第一章4「灯火」
異世界の自然は豊かだ。見た事の無い植物や虫が沢山いる。
それを乗り越えた先にあるのは少し大きな河川だった。
結構綺麗な水で、小魚とかもまあまあいる。飲み水としても利用できそうだ。
岸辺からは一本の棒が飛び出ており、網籠のつっかえとして役立っている。
網籠の中に入ってあるのはリンゴみたいな赤い果実がゴロゴロと。
「ユウさんっ!」
「ユキさん……」
ちゃぷりちゃぷりと揺られる果物を見下ろしながら、俺はユキの隣に腰を下ろす。
まだ、まだ時間は大丈夫だ。俺は小さな声でグリアさんとの会話の内容を伝えた。
あの後俺はグリアさんに事の顛末を話した。
ユキが奴隷である事を。白装束の奴らに追いかけられている事も。
俺の事は色々と面倒くさそうなので、適当に『記憶喪失』という事にしておいた。
名前は分かるし生まれ故郷も分かるけど、ここまでの経緯が分からない。
エピソード記憶が無いという事だ。
これに関しては、実はかなり訝しまれたけど、事が事なので、仕方なしという事で俺も同行を許可してくれた。
同行——そう、話し合ったその結果、なんと近くにある王都まで護衛して貰える事になったのだ。だが勿論無償という訳にはいかない。何か手伝えることは無いか尋ねた所、まずはこの川で冷やしてある果物を取ってきて欲しいと言われたので、足を治癒魔法という魔法で治して貰って、そして今に至る。
「大変……でしたね。ごめんなさい、本来であれば私が話すべき事なのに……」
「いやいや、大丈夫だよ。それにしても良かった――この国に奴隷制度が無くて」
もしもこの世界が奴隷を承認されていたら、ユキさんは元の、アイツらの所へと強制的に戻されてしまう。そんな事をしたらどうなるのか……考えただけでも恐ろしい。
元通りに治った足を川に着けながら、俺はユキさんに訊ねる。
「王都って所に着いたら、これからどうするつもり?」
「そうですね……すみません、いきなり過ぎて、自分でもあまり実感が無いんです」
「しょうがないよ。でもユキさんが悪いんじゃない。悪いのはアイツらだよ」
ユキさんは何も悪くない。悪いのはあの白装束の奴らだ。
ユキさんはもっと幸せになっていいはずだ。俺がまだ昏睡している時、ユキさんが必死に頼み込んで俺を治療させてくれたらしい。そう思うと、余計に悲しくなった。
なんで、こんないい子が……。
「こういう時はさ、楽しい事を考えようよ。ユキさんは王都に着いたら何がしたい?」
「何が……そんな事、考えたこともありませんでした」
「う~ん、例えば美味しいもの一杯食べるとかさ、オシャレしてみたいとか」
ありきたりな答えだが、ユキさんは目を僅かに輝かせながら俺に言ってくる。
「美味しい物……は、食べたい、です。オシャレも……その、興味あります」
ユキさんの今の衣服は余りものを被ったスタイルだ。
だけどそれでも彼女の可愛さは何ら変わらない。
俺は彼女の顔をまじまじと見つめながら。
「うん。ユキさんなら何でも似合いそうだ」
「えっ……そ、それはその……じょ、冗談はやめてください」
「冗談じゃないよ! ユキさん、もっと自分の可愛さに気づいた方が良いよ……」
無自覚なのか、それとも自己評価が低いだけなのか。
ユキさんの顔はそれはもう凄く可愛い。綺麗な美人さんと言った感じだ。
サラサラとした伸びた白い髪に、くりくりとした水色の瞳。色素の薄い唇等、小顔も相まって更に小動物を連想させる。無駄な脂肪が無くスレンダーで、だけど胸のふくらみでこの子がまだ女の子なんだという事が再確認できる。
可愛い! 好き!
