


 だが逆に刀は剣の真価――『斬る』事を極限まで突き詰めたような形状をしている。

 単純な殺傷能力ならゼロンの持つ『黒桜剣』とイアスの持つ無銘の刀は同レベルだ。


 黒桜剣の重量は決して軽くない。

 寧ろ重い方だと言える。

 対してイアスの持つ刀は軽量だ。手の数で圧倒されるのは目に見えている。

 打ち合いに持ち込んでも、その常人離れした握力によって防戦一方となってしまう。


 力強く、小回りが効いて、尚かつ素早い。

 いくらゼロンであれど、基の体が別物である以上、本来の実力を発揮できない。


「剣神流・波風斬り」


 持つ刀の手つきが変わって、ゼロンはその場で最低限の防御をせざるを得なかった。

 鋭く、落とされた刀身が右腕を沿った。

 皮膚が裂け血管が破れて、夥しい量の血が噴出した。


『グ、うゥ……!!』

「ほー、耐えたか。いや凌ごうとしたのか? あの一瞬でそこまでの判断が出来るとは……本格的に弟子にしたくなった」


 直ぐに後方に下がったゼロンは左手で斬られた箇所を押さえる。治癒魔法がみるみる穴を塞いでいるのを見て、ゼロンはイアスに向かって叫んだ。


『流石元剣神……参った、降参だ! ――俺の負けだ!』


 それは降参の言葉だった。

 ゼロンはイアスと距離を取ってそう言った。

 その言葉に、イアスがアァ!? と怒気を露わにしながら叫んだ。


「ンだよお前、いっきにシラケる事言いやがってよ……つまんねぇ」

『そう怒らないで貰いたい。確かに剣技に置いて、貴方は俺より上だ。幾ら本調子とは程遠い体だとは言え、


 ゼロンの言葉に怪訝な表情を浮かべるイアス。

 まるで久しぶりに出会った知人の様な感覚に、気持ち悪ささえ覚える。

 それもそうだろう。何故なら――。


(似てる……あまりにも、似すぎている)


 姿形は違うがそれでも似ているのだ。

 剣の振り方、足運び、技の防ぎ方——とても、その技量は明らかに初心者のものでは無い。明らかに熟練者によるものだ。だがそれはまだイアスの目から見ればアマチュア程度。


 恐らく剣王か、良くて剣龍程度だろうか。

 自分の足元ぐらいには及ぶが、とてもじゃないがその刃が喉に掛かる程ではない。

 それらも含めて――似ているのだ。


(いた……随分昔に、それこそ四百年前に……!)


 剣神流は最も主流な剣術であるが、それはイアスより前の剣神に教わった剣士たちが紡いで来た歴史なのだ。しかし、剣神となって四百年という破格の歴史を持つイアスの、直属の弟子は片手で数えられる程しかいない。


(変な野郎だった。見込みがあったのに、たった二年程度で止めやがった奴だ)


 確かソイツは一人では無く二人で来た。

 同じ冒険者パーティの内の一人らしい。

 幼いが、中々に見どころがある奴らだったから、特別に直々に教えてやってたのだ。

 だがその内の一人は自分の才能の底を見たのか『剣王』の位を頂いた頃に、弟子を卒業したのだ。


 因みに最後に残った奴は『剣神』の称号を貰わずに死んでしまった。

 そして途中で止めたソイツは『』と呼ばれるようになり、やがてとある戦争で死亡した。


 面白くない奴だった。普通、自分の限界を見た奴は絶望か、それ以上の感情を覚えるはずなのだが、ソイツは逆だった。あれ程懸命に努力していた剣を捨てて、今度は魔術の道に入った。


「この剣は俺が弟子に贈った奴だ――名を、『黒桜剣』。ま、当の野郎は既に自分の魔剣を持ってるって事で、結局は弟子崩れの魔術師ボンクラに嫌がらせ目的で投げつけたやつなんだがな……」


 その弟子はある日、新しく出来た仲間を助ける為に捨てたはずの剣を使ってまで戦ったらしい。


 その結果右腕を失った。正確に言うならば右腕の神経が切断されたらしい。

 死ぬ前に出会った時は左手で物を掴んでいたし、恐らく左利きになったのだろう。

 嫌がらせ目的でくれてやったが、当の本人はそれを最大限まで有効活用したらしい。


「その剣はあの『第七魔剣章』を造った『魔剣鍛治ソードメイカー』が拵えた一級品だ……お前にゃ惜しいよ」

『えぇそうですね――だけど、俺にはコイツが必要なんですよ』

「なに?」


 てっきり、負けたから剣を寄越すのかと思いきや、どうも違うらしい。

 目の前の少年の目つきが変わった。

 その目は、どこかで見た事のある様な目で、その赤色の瞳は全てを見透かした様に鮮やかだ。


『正確に言うと俺では無いんだが……いずれ、この剣はアイツの役に立つ』

「お前……まさか」


 その少年はニヤリと笑うと――。


『全力で負け逃げさせて頂きます』

「テメェ――ッ!!」


 全力で走るイアス。その素早さ風のごとし。

 しかしそれよりも速くにゼロンは動き出し、瞬間、イアスの眼前からゼロンが消え去った。


「……っく、」


 一人残されたイアスは、その顔を破顔させる。

 刀を収め、頭を掻きながら蒼天の青空を仰ぐ。


「勝ち逃げは初めてだ。はは、ははははっ!!」


 ピリピリと電流が走る音が、聞こえた。

 懐かしい音が聞こえた。

 なるほど、どうやらあの男も、相当な死に損ないらしい。

 



























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