第5話 行き先は辺境の地ではなく

 馬車と汽車を乗り継いで、エイヴリルはなぜか王都にやってきていた。


「あの……私の嫁ぎ先は王都なのですか? ランチェスター公爵家はアリンガム伯爵領からさらに南に行った辺境の地に領地をお持ちだと記憶しているのですが」


「私にも何が何だか。コリンナお嬢様には『ここよりもずっとずっと田舎へ行くのよ』と言われていたはずですが」


 困惑するエイヴリルの問いに不満げに答えたのは、コリンナ付きの侍女・キャロルである。


 公爵家へ嫁ぐにあたり、身一つというのはさすがにアリンガム伯爵家の品格が問われる……ということでキャロルが同行することになったのだ。


 本来なら、使用人仲間で仲が良かったキーラあたりが来てくれたらエイヴリルとしてもうれしかった。


 しかし実際に選ばれたのは、コリンナの身の回りの世話をしていて、使用人としてもエイヴリルを下に見ていたキャロルだった。


(きっと、コリンナの指示なのだと思うけれど……私への嫌がらせのために慣れた土地を離れることになったキャロルもかわいそうね)


 エイヴリルは仏頂面のキャロルから視線を外し、馬車の窓に映る景色を見る。


 レンガ造りの建物が立ち並ぶ王都はとても華やか。石畳の大通りにはたくさんのお店やレストランが立ち並び、人で溢れている。まるで、賑やかな人々の息づかいまで聞こえてくるようだ。


「ねえ、見て。王都ってすごく華やかなのね……! こんなにたくさんの人を見たのは初めてだわ……!」

「……」

「キャロル、ほら見て! 広場でマーケットが開かれているわ。あんなところでお買い物をしてみたい……とっても素敵!」


 そこまではしゃいでから、エイヴリルははたと自分にはお金がないことを思い出す。


(いけないわ。私は身代わりの花嫁。もしかしたら、ランチェスター公爵家からもすぐに追い出されることになるかもしれない。それは大歓迎なのだけれど……その時のためにお金はとっておかないと!)


 もちろん、エイヴリルにはいつか家を出るときのために細々と貯めてきたお金がある。けれど、いつ必要になるとも知れず、手を付けるわけには行かなかった。


 はしゃがずに財布の紐を固くすることを再確認していると、一貫して不機嫌なキャロルがバカにしたようにため息をつく。


「あなたは気楽でいいですね。嫁ぎ先でどんな目に遭うかわかっていないのではないですか。どんなに物覚えが良くても、頭の中がお花畑すぎるから忌み嫌われるんですよ」

「あらまぁ。キャロルは随分なことを言うのね?」


 ふふふ、と笑ってキャロルの嫌味を流しながら、エイヴリルは妹・コリンナが華やかな王都での暮らしに憧れていたことを思い出す。


(私の行き先が辺境の地ではなく王都だと知ったら……コリンナは結婚相手が誰であれ自分が行きたかったと騒ぐのではないかしら。……でもだめよ、譲れないわ。だって、これはやっと手にした自由なんだもの……!)


 行き先は辺境の田舎町でも華やかな王都でもどちらでもいい。エイヴリルにとっての問題は、円満に家を出られるかどうかだったのだ。


 そこまで考えたところで、馬車が止まった。どうやら目的地に到着したらしい。




(まぁ……! ここは一体何なのかしら……!)


 馬車の扉が開いて、その先には広大な敷地とまるでお城のような屋敷が現れた。というか、公爵様が住む家なのでほぼ城で間違いないのだろう。


 庭園には花が咲き乱れ、噴水のしぶきには虹が浮かんでいる。夢のような景色の中を歩いて辿り着いたのは、まさに白亜の城だった。


 早速中に案内され、目を輝かせながら周囲を見回す。真っ白な大理石に、赤い薔薇の花が飾られ、品のいいシャンデリアが吊るされている。


(こんなに煌びやかな王都の、お城のようなお屋敷……! この大理石のエントランスロビーは磨きがいがあるわ……!)


 けれど、どうしても床に目が行ってしまうのは、エイヴリルが長年使用人として過ごしてきたからだろう。


 もし自分がモップでここを拭くならどのルートを通るか。エイヴリルがざっと最短距離を目測し終えたところで、声がした。


「到着を待っていた。エイヴリル・アリンガム嬢」

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