第77話 見つけました
上にのせられた数枚の紙を取り払えば、分厚い名簿が現れた。エイヴリルはそれを手に取った。ずっしりと重い。
「“三年前のお屋敷設計計画書”。一見へんてこな言葉ですが、異国の言葉にして並び替えると『機密顧客リスト』という意味になりますね。間違いありませんわ」
「なんて雑な隠し方なんだ。普通、金庫に入れるとかあるだろう?」
「ディラン様、この世界にはお片付けがお嫌いな人がたくさんいるのです」
思えば、コリンナもそのタイプだった。アリンガム伯爵家で働いていた頃、何度床に置かれたままの本やドレスを片付けたことか。
(……と、いけませんね。余計なことを考えている時間はありません)
ぱらぱらめくるとそこに屋敷の設計図は一枚もなく、意味深な名簿だけがずらりと並んでいた。間違いなく当たりである。
ディランも同じことを思ったらしい。エイヴリルから名簿を受け取ると頷いた。
「上に提出し、調べれば一発だな」
「ということで、すぐにこのお屋敷から脱出しましょう。必要なものは手に入りましたから」
「ああ、エイヴリル、こちらへ」
ディランにぐっと手を引かれる。いつものエスコートとは違う力強さを感じどきりとしたところで、外が騒々しいことに気がついた。
ついさっきまでしんとしていた廊下には数人の足音が響き「どこへ行った」「向こう側との通路を封鎖しろ」という声が聞こえている。
(ええと、これは……)
「どうやらバレたようだな。仕方がない。身分をあかす」
ディランが身につけたままだった仮面を外した一方で、クリスが準備運動をしながら状況を分析する。
「5人ぐらいまででしたら私一人で楽に相手できますけど。問題は向こう側との通路を封鎖されたことですね。この広いお屋敷で、こちら側にいては出口もわかりませんから」
(! 出口の場所。それなら大丈夫です)
エイヴリルは元気に手を挙げた。
「脱出ルートでしたら、私が覚えております」
「? どういうことだ?」
ディランはわかりやすく不思議そうだが、エイヴリルにとっては造作もないことである。おっとりと微笑むと走りやすいように靴を脱ぎ、ヒールを折りながら説明する。
「まず、このお部屋へ入ってきた時に使った扉は使用いたしません。こちら側の隠し扉を使用いたします」
「君に『なぜ隠し扉があることを知っているんだ』なんて聞くのは野暮なんだろうな。時間もないし」
「ふふふ。このお屋敷は綺麗に左右対称にできているようです。ここだけはちょうどその中心部。ひとつしかない、変化の少ないお部屋です。向こう側の地図でしたら、仮面舞踏会に到着したときに館内案内図で覚えましたわ。出口でしたら予想がつきます」
エイヴリルの返答に、ディランは顔を引き攣らせた。
「……メモの解読も心理学の知識も不思議でしかなかったが……。そういえば、最近推理小説を読んでいたな」
「はい。今日のために悪女が活躍する推理小説を数冊読みましたし、そこに出てきた気になる知識については書斎で補いました。同じようなサスペンスな展開になり、正直なところとてもわくわくしています」
にっこりと微笑めば、ディランはため息をついた。けれど、実家の家族がしていたようなエイヴリルを馬鹿にするものではない。自分を愛しんでくれるものだと、もう知っている。
「――今日の私は、悪女としてディラン様のエスコートをするためにここにいるのです」
そう告げて、書架の不自然に新しい本が並んでいる場所をかき分けてみる。
すると、向こうに隠し扉が現れた。予想通りこちら側の廊下は静かなようである。顔を見合わせたディランとクリスが無駄のない動きで扉の前から荷物を取り去った。
エイヴリルはその扉に手をかけながらにっこりとほほえむ。
「この扉を出ましたら左へと走ります。角を右、左、右、最初の使用人専用通用口から外に。いいですか?」
――3人は走り、無事に脱出できたのだった。
ということで、エイヴリルは無事に『悪女』としてディランに仮面舞踏会を案内し、ついでに仕事のサポートもすることに成功した。
ディランとダンスを踊る機会がなかったことだけは残念に思えたが、またいつだってチャンスはある。
エイヴリルは近い未来、ランチェスター公爵夫人になるのだから。
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