第二章17「魔剣捜索」

「緊急特別依頼クエスト……? なんだそれは」


 あくる日、俺はいつもの様に何故かベットの中にいるクリスをそっと起こさない様に外に出て、日課と化したトレーニングを行っている時の事。

 隣で重石を乗っけたまま自重トレーニングをしていたリゲルが、そう言っていたので、俺はリゲルにそう聞き返した。


「あぁ、これはダルデットの依頼を報告した時に聞いたんだがな、何でも、ユウ達がいた『灰夜の森』から少し歩いた所にある――『生樹の森』って言う所に『魔剣』の報告が上がったって話があるんだ」


「魔剣……? 魔剣って言うと、あの魔剣か?」


『魔剣』――それは、魔力が帯びた剣の事を指す。

 その他にも、既に魔剣自体に魔法が宿っている場合もあり、火属性やら水属性やらの魔剣は、魔力を流せばその系統の魔法が扱えるのだとか。

 耐久性も折り紙付きで、基本的に市場に出回る事は殆どない激レア中の激レア。


「正にSSR級の存在……それで、どうなったんだ?」

「既に多数の冒険者がそこで捜索しているらしい……魔剣だからな、中にはSランク帯も大勢いる。――それに、噂だとヤバい奴も来ているらしいしな」

「ヤバい奴……? それじゃあ、俺達もそれに参加するのか?」


 リゲルは腕立て伏せに使う手を片手にして、更に速度を上げていく。


「いんや『生樹の森』はBランクの危険地帯だ。オレらは行けるけど、ユウはまだ危なさ過ぎる」

「そっか……なんかすまないな」

「謝る必要はねェよ。それに、参加はしねぇけどその場所には行くんだ」

「……?」


 リゲルは腕立て伏せを止めて、汗を乱暴に拭う。

 俺もそれに合わせて木剣の素振りを止めた。

 遠くから鳥の鳴き声が聞こえる。太陽の光がじりじりと辺りを照らし始めて、館の方から美味しそうな朝食の匂いが漂って来た。


「ま、後はグリアさんが説明してくれるさ――因みに、緊急で今日行くことになったから、装備品用意しとけよ?」

「うん、こういう事はもっと早く言おうな?」


 まあ、こういう事を予期していつも装備品は常に整えているんだがな。

 俺はリゲルと共に食堂の方に赴いて――そこで、グリアさんから依頼の内容を改めて聞く事となった。


 ==


 僅かに振動する馬車の中、俺は過ぎゆく景色を眺めながら、グリアさんから言われた内容を再確認していた。


『今回君たちにやってもらいたいのは――生樹の森にある木片を採集する事だ。ここの森にある木片はどれも工具や装備品に役立つ』

「木片が……?」

『ここの木は特殊でね。鉱石並みに硬いんだ。ここの依頼は、魔物とかで相対的にランクが高いんだけど、今は上級冒険者が沢山いるからね。魔物が勝手に避けてくれるはずだ』


 なるほど……冒険者のランクは、高ランク帯の依頼をこなせば、早くランクが上がる。ここらがチャンスなのだろう、そう考えると改めてグリアさんの頭の回転の速さに脱帽する。


 今回は一応危険性が下がったとはいえ、有事の際に備えての事で、いつもより多めに治癒のスクロールを持って来た。スクロールとは、魔法門の外付け版みたいなもので、上についてあるボタンを押せば勝手に魔力が流れて、そのスクロールの属性の魔法が使えるといった便利グッズだ。これを懐に二つ持参している。


