第二章

第二章10「朝目覚めたら、俺の隣に幼女がいた件について」


 朝目覚めたら、俺の横に幼女がいた件について。


 我ながら、酷いタイトルだと思った。

 何だこれは、今時そんなタイトルで出しても誰も読まないぞ。

 だけどしょうがないじゃないか。実際、朝起きたら、本当に横に幼女がいたのだから。


「いや……本当にどういうことだ?」


 頭が痛くなってくる。

 これはなんかの夢なのか?

 だけど、外の日差しと暑さと、この金髪の美少女ならぬ美幼女——クリスの体温の温さが、ここが現実だと伝えてくれる。


 暫くフリーズしていた脳みそが、ようやく現実を受け止める。

 成程……いや、どういうことだ? 

 再度フリーズ……全く低機能な脳みそめ。


「んっ……」


 その時、俺の隣にいたクリスが、そんな声を上げながら身を震わせた。

 恐らく、俺が布団を剥いでしまった為だろう。慌てて布団を丁寧に戻すと、いそいそとベットから這い出る。


 よろよろと扉を静かに占めて、ふぅと一息。


「あ、危なかった……」

「――何が危なかったのですか?」

「朝目覚めたら俺の横に幼女がいた件について、その①だよ……ま、こういう場合朝目覚めてきゃーって叫ばれるのがセオリーだからな。それを見越して俺はそそくさと部屋を出る事によってこれらを回避…………ぎゃー!」


 後ろから声を掛けられ、俺は意気揚々にさっきの情景を思い出す。

 ふむ、我ながら完璧な行動だったと思う。これで俺もぶたれずに済むからな。

 いや、それよりも――。


「ゆ、ゆゆゆ、ユキ!?」


 俺の背後にいて、呼びかけてきたのはユキだった。

 なんでこんな朝早くから起きているんだろう……だけど、そんな疑問は彼女の衣服を見ればすぐに分かった。


 白と黒。

 最初に見えたのはこの二つの相反する色だった。

 その衣服は完璧と綺麗さを基調して作られていた。それこそ恐らく職人が丹精込めて作ったのだろうと一目で分かる程に。


 これは作業服みたいなものだ。その人がどのような職に属しているかが一目で分かる。ただしその服は、数多ある作業服の中一番だと言っていいほど、美しい。


 そんな作業服に――有体に言えば、そう、『メイド服』を着こなしたユキが、そこにはいた。


「ユウくんが眠っている間、ミネさんにご教授を願いまして……私には戦える力がありません。ですのでこんな形でありますが、皆様の……そしてユウくんのお力添えになれればと」


 ぺこりとそうお辞儀しながら、ユキは再度窓拭きを始める。

 グリアさんが言っていたのはこういう事だったのか……。

 よく見れば、向こうの方に鉄のバケツがあった。

 この屋敷は広い、ユキの部屋は俺とは真反対の東側だと聞いた。


「ユキ、もしかして東側からここまで?」

「はい。まだ初心なので窓拭きから始めさせて頂きました」


 ユキは俺への質問に答えながら黙々と作業を続ける。

 これ以上はかえって邪魔になっちゃうかな。手伝おうとしたけど、役割分担がある。ユキは冒険者になれないからメイドという道を選んだ。俺は冒険者の道を選んだ。それにユキは雇われている身でもあるから、あまり、過度に踏み入らない方が良いのかもしれない。


 下の階から、どこか美味しそうな匂いが漂ってきた。

 そうだ、今日は王都に行くんだ。


「王都、楽しみだな」

「はい」


 ユキはなんとも無さそうに言うけれど、窓ガラスに映る顔は綻んでいる。

 そうだもんなぁ……ユキにとっては憧れの場所だからな。

 そう考えると、俺も楽しみになってきた。

 一言ユキに行ってから、俺は下への階段に足を運ぶーーのを止めた。


「言い忘れていた、ユキ」

「はい……?」


 ユキはきょとんとした顔でこちらを覗く。


「そのメイド服ーーすっごい似合ってるよ!」


 ユキの顔が徐々に赤くなる。えと、あの……とごもるユキを尻目に、俺は急いで階段を駆け下りた。


 気づけば、体温が上がっている。

 それはきっと、階段を駆け下りた為なのだろう。

 そういうことにしておく。


 ==


 西洋を彷彿とさせる街並みを歩く。

 ここはストラ国王都。グリア邸からここまで馬車で三十分だから、意外と近いのかもしれない。隣にいるのはユキで、それはもう見ているこっちまで笑顔になるほど、目をキラキラさせている。