「も、もう分かりましたから……や、やめてくだひゃい……」
俺がそうユキさんの長所を褒めると、ユキさんは顔を真っ赤にしながら顔を両手で覆いながら、か細い声でそう言って来た。
まだまだこんなものでは物足りない。あと数十個ぐらいは言えそうだけど、ここは彼女の照れ顔に面して許す事にしよう。
その後も俺とユキさんは王都に着いたら何をするかで楽しく話し合った。
美味しい物を食べたい。オシャレしたい。本を沢山読んでみたい……。
ユキさんは奴隷中ずっと本を読んでいたらしい。その程度の自由は与えられていたそうだ。その中で出てきた『お城』。それに興味があるらしい。
城か……確かに『冒険者』がいるんだから、城があってもおかしくはないか。
「冒険者の方々もお優しそうでした。冒険者って、みんな怖そうな人ばかりだと思っていたので、驚きです」
ここまでの会話で、ユキさんは本当に楽しそうに話してくれた。
だが、その時だった。ぽろぽろといきなり涙が零れ始めたのだ。
ユキさんは両手で眦を擦ると、俺に言った。
「私、ずっと辛かったんだと思うんです。毎日暗い部屋にいて、寒くて、痛くて、泣きたくて……ずっと、これが普通なんだって思っていました」
「…………」
「でも今こうして、ユウさんと一緒にいて。憧れの王都にも行けるなんて……何だか少し怖くなってしまって。……私、幸せになっても良いんでしょうか……?」
ユキさんは、ずっと怖かったのだろう。自分が幸せになることが。
きっと毎日が地獄だったはずだ。勇気を振り絞って逃げ出してきたはずだ。
俺を助ける余裕なんて無かったはずなのに、それでもユキさんは俺を助けてくれた。
「幸せになっちゃいけない人なんて、この世にいない。約束する――俺が必ず君を幸せにして見せる」
――少なくとも、こんな優しい子が幸せになってはいけないなんて、そんなの絶対に間違っている。
「……約束、ですよ? ユウくん。ここから生き延びて、一緒に王都に行きましょう」
ユキさんは涙を拭いながら、俺に向かってそんな約束を取り付けた。
「……うん」
俺はそんな事を良いながら、彼女に小指をスッと差し出す。
「え、指切り知らない?」
ユキさんがコクリと頷く。
俺は彼女のその白く細い小指に自分の小指を絡めながら、彼女に『復唱して』と祖言って、指切りをする。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそついたら針千本のーますっ、指切ったっ!!」
「わ、私、針なんて飲ませませんよっ!」
「そう言う気持ちでって事で……」
まあ、ユキさんが相手なら……まんざらでもないがなっ!!
……その時、俺たちの真横を緑色の光の粒が飛んでいった。
最初は蛍かなと思ったけど、この世界に蛍なんているのか?
それにあの光には影がない。光だけだ。
「あ、あれは……微精霊」
「微精霊?」
「はい。精霊になる前の、成長段階の精霊さんです。夜になるとたまに見かけると言いますが、これは……」
その微精霊と呼ぶ光の粒は、わらわらと集まって行く。
光が、川を、自然を、俺たちを優しく照らしてくれる。
ふわふわと漂う微精霊は、まるでそれぞれが呼応し合うかの様に、光を強くさせている。
俺は微精霊に見惚れているユキさんを見つめて、ある決心をした。
――例えどんな事があろうとも、俺だけは、彼女の味方になってあげよう。
「ユキさん……」
「――ユキ、って呼び捨てにして下さい。さん付けはなんか嫌です……」
「それじゃあ、俺も呼び捨てでも構わないよ。――ユキ」
俺がそう言うと、ユキさんは照れながら俺の名前を呼ぼうとするが、やはり呼び捨ては恥ずかしかったのか、最後は『ユウくんって呼んでも良いですか……?』と。
結局、彼女の可愛さにやられてあっさり了承してしまった。
やっぱズルいな……ちくしょう、可愛い……。
==
ユキと一緒にグリアさんの方——仮に、拠点と呼んでおこう。
十分に水気を切った果物が入った網籠を持って帰ると、グリアさんが待っていたよと、そう声を掛けてくれた。
