第二章13「討伐依頼」

「ウリャァァ──ッ!!」


 ダルダットの森中に響き渡る声。直後、俺目がけて突進した緑色のスライムは、ドチャリと音と共に真っ二つになった。


 直後、俺は勢いよく全身からスライムの体液を浴びた。

 泣き叫んだ。

 なぜって?スライムの体液のほとんどは胃酸でできているからだ。

 森中に泣き声が響き渡った。


 ==


「よぉ〜し、いい子だ」

「ウヒヒヒィン!」


 ゼロンからの修行から三日後。

 俺は、軽装の状態で、腰に小さな片手剣を持ったまま、コイツ──馬の腹を撫でる。この馬、今回の討伐の場所は少し離れた丘付近なので、移動手段として貰ったのだ。


 馬、ウマ、馬肉。

 おっといけね。腹減っていたから目の前の生物が肉に見えてしまった。

 悪かったよダークホース。だからそんな目で見ないでくれ。


「フフ、こんなに黒帯ちゃんが懐くなんて珍しい……あ、もしかして昨日ニンジンあげた?」


 馬車の荷台からぴょんと飛び降りたのは、翡翠色の髪と似たような薄い翡翠色の目をした少女──リーシアだ。

「いや、数時間前に会ってそれだけだよ。あぁ、あとヒューネルに干し草貰って食わせた」

「ヒヒィン!」


 どうやら、馬の名前は黒帯というらしい。黒い毛だからか。

 帯どこ言った。


「黒帯は、剣聖共和国ツクシ出身なんですよ。着物道で有名なエド区です。サラデット種を育てるのに適した環境なんですよ」

「着物道……エド区……ねぇ」


 聞き逃せない単語だ。剣聖共和国ツクシ、日本の文化に近しい文化を持つ国。

 今度機会があれば行ってみたい所だ。


 ==


「おぉ……凄ぇ」


 馬車で揺られながら数時間。最初は車酔いならぬ馬車酔いするかと思ったが、案外、揺れが少ない。いや、衝撃を吸収しているのだ、このマットが。

 窓を覗くと、雄大な大地が延々と続いている。数十分前はあんなにも建造物ばかりなのに、今は少ししか無い。田舎だ。



 ストラ王国フォーリア領。


 広大な大地と、涼しい気温で作られたブドウと、そのブドウを使ったブドウ酒の名産地でもある。

 今日は、そのブドウ畑に近いダルダットの森付近で、ダルドックと呼ばれる魔物が住み着いたことなので、追っ払ってこいと言うのが依頼の内容だ。


 Cランクの依頼であり、フォーリア領の当主であるデミット・フォーリアとグリアさんが古い友人ということもあり、依頼を受けてもらったのだ。

 ちなみに、俺は監視役のクリミアと一緒に近くのDランクの魔物を狩って、戦闘経験を積む形となった。


「それじゃあね、アサガミくん。決してCランク以上の魔物を敵に近づかない。クリミアちゃんの目の届く範囲で魔物を狩ること!」

「了解……!」


 リゲルとリーシア。俺とクリミアの二手に分かれる。

 時間は今日含めて二日と少ない。

 今日は、リゲルが森を捜索しながら討伐。多ければ明日に回すとの事だ。


 次の集合時間は約四時間後。俺は、剣を握りしめてクリミアの後を追った。


 ==


「……大丈夫?」

「めっちゃヒリヒリするけどなんとか。でも、これで九体目。スライムレベルだと余裕よ」

「……スライムの体液にかからない様に気をつけてから言って」

「あ、はい」


 クリミアから借りたタオルで全身を拭う。衣服が少し破けてしまったが、目立った外傷は無い。


 と、いうかこういう系は女子じゃね?

 リーシアやクリミア、ユキの衣服がドロドロに溶けた姿を想像する。

 うん、やっぱりこういうのは女子だ。

 男子がやってもむさ苦しいだけだしね。


「あーベトベトする」

「我慢……」

「わかってるよ」


 ムスヌゲの木の樹液で浸されたタオルは、胃液などの消化液を中和する効果があるらしい。


 最も、この世界に『中和』という言葉は無いらしいので、ムスヌゲの木の樹液はスライム専用といった感じで俺みたいなD級冒険者に愛されているらしい。


 ==


「フレー……フレー」


 クリミアの覇気のない声援をもらい、野犬みたいな魔物を斬りつける。


 ビシュ!