 本当ならば直ぐにでも観光に行きたいところだが、今はまだだ。

 整備された石畳の感触を味わいながら、俺たちはとある巨大な建物に向かった。


 今日は俺の魔法の適性検査と共に、『灯火』を正式なギルドと認定するため、灯火の団員(俺含める四名)と、その後ろ盾である、グリア家長女であるグリアさんと一緒に、『ストラ王国ギルド本部』に来た。


 俺の参加によって、Cランク冒険者パーティである『灯火』は初めて国からの恩恵と、グリア家の紋章が与えられる。


 ちょっと補足説明。

 まずこの世界では、『ギルド』という組織がある。


 ゲームやアニメでおなじみのやつだ。


 この世界だと『ギルド』という単語は主に『冒険者ギルド』の事を指すらしい。

 冒険者ギルドに登録すると『冒険者カード』と言うカードが貰える。

 これは車の免許証みたいなもので、そこには自分のランクと所属しているのであればパーティランクが表示されているとか。その他には適正魔法や、後は――そう『能力』とか。


 冒険者パーティというものがある。

 パーティが正式に認められるのは以下の条件が必要だ。


 ・年齢が十歳以上であること。

 ・人数が四人以上。

 ・各人の承認を得る事。


 基本的にこの三条を守れば誰でも

 ギルドと言っても二つの種類がある。


 一つは、先程述べた条件の内で、自由に作れるギルド。


 もう一つは、貴族等のお抱えのギルド。灯火はこれに順する。

 お抱えギルドは、主に主人である貴族が依頼を受け、ギルドを向かわせる。

 あとは普通の冒険者と同じだ。貴族が大きければランク外の依頼を受ける事も可能で、基本的に依頼で貰った金は主人に渡る。


 もう一つの方は、ギルド内部の依頼看板で好きな依頼を受けるといった、これこそ従来の方法だ。


「中は思ったより綺麗ですね」


 巨人族の人でも入りやすく設計された扉の、その横にある人間用の扉を開ける。

 中は、簡単に表すなら、非常に綺麗な内装で、だがしっかりとしてる、だ。白く清潔感がある外見に似合う内装だ。


 本部だからか、それとも全体的にそうなのか、会社のオフィスみたいだ。

 だけど依頼看板とかがある所は酒場が設けられていて、昼間から吞んでいる奴もいた。


「ん……? なんですか、あれ?」


 興味本位で依頼看板を眺めていると、俺はとある張り紙を見つけた。

 見た限りだと、依頼書は魔物が判明している場合イラスト等が付いているのだが、その紙は他の物と違って、イラストも報酬金も書かれていない。

 見たところ、人名だけが書かれている。


「あァ――あれは『八強序列はっきょうじょれつ』だ」


 俺の隣にやって来たリゲルがそう言った。

 八強序列……? 序列というならば、これは一体、何の序列なのだろうか。

 俺がそれを訊く前に、リゲルが解説を入れてくれた。


「『八強序列』っつぅのは、世界で一番強い順に表記された序列だ。序列一位から八位まで。魔界含めて全世界中」

「へぇ、誰が作ったの?」

「国だ。とんでもねぇ酔狂な奴でもいたんだろうな。こんなかの奴が倒されたら、その倒した奴が次の序列を引き継ぐっていう感じで、引き継いだ時点でこの紙が更新される」


 つまり、リアルタイムで更新されるランキングって事か……?

 それってホントは嘘なのでは……と思ったのだが、リゲルが言うには、ほんの数年前に変動があったらしい。序列五位の男が、一人の少年に倒されたのだと。

 その少年は『大賢者の使い』を名乗っていて、とても不思議な能力を使うらしい。


「能力……?」


 俺はそこで出てきた新しいワードに反応した。

 この世界、不思議ポイントは魔法だけでは無かったのか。


「能力は誰にでも持っているとされてる異能だ。一人最大二つまで。でも大半の野郎は己の能力を覚醒出来ないまま終わるっつぅのが普通だ。珍しいんだよ、能力は心の発芽だからな」


 リゲルの説明は所々難しくてよく分からない。だけど彼なりに言葉を選んでいるのだろうから、俺は適当にそうかと済ました。


 能力、能力か……俺の中にも、そういうのがあるのかな?