「森は高配している部分がある。他にも他に崖もあるから注意しろよ」


 馬車を近くに停めてから、俺達は『聖樹の森』に辿り着いた。

 そこには少なくとも四つの冒険者パーティがいて、それら全員が魔剣捜索で来たとの事。彼らが言うには、奥にはSランク冒険者たちがいるらしいとの事で。


「注意しろよ……奴ら、相当時間掛かっているそうでピリピリしている」


 魔剣捜索を断念したであろう他のパーティが、最後に俺達にそう言って来た道を辿って行った。


 ==


「――あっ、すいません」


 暫くして、近くにある露天商などを見て回っていると、目の前の男とぶつかってしまった。どしんと尻もちを付いて、男は俺に手を指し伸ばしながら言う。


「おぉっと、悪いな坊主」

「いえ……こちらこそすみませんでした。お怪我はありませんか?」


 ……ん? 何だか辺りがシンとなったな。

 あのリゲルでさえ、やけに青い顔をしながらこちらに近づこうかどうか迷っている。

 その男は、蒼い甚兵衛の様な軽装備で、腰には一本の刀を携えていた。

 こげ茶色の髪を掻き上げた、四十台前半の様な出で立ち。緑色の瞳は、どこか野生的で威圧的だ。


 一目見て分かった――この人、超強い。


「ん? あれ、お前さん……オレを知らない?」

「は? あ、えと……すみませんが、誰ですか?」


 その言葉に、周囲にいた人が「え?」という顔をする。

 見れば、リゲルがあちゃあと、顔に手を当ててまるで恐れていた事が来てしまったかのように見えた。


 だが、そんな中その男の人だけは豪快に笑いながら、俺の手を引いて立ち上がらせる。


「はっはっはっ! こんな面白ぇのは初めてだ。相当なド田舎から来たのか?  まさかオレの事を知らないだなんて!」

「す、すみません……」

「気にする事はねぇ! オレは今はただの通りすがりの『魔剣蒐集家』だ。ン? 剣を持っている所からすると――お前さん剣士かい?」


 男の目がじろりと腰にある剣に向かう。


「銘は無ぇが良い剣だ。だがお前さんの力量を見るにあまりにも勿体ない剣――装備品も良いの使ってやがる。となると、貴族のお抱えギルドって所だな。黒髪に黒目――お前さん、ひょっとしてアサガミ・ユウって名前なんじゃねぇのかい?」


 ……驚いた。まさか、剣を見ただけでそこまで分かってしまうとは。

 驚愕の洞察力に、俺は唾を呑み込みながら、はいとそう言った。


「ハハッ!! グリアが言っていた通りだ! そうか、お前がアサガミ・ユウか!」


 バシバシと背中を叩かれながら、俺はその男に訊いた。


「……因みに、グリアさんは俺の事、何て言ってましたか?」

「ん? ――私の悲願を成就してくれる、頼もしい存在とかなんとか。期待の新人ってとこだな」


 俺にそこまで期待されても……! 

