第97話 ディラン様がまたお怒りです
一度見れば大体のものは覚えられる、は人に伝えると気持ちが悪いと言われることもある。テレーザの怯えた表情から久しぶりにその空気を感じたエイヴリルは、申し訳なくなった。
(私はテレーザ様を怖がらせてしまったかもしれません)
しゅんとしつつ、自分の身の潔白も証明しないといけないエイヴリルだったが、その必要はなかった。即座に、ディランが怒りをあらわにしたからである。
「――それ以上の発言は、すなわち身一つでこの屋敷から放り出されることを示すが大丈夫か」
「!」
「彼女の能力は褒められこそすれ、怖がられたり批判されたりするものではない。そのような浅い価値観の人間はうちに要らないな」
ディランの厳しい言葉に、エイヴリルを嵌めて利用しようとしていたテレーザは青くなって口を噤む。
(ディラン様が……とっても怒っていらっしゃる)
おそらく、このあとディランは今日の本題に入るのだろう。これ以上自分は話さないほうが良さそうだった。
今日、ディランがこの離れにやってきたのはエイヴリルのメイドごっこにつき合うためでも婚約者を紹介するためでもない。
(テレーザ様のお部屋のクローゼットを確認し、パンネッラ男爵の指示で麻薬取引に関わっていた証拠を押さえるためのはずです)
油断すると考えていることが口に出てしまうエイヴリルは一生懸命口を閉じた。その前で、ディランはテレーザに本題を向ける。
「テレーザ・パンネッラ。あなたがこの離れにやってきたのは前公爵に招かれたからだな」
「は……はい」
「前公爵に招かれたきっかけは?」
「大旦那様が私の国に遊びにいらした際、見初めていただきました」
「なるほど。あなたの実家は麻薬取引に関わっているとして調査の手が伸びているな。そのことは知っているのか?」
「……話だけは……。ですが、私は本当に無関係なんです。だからこそ、いつ大旦那様に見捨てられるかわからない愛人という立場よりはここで使用人として働きたいと……!」
テレーザの返答に、ディランは冷酷に言い放った。
「あなたの身の潔白を証明するために、部屋をみせてもらおう」
「!? なっ……なぜでしょうか!?」
「家族が麻薬取引に関わっているんだ。何の捜査も受けずにいられるはずがないだろう。しかも、君は頻繁に実家からの贈り物を受け取っているな。誤解を招く点も多い。国から正式な取り調べを受ける前に調査が進んでいればランチェスター公爵家としても助かる」
ガタガタと震えていたテレーザだったが、話を聞きながら少し落ち着きを取り戻した様子だった。
「……わかりました。ですが、ほんの少しの間お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「なぜだ?」
「お客様をおもてなしする準備をさせてくださいませ」
「その必要はない。もう他の人間が君の部屋に向かい、クローゼットをチェックしている頃だ。この前、洗濯メイドのエイヴリルが言っていた。あなたの部屋のクローゼットの奥の棚は、隠しスペースへの隠し扉になっているようだと」
「……! まさかそんなことはありえませんわ。第一、どうしてそんなことがわかるのです。ただ一度、部屋に足を踏み入れただけなのに」
「自分で言っていただろう? 彼女にクローゼットの中を見せたと」
「!」
ディランの言葉を聞いて、テレーザは弾かれたようにエイヴリルを睨み叫ぶ。
「! あんた、騙したわね!? 新人メイドだなんて嘘をついて、本当は私のことを探りにきていたんじゃないの!」
「いえいえあの私は最初は本当に間違われまして」
「ずいぶん用意周到だったわね! あんなにメイド服が似合うなんておかしいもの」
「ですからあの……わあっ」
説明しようとしたところでテレーザに突き飛ばされた。うっかりよろけたところをディランが抱き止めてくれる。テレーザはそれを見逃さなかった。
テレーザはその反動のまま窓に突進し、開いていた窓から飛び降りたのだ。
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