「あぁ、君たち用のシートの事なんだけど……」
グリアさんが俺たちに申し訳なさそうな感じで言って来た。
シートは四人分しかない。もしかすると他の誰かが貸してくれるのかもしれない。
「――それなら大丈夫です。帰るついでに、適当に草集めておきましたんで、これで十分です」
俺は片腕にある長い草を見せる。
一応泥とか埃とか取っ払って来たし、ユキの風魔法のおかげで虫もいない。
飛び火するかもしれないので、火から少しだけ遠ざけた所に適当に草を敷き詰めれば……ほら、これで完成だ。掛け毛布とかは無いので、ユキには少し悪いがもうしばらくは俺のパーカーを貸しておこう。
火の方を見てみると、飯盒らしきものがあるじゃないか。
その前で金髪の少年——確か、リゲルと言っていたか。リゲルがナイフを持ちながら獣の肉の前で狼狽えている。解体するつもりか、恐らく皮を剝ぐだけだと思うが……。
「貸してください。俺、出来ます」
俺の言葉に、リゲルは「アァん……?」と訝しむが、やはり出来ないのだろう、渋々と言った感じで俺にサバイバルナイフを渡した。
リゲルから席を交代して貰って、葉の上にある肉類に目を通す。
肉は赤色、皮は緑色。そんな動物なーんだ?
「ラブラビットの肉だ。どうだ、出来るか?」
「ラビット……兎肉か。やったことは無いけど、このくらいなら――」
ザクザクと肉と皮を綺麗に剥がす。
ふぅ……多少手間取ってしまったけど、結構上手に出来たんじゃあないのか?
「わ、結構上手ね。どこかで習っていたの?」
その時、緑髪の美少女――リーシアが俺の捌いた肉を見てそう言った。
俺はしどろもどろになりながら、経験があるとの一言だけ言った。
以前、数日だけだったけど精肉店のバイトに行った事があって、そして前から料理は勉強していたからな、ナイフ捌きに関しては人よりも上手い自信がある。
まあそれを言ってしまえば俺の『記憶喪失』の信ぴょう性が失われるから、言わないけどね。
「…………」
ここまで上手くやれてきてるんだ。
下手なミスで自分の首は絞めたくない。
ユキはその境遇故からか、それとも彼女の人当たりの良さなのか、リーシアやクリミアと仲良く話している。グリアさんの方に視線を向かわせると、目が合ってしまった。
「野営時のご飯は、あんまり期待していなかったのだけどね。ほら、このメンバーだとリーシアぐらいしか料理が出来ないから……」
グリアさんは鍋の中身が入っている木の器を自分に翳すと。
「だけど、今日のは美味しいよ。ありがとうアサガミ・ユウ君。君は料理の経験があると言っていたね? もし今後に困る事があれば、遠慮なく私を頼ってくれ。良いレストランを紹介しよう」
「あ、ありがとうございます!」
なんて会話をしながら、俺は自分の器に寄せられた具を頬張る。
うん、何てことは無い、普通の塩味の鍋だ。
美味い美味いと俺は汁を啜りながら、自分の足を見る。
――グリアさんは俺を疑っている。
最初にユキが言っていたじゃないか、俺とユキが連れられた時、リーシアは俺を治したって。
だけどそれはあくまでも、俺が意識を復活する程度までだ。
完治では無い。当たり前だ。何しろ状況が状況だからだ。
グリアさんも今、悩んでいるのだろう。俺の存在に。
「これからどうなるのかな……」
焚火の白い煙が、満点の星空に昇る。
夜空を見上げれば、赤や青色の星と、真っ白な月が見える。
ホント、景色だけは良いんだよな……。
「綺麗ですね」
「あぁ……ホント、綺麗だな」
隣で座るユキがそう俺に笑いかけてきた。
不思議だ。あれだけ不安だったのに、彼女の笑顔を見るだけでこうも落ち着くとは。
……俺は、最悪どうなってもいい。
だけどユキだけは、せめてユキだけは……幸せになって欲しいものだ。
その日は、何事もなく俺はユキの隣で泥の様に眠りについた。
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