 ドス黒い赤い血が頬に飛ぶ。

 これで、数体目だが、未だに慣れないな……。

 血が怖い。血が出る生物を殺すのは流石に堪える。


 血抜きをして皮を剥ぎ取って、牙を斬り落とす。

 これも、最初の内は吐き気がしたが、今は少し慣れてきた。

 そうだ。もう、俺の常識は通用しないんだ。

 郷に入れば郷に従えだ。


 水弾で作った水で血で汚れた顔を洗う。ゼロンによる手解きで今では無詠唱だ。まぁ、上級魔法使いなら当たり前なんだけど。


 その直後、クリミアはいきなり腰にある銃を取り出した。


「!?」

「──来る!」


 クリミアは、何を思ったか俺に向けて発砲した。

 パァンと、火薬の匂いと共に銃弾が弾け飛ぶ。

 その銃弾は、真っ直ぐ俺の──後ろにいた魔物の頭をぶち抜いた。

 甲高い叫びが聞こえ、その魔物は生き絶えた。

 見ると、黒い毛皮に覆われた黒犬の魔物だと分かった。


「す、凄い……」

「まだまだ、いる……気をつけて」

「りょ、了解」


 剣を抜いて構える。確かに、木々の間からさっきクリミアが撃ち抜いた魔物が、数匹息を潜んでいた。


「デスカードック──Cランクの魔物……気をつけて」

「わ、わかった──え、Cランク?」

「──ッよそ見しない」


 俺が、振り向いて聞こうとしたその時。

 待っていましたと言わんばかりに、デスカードックは俺に牙を向けて襲いかかってきた。


 しかし──。


 デスカードックは、俺に噛み付く一歩前で、胴体を撃ち抜かれ沈黙した。


「──よそ見しない。私は、後方支援するから……」


 スライドを引き、次の弾を装填した。カランと、重い金属の音が聞こえた。

 再度正面を見る。

 俺は馬鹿だ。あれほど、みんなの足を引っ張らないと決めていたのに。


 デスカードックは、こちらに近寄ってはいる。が、未だに飛びかかってこない。

 飛びかかったら撃ち抜かれる事を学習したのか。馬鹿正直に突進してくるDランクとはまるで違う。


 ──数分が経過した。


 未だに、襲ってこないデスカードックに、俺の恐怖心は最高点に達している。

 まだか、今か、それとも後ろから……?

 ゾクリと、冷や汗が流れた。


 風が吹いた。ざわざわと、風が吹いた。

 その時だった。

 デスカードックの数匹が飛び出してきた。それは、直ぐに銃声でこちらに来ることもなく倒れたが、俺の目を引くのには十分だった。


「しまっ──」


 咄嗟に身構えたが、デスカードックは俺の方を身もせずに走り抜く。


 俺ではなく、クリミアの方を先に殺す気だ。

 既に、銃声は四回聞こえている。先の弾の補充を見ていたが、一度に装填できる数は五回だった。つまり、後一発しか残っていない。

 ……そして、また銃声が鳴り響いた。


「クソ!」


 クリミアは数十体のデスカードックに襲われていた。

 俺は即座に左手に水弾を展開、放出する。

 当たった。デスカードックの数体はこちらに意識を向けた。


 続いて──。


「おら!」


 剣を振り回す。奇跡的に一体の足に当たった。デスカードックは呻き声を出し、足を引きずってその場を離れた。

 その瞬間、周りにいたデスカードックの視線は一気に俺の方に集まった。

 魔物特有の濁った目。その目には敵意と、殺意が込められていた。

 身体が動かない。これが蛇に睨まれた蛙という奴か。


 しかし、時間は稼いだ。


「クリミア!」


 俺の叫びで、デスカードックは再び彼女の方を見るが、もう既に遅い。

 銃撃音が五連続決まり、すかさずリロード。その間約2秒弱。

 あまりの早技に俺は唖然とした。


「そっち任せた!俺は左をやる!」


 襲いかかってきたデスカードックを蹴り飛ばして俺は叫ぶ。

 このままクリミアに全部押し付けるのは無理だと判断してのことだ。

 最悪、ゼロンに身体を貸せばいい。


水弾ウォーターボール!」


 左手に、小さな水弾を四つ出現させる。

 ごっそりと、体の中の魔力が抜かれた。あと、水弾は一、二発しか打てなさそうだ。


 四つの水弾は、それぞれ各匹に当たった。

 もちろん、それだけで致命傷にはならない。ヘイトをこちらに引くためだ。

 そして、走る。距離が空けばゼロンに身体を貸せるからだ。

 暗く、淀んだ森の中は、所々に魔物のマーキングがついていた。

 改めて、魔獣の住む森だと、実感させられた。


『おい、下を見ろ!』


 え?