 一体どんな風に言ったんだあの人! というかグリアさんの知り合い? 貴族の人か何か……いや、何となく違うな。


 この人からは強烈な血と死の気配を漂わせている。

 抜けている様で、もし仮に、俺がここで斬りかかっても即座に反撃カウンターを食らわせられる――そんな気がした。


「勘が良いな、気に入った。お前さんとは仲良くなれそうだ。……お前さんも魔剣捜索に?」

「いえ、俺達は別の依頼でここに来ました」

「そいつは運が良いのか悪いのか。魔剣捜索も三日目だ。そろそろ見つかる頃だからな。ここは横取りとか平気である世界だ。気ィしっかり持てよ」

「はいっ! ありがとうございました」


 最後にその男はそう言いながら、俺とは真反対の方向に行ってしまった。

 ザッザッと草履の足音が響く……今更だけど、この世界にも甚兵衛とか草履とかってあったんだな。


「ユウ――」

「あ、悪い。待たせたな」

「いや、そうじゃねぇ! お前ってやつは……ったく」

「…………?」


 確かに、あの人が現れてから、露店を通る人が奇妙な目で俺を見ている。

 リゲルは来いと、俺の手を引っ張ってリーシア達と森の方に向かった。


 森の中を進みながら、リゲルがその男の人の正体を口にした。


「アイツの名前はイアス・ダレン。四百年前から生きている、鬼と人間のハーフだ」

「有名人?」

「超が付くほどのな――アイツは『元剣神』だ」


 剣神――それは、剣士の中の剣士。

 剣の神に愛された、世界最強の剣豪の称号。

 俺はぽかんと口を開けながら、ほへぇと間抜けな声が喉奥から出た。


 いくらこの世界の知識がない俺でも、その凄さだけは分かった。

 現剣神は世界最強の序列『八強序列』に名を連ねている程の猛者だという。

 俺も剣士の端くれ。憧れは無いけど尊敬はある。生涯を剣に費やしてもその一個下の『剣龍』が良いところだと言われている世界で『剣神』というのは、もはや偉業、正に神業だ。


「は~……何であんな凄い人がこんな所に?」

「イアス・ダレンは現役を引退してから自らを『魔剣蒐集家』と名乗って、世界にある魔剣を蒐集活動しているんだとさ」


 成程、確かにあの人は、自分の事をそう言っていた。


「アイツが来たんじゃあ、見つかるのも時間の問題だ。ここは自然魔力が豊富でな。魔剣はその取り巻く環境でその形質を変える。こりゃあ、とんでもない魔剣は発見されそうだぜ」


 ==


 その後、なんやかんやありつつも、俺は目的の木の前で必死に斧を振っていた。


「言ってた通り……めちゃくちゃ固ぇ!」

「頑張れー……フレー……フレー……」

「そう言うなら、少しは手伝ってくれませんかねぇ!?」


 いつもの通り、俺とクリミア。リゲルとリーシアのメンバーに分かれて採取している。後ろの方でクリミアが眠たそうに応援を掛けてくれている。眠たそうなのはいつもの事なので置いておいて、流石に応援だけではこの木は倒木出来ない。


「むり……疲れるし、多分持てない」

「あぁ……確かに」


 そう言えば、クリミアが重い物を持った所を一度も見た事が無い。

 力仕事はもっぱら俺とリゲルの役目だけど、クリミアは軽装備で持っているものと言えば銃のマガジンぐらいしか無い。確かに、細くて小さい体では、この斧は持てないだろう。振り回されるのがオチだ。


「ごめんね」

「いやいや。俺がその分頑張れば問題無しモーマンタイでしょ!」

「もーまんたい?」


 その後、何とか一本の木を倒し終えた俺は、木片を回収して空を見上げる。

 青に、白い雲が点々とする空は夏を彷彿とさせるが、そんな事を思う前に、俺はある違和感に身を震わせた。


 何だか、異様だ。遠くの方で物騒な物音もするし。


『恐らく、奥部で何かあったな』


 ゼロンがそう言う。奥の方は丁度リゲル達がいる所だ……。

 俺は腰に携えてある剣の柄を握りしめながら、クリミアの方に視線を向けた。

 クリミアは鞄の中に素材を入れて、ホルダーの中にあった拳銃を引っ張り出した。


「……うん、私もそうした方が良いと思う」


 クリミアとのツーマンセルは意外に良くなってきて。

 今では何も言わずとも互いの意思を汲み取れるようになってきた。

 俺は前方の方で周りを注意深く観察しながら、奥の方に進んでいった。


 奥の方に進んでいくにつれて、徐々に血の匂いが濃くなる。

 辺りはシンと静まり返っていて、それが逆に恐怖心を掻き立てる。

 その時――。


「あっ……」


 クリミアが斜め前の木の根元部分を指さして声を上げる。

 そこには、金髪の見知らぬ男がいた。

 男の脇腹には血の染みが出来ていて、苦悶の表情を浮かべている。

 俺達は直ぐにその人の方に駆け付けて、治癒のスクロールを発動させた。

 僅かに表情を和らげたその男は、俺達の存在に気づくと、


「逃げろ……魔剣が、見つかった。俺達のパーティが、見つけた……だけど、その瞬間俺達の仲間だった奴が、裏切って――このザマだ」

「まだ無理はしないで下さい……」


 その男は血を吐きながら、俺にぼそりと呟いた。


「金髪の少年が、まだあそこにいるんだ……」

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