第46話 これは誰のためのドレス②
ディランと話していたアレクサンドラだったが、ふと思い出したようにエイヴリルに華やかな笑顔を向けてくる。
「エイヴリル様のご実家のお話といえば……私ね、この前、あなたの姉妹を侍女として雇い入れようと思ったの」
「!?!?」
エイヴリルはぽかんと口を開けた。こういった類の話で、アレクサンドラは冗談を言うタイプだったか。いや否である。
しかも彼女は、エイヴリルが義妹のせいで悪女として嫁ぐことになったことを知っている。控えめに見て、悪女を貫きたいエイヴリルにこの話題は大ピンチだった。
(それにコリンナを侍女だなんて。あの子には絶対に無理だし、何よりも引き受けないと思うのだけれど……)
さて、どうしたものか。目を瞬いてこの場の切り抜け方を考えていると、アレクサンドラはさらに重ねる。
「アリンガム伯爵家は資金繰りに困っていらっしゃるでしょう。あなたの妹が私の下で働けば借金の返済に猶予を与えると伝えたのだけれど、約束の日に王都に現れなくて」
「あの、妹は箱入りで……とても、あの」
取り繕おうと思ったが、とても箱入りではないコリンナの姿が脳裏に浮かぶ。
両親の目を盗んであられもない服に着替え仮面舞踏会へ出入りし、見知らぬ殿方を部屋に招き入れ、気に入らないことがあれば喚き散らす義妹の姿が。
(コリンナは箱入りではないわ、間違いなく)
「ふぅん。あなたの妹は箱入りなのね」
「……え、ええ。…………(今はお金がないし両親の監視のせいで結果的に)箱入りですわ」
「ねえ今の不自然な空白は何かしら?」
「……とにかく箱入りですわ。ですから、アレクサンドラ様にお仕えするには少し時間がかかるのではと……」
くすくすと笑いどこか楽しそうなアレクサンドラは、本当の悪女はコリンナの方だと知っている。だからこの会話はディランを前にした茶番でしかないのだが、エイヴリルはちょっと本気だった。
もともと資金繰りが苦しかったアリンガム伯爵家がさらなる窮地に陥ったのは、コリンナがアレクサンドラの元婚約者に手を出したせいだ。
(コリンナが侍女としてお仕えすることで借金の返済をまた猶予してもらえるなら悪い話ではないわ……!)
ちなみに、ここまでエイヴリルがアリンガム伯爵家のことを気にするのはお世話になった人々が残っているからである。両親と義妹に情はない。
(以前、ディラン様がアリンガム伯爵家の使用人をランチェスター公爵家で雇えると仰っていたわ。本当に没落することになる前にもう一度確認しておいた方がよさそうですね……)
そんなことを考えていると、少し困惑したようなディランの声が挟まれた。
「アレクサンドラ嬢。先日も話したが、その件についても待ってほしい」
「あら。どうしてでしょうか? これに関しては、お互いにこれ以上いい話はなくってよ」
「あなたの考えていることはよくわかる。しかし、エイヴリルに危険が及ばない状況になってからにしてほしい」
先日、呼んだ覚えのない男娼が訪ねてきてからというもの、ディランはエイヴリルが心配で仕方がない様子だった。
(つまり、この前の男娼騒ぎはコリンナが関わっているのかしら。そして、ディラン様はそれを知っている……?)
ふわふわと考えてみるものの、推測の域を出ない。けれど確認するのも気が進まない。言葉選びによっては遊び慣れていないと一発でばれてしまうからだ。
沈黙は金、口は災いの元。遠くの国の言葉で心を決め、音を立てずに紅茶を飲むエイヴリルに、アレクサンドラが微笑む。
「婚約者なんて中途半端な地位だからそんな問題が起きるのですわ。さっさと結婚式を挙げてしまえばいいのです。そうすれば、エイヴリル様は名実ともにランチェスター公爵家の優れた女主人になりますわ」
「ええと、私は悪女ですね」
「あーそうそうごめんなさい。優秀な悪女よ。……とにかく」
ディランの手前、悪女だと念を押したエイヴリルにアレクサンドラは立ち上がる。
「何でもいいから、早く結婚式に招待してくださる? 新しい侍女を雇いたいし、ランチェスター公爵家の女主人になったあなたをとても楽しみにしておりますの。ではこれで」
「…………」
「? 承知いたしましたわ」
ディランが答えないので代わりにエイヴリルが応じた。
エイヴリルがランチェスター公爵家の女主人になる日は来ないのが本当に申し訳ないところだったが、結婚式については契約書にも記された重要なイベントである。
(悪女として、しっかり履行しなければ……!)
ぎゅっと拳を握りしめると、隣のディランの口からわずかに息が漏れる気配がした。
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