 言われた通りに、下を見ると、俺は空を駆けていた。


「うえ?──おわわぁぁ!!」


 ──否、落ちていた。


「ゼ、ゼロン!何とかしてくれ!」

『無茶言うな!』


 涙目になりながら俺は叫ぶ。

 地面と激突するまであと数秒。

 ──やるしかない。


 右手に持っていた剣を手放し、詠唱する。


「う、ォォ……し、親愛なる我が隣人よ、風よ、我に尽くしたまえ──暴風波!」


 奥義である風中級魔法の暴風波。詠唱を終えた瞬間、両手を構えた。

 両手から生み出されるのは圧倒的な威力を持つ風だ。

 その風は近くの木々を揺らげつかせ、落下速度と相殺。

 俺は何とか無傷で地上に降りた。


「ぐ、うぅぅ!?」


 しかし、代償は大きかった。

 残り魔力量が少ないのに中級魔法を発動したのだ。

 全身がかき混ぜられる様な痛みが俺を襲った。

 魔力量が少ない状態で、魔法を行使できた。

 それは、どう言う意味か。


 ゼロンから聞いたことがある。

 魔力の代用は無いかと。

 あるのだ。魔力の代用として──術者の生命を糧に大魔法を使った伝説はいくつかある。


「ぐ……ゼロン…頼む」


 痛みで頭がチカチカする。

 すると、やっとゼロンが動いてくれた。

 器に魔力が入ってくるのを感じる。


 魔力は、全身にまで流れこみ、痛みを取り除いてくれた。

 俺は短く礼を言って、近くの岩場に突き刺さった剣を抜き取る。剣は、折れたり砕けてはいなかった。剣を鞘に戻す。


 さて──と。


「こっからどう上に戻ろうかな」


 数十mもある崖を見下ろして、俺は唸った。


 ==


 崖は、捕まれそうな岩が少ないので、俺は迂回して登ろうと決めた。


「ハァ……ハァ……」


 重い足を動かして険しい山脈を登る。

 時間は、夕刻に近づいてきている。約束の時間にはとっくに過ぎてしまった。

 きっと、リゲル辺りが捜索してくれているだろうか。俺は、さっきの崖で何か煙幕をやればよかったのか。


 そんな事が頭の中を駆ける。


「──ッ、ワンパターンなんだよお前らは!」


 ガサリと茂みが揺らいだと思えば、そこから影が伸びた。しかし、そんなのは数十回に及ぶ奇襲を受けて経験済みだ。


 剣を抜き、横に斬りつける。影の正体はデスカードックだったが、今はどうでもいい。


『初心者の癖に、随分と戦いが上手くなって来てるな。何か格闘経験はあるのか』

「残念ながら。俺がやってきたのは高校で数回行った剣道と格闘ゲームだけだよ」


 剣道についてはまだ竹刀すら持っていないけどな。


『だか、今の動きはどう見ても──』

「今は、そんな事どうでもいいだろ」


 そう言って、ハンカチで剣に付着した血を拭う。襲ってきたのは一匹だが、他にも二匹ぐらい後ろに隠れていたと思ったが、どうやら逃げたのか、その後俺を襲う事は無かった。




 しばらくすると、小川が見えてきた。

 小川は、透明感のある水で所々に小魚が見える。

 飲んでも平気だろう。


 安全性を求めるなら、魔法を使って生み出した水を飲めばいいのだが、節約だ。

 ゼロンの魔力供給も、無限という訳じゃ無い。いざという時に使うのだ。

 顔に水をかけて汗を流す。泥と、多少の血がこびりついた顔は、洗い落とすのに少し時間がかかった。


『ユウ……?』


 荒い息遣いに、ゼロンがそう呼びかける。

 はぁはぁと、吸っても吸っても酸素が体に入ってこないような感じがする。

 魔物に対する緊張? 命が失われそうな環境に、気が滅入っているのか?


「……行こう、ゼロン」


 再び立ち上がると、俺は徐々に高くなりつつある丘を見上げる。

 砂利道を歩く。足首が腫れているのか、足を動かすたびにズキズキと痛みを上げている。早く戻りたいもどかしさに全身を包まれながら、だが、山道を走るのは愚策だと言ってる自分がいて。


「チクショウ……かっこ悪い」


 そんな悪態を吐きながら、俺は山奥に入って行った。

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