第三十八話 密談
護栄は自分のことを詐欺師だと思っている。
周囲からはとても優秀で何でもできる人物だと評されるが、体力が無いので肉体労働はできないし、食と服に興味が無いので宮廷職員への福利厚生が後回しとなり働きやすさの改善が一向に進まない。
それでも秀でているように見えるのは、やりたくないことはできる人間に任せ、それを『適材適所を検討した結果の采配』と言って素晴らしいことのように見せている。
何でもできるわけではなく、何でもできると思わせる手段に長けた詐欺師なのだ。
そんな護栄の頭を悩ませるのは、もっぱら皇太子に成り上がった天藍だ。
舌先三寸で美しい道筋を用意しても思うがままに動き護栄の努力を無視していく。時には甚大な被害を作り出すが、その最たる例が薄珂と立珂だった。
確かに利用価値は高いし手元に置きたいとも思った。だがそれはあくまでも護栄の部下として指示を出せる範囲であって、間違っても恋仲だの寵愛だのといういわくつきで来賓にすることではなかった。
できればこれ以上厄介な事態にはならないでくれと思っていたが、今日もまた彼らに関する悲報が届いた。
「珍しいですね。孔雀殿が私に話なんて」
「お忙しいのに申し訳ありません」
「いいですよ。どうせあの子達のことでしょう?」
「はい。二つほどご相談が」
「二つもですか」
相談があるとやって来たのは孔雀だった。
彼もまた天藍が独断で宮廷にねじ込んだ人間で、薄珂と立珂のように目に見える利益がないため賛否両論が飛び交った。
結果護栄は『金剛を倒した英雄』という肩書を作り、獣人保護区の改善に尽力してくれる有難い医師であるとして納得をさせた。
だが当時は孔雀本人の前で論争を繰り広げたこともあったので、はっきり言って仲は良くなかった。必要最低限を報告し合えばいいだろうと思い距離を取って来た。
けれどその結果招いたのが、立珂を精神的に追い詰め自分自身が退廷するという最悪なものだった。もっと孔雀と話をしていれば立珂に対してどうするべきかの最善策を用意できただろう。
これは仕事を人任せにする自分の悪いところが全面的に出た結果だと反省し、それ以来孔雀とはこまめに話をするようにしている。
それが改まって『ご相談が』と言われるなんて、楽しい話ではないことは明らかだ。
やれやれと腰を下ろすと、孔雀はとても真剣な顔をしていた。
「一つは隠れ里の獣人の移住についてです。早急に連れてきた方が良い事態になりました。迎えには慶真殿と、玲章様にもお力添えを頂きたいのです」
「慶真殿はともかく玲章殿は困りますね。しかし何故急に?」
「殿下が鳥獣人を隠しているという噂が急に広まりました。保護区では子供も知っているほどです」
「……ついにですか」
「はい。でもこれはやはり慶都君と白那さんだと思います。薄珂君のことなら『公佗児』と限定するはず」
「まあそうですね。それが里の獣人を呼ぶこととどう関係するんです」
「もしかしたら慶都君と白那さんはまだ里にいると考え、奇襲をかけられる可能性も無くはないです。そうなれば彼らは一網打尽にされるでしょう」
「ああ、つまり頭を下げて信頼を得られ、かつ万が一に備えて戦闘技術のある少数精鋭で向かいたいということですね」
「はい。玲章様は先の解放戦争で国民からの信頼も厚い。長老様もご安心くださるでしょう」
「なるほど。まあ一日程度ですしいいかもしれませんね。もう一つは?」
「狙いが薄珂君だった場合です。私達しか知らない以上漏れるはずがないんです。でも知られているとしたら……」
「金剛の手下が残っていた可能性がありますね」
「かもしれません。でも私はあの子たちを狙っている組織が他にもいるのではと思っているんです」
「というと?」
「実は以前から気になっていたんです。何故立珂君を人質にしたのか」
「確実に薄珂殿を捕まえるためでは?」
「立珂君が掴まった状況は部屋の中で突如襲われて、です。ならその時に薄珂君を狙えばいい。鳥獣人は両腕を縛ってしまえば抵抗できませんからね。運搬に難のある立珂君を人質にする必要が無いと思います。それに金剛は『薄珂に絞るべきだった』と言っていた。それは彼と対等、もしくは金剛が従わざるをえない誰かがいるのでは?」
「何とも言えませんね。でも確かに不安ではある。真相が分かるまで二人は宮廷で保護をしましょう。孔雀殿の離宮で預かって頂ければ宮廷職員と接することもありません」
「はい。有難うございます」
「元はと言えば天藍様の不始末ですからね。では二手に分かれましょう。慶真殿と玲章殿は隠れ里へ。私は金剛と話をしてみます」
「金剛と? 直接ですか?」
「ええ。牢にいるので話すだけなら危険もありません」
「では私にも同行させて頂けませんか。私を見れば冷静ではいられないでしょう。その方が護栄様も情報を聞き出しやすいかと」
「そうですね。やってみましょうか」
「ええ。切り刻むのは得意です」
一体どこに隠していたのか、孔雀は医療用と思われる小刀を取り出しきらりと輝かせた。
「……口で勝負するのでは?」
「冗談ですよ」
はあとため息を吐き、護栄は孔雀を伴い執務室を出た。
蛍宮には犯罪者を収監する場所は二つある。
一つは警察組織の建物内と、もう一つは宮廷の敷地内だ。職員が仕事をする建物からは離れていて、警備も防犯設備も厳重に配置されている。
この二か所は役割が違う。警察組織内に収監されるのは、国民に対して犯罪を犯した者だ。対して宮廷敷地内には、国家に対して犯罪を犯した者が収監される。
愛憐が一時的に収監されたのは宮廷敷地内で、世界的に指名手配がされている金剛もここに収監されている。
警備員に会釈をして入ると、硝子を何枚か隔てた向こう側に鎖で繋がれている金剛がいた。こんっと硝子を叩くと、金剛はぎろりと孔雀を睨みつけた。
「孔雀!」
「良いざまですね。象獣人を倒した私は今や英雄。羨ましいでしょう」
「人間風情が……!」
「今あなたが獣化できないのは獣化制御薬という人間の医学によるものです。あなたは人間風情に二度も敗北したんですよ、陸最強の象獣人様」
「貴様ぁ!!」
金剛は力任せに暴れるが鎖ががちゃがちゃと音を立てるだけでびくともしない。
目を血走らせて今にも血管が切れそうだが、孔雀はなおも馬鹿にしたようにくすくすと笑い見下ろしている。
「さて。ではひとつ取引をしませんか。質問に答えてくれたら刑を軽くしてくれるそうですよ」
「……あぁ?」
途端に金剛は大人しくなった。こんな単純な話に乗るほど愚かなのかと護栄はため息を吐いた。
「では始めましょうか、護栄様」
「ええ」
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