 その後、俺は無事冒険者ギルドに登録出来た。

 登録自体は、意外とあっさりとしたものだった。

 既に話は通してあるのだろう、若干白い目で見られながら冒険者カードを貰う。

 後は所属パーティの欄に灯火と書き込むだけ。

 文字が分からないので、提示された文字表を見ながら、拙い字だけど何とか書き終えた。


 ギルド名に『灯火』と書き込むと係員の一人が苦虫を噛み潰したような顔をしていたのが印象的だった。


 後は署名に年齢、最後に血判をすれば完了だ。

 血判は初めてやるので、針が怖くて最終的には係員のお姉さんに刺してもらった。


 恥ずかしい……。


「それでは、あちらの方に行って傷口を治してくださいね」


 指を指した方向には、椅子に座った男性がにこやかにこちらに笑顔で手を振る。

 少しの傷なのに、治癒魔法で治すのは、さすが本部といった所か、それとも俺たちが貴族のお抱えだからか。


 ちなみに、グリアさんは別室にいる。何やらお偉い人とお話し中……との事だ。


 貴族だしね、しゃーない。


 ==


 『龍国ストラ』


 それは、五大国の中でも一番国土が大きく、端から端まで馬車で走らせても数ヶ月とかかる。


 そんなストラ王国の最高権力者である王が住む城、通称『ストラ城』そこは、最初城とそこに働く人達が住んでいた。


 やがて、国が発展していくにつれ、当然商人やら貴族達が沢山集まる。


 これだけで相当な人数なのに、さらにそこに冒険者ギルド本部ができてしまった。

 そのため、商業は更に加速し、その利便性から近くにやって来た住民も合わせ、ついには途方のない人数になってしまった。



 ストラ王国二十一代国王 デスタ・ストラ。ストラ王国を五大国にした王だ。


 彼は才人だった。


 闘う事で領地を得る事が当たり前だった時代。その頃のストラ王国は前代が武闘派だった為、それなりの戦力を持っていたそうだ。

 しかし、彼は武による制圧では無く、知恵で制圧したのだ。

 スパイや商人を送り込んで情報操作、更に腕ききの商人を集めて為替に似た商売を始めた。


 この時代は激動の時代だったため、物資等があちこちで売れる。そのため商人は国と国を行き来するため、この為替の商売は盛況した。

 情報操作で惑わされ、財産の大半を占める商業はほぼ半分が敵国の手に渡り、最終的には同盟と言う名の元に、領地を増やしていき、ついには五大国となったのだ。


 その後の『星戦』で神龍と契約して龍国ストラとなった。豊穣祭で作物も大量に採れまた『十二神』もいるので、財政面や戦力は申し分ない。


 ハッキリ言って最高の国だ。デスタに感謝。神龍に感謝。


「そしてデスタは後にこう言ったのだ──『武力よりも──」

「オーケーオーケー! もうすぐ着くし、続きは馬車の中で良いか?」


 意気揚々に話すリゲルの会話を無理やり中断する。

 リゲルは不満そうに口を尖らすが、そろそろ目的地にも着く。

 あの後、治療を終えるとグリアさん達はどうやら先に行っていたらしく、最後まで待っていたリゲルと共に、適性検査が出来る場所へと足を運ばせている。


 その暇つぶしとしてなのか、リゲルから語られたのはこの国がどうやって発展したのか、その時代の王の説明と共に語られることとなったのだ。

 最初は静かに聞いていたのだが、途中から戦争の話になってきて、収拾がつかなくなる前に打ち切ったのだ。


 歴史ヲタなのか、それとも博識なのか、よくそんなにスラスラと言えるものだ。


「というか、今の国王が二十三代だろ?二十二はどこいったの」

「それがよォ……二十二代は何故か分っかんねェんだ」


 どういう事だ?


「情報が明らかにされてねェ、というか全く知らない」

「全く?」

「当代の事はよく分かる。何せ六十年も治めてきてっからな。けどよォ、みんな前代の話はしないし、聞けば皆んな『よく覚えていない』だってよ」


 覚えていない…か。


 変な話だ。六十年違う王だったとしても記録には残る。何かあったのだろうか。


「おっと、ついたな」


 そんなこんなで話していると、目的の店につく。レンガで作られた中世風の店で、看板には『魔道具屋』と書かれていた。


「そう言えば、リゲルはどんな魔法が適正なの?」

「火と土だな。でもオレは魔法の腕はからっきしでよ、魔法使いと言えば、少し違うが『治癒魔法使い』のリーシアしかいねぇ」

「へぇ……二属性って珍しいのか?」

「そこそこだな」


 リゲルとそんな会話をしながら、俺は密かにほくそ笑んでいた。

 魔法適正——なろう系ラノベばっか読んできた俺なら分かる。

 ここでバシーンッ! と凄い記録を叩きつけるに違いない。


 だって異世界ってそうだろ? お約束展開テンプレアザス!!


 何だろう、火かな。水かな。風かな。土かな。雷かな。

 あ、それか珍しいけど光か闇も合ったっけ。確かゼロンが言っていた。

 いや、もしかすると固有魔法とか!?

 

 期待で疼かせながら、俺達は意気揚々に店内に入っていった。

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