山猫少女は願わない

庭守透子

序章 少女は夢を見る

少女は夢を見る

 幼い記憶は幼いままで成長することはないし、完全な過去になる。過去の人物は現在の人物とは異なる。それでもと思いながら、山田やまだ真彩まやは記憶を再生し続ける。


「真彩ぁ」


 奈々生ななおあかねは幼い頃からよく泣く子だった。人目も鼻水が出ていることも気にせずに、他人のために涙を流せる子だった。真っ赤に充血した目はゆらゆらと光と涙に挟まれて、今にも溺れそうだった。


「真彩が死んじゃうぅ」


 あまりにも必死に言うものだから、本当に死んでしまうかもしれないと真彩は思った。けれど、これ以上茜が不安に駆られないようにと、流れる鼻血を腕で拭きながら、真彩は痛みを笑い飛ばして見せた。


「これくらいじゃ死なないよ」


 眉間にしわを寄せた茜に無言でじっと見つめられる。対応に戸惑っていると、茜が手を握ってきた。


「わたしも、わたしもっ、真彩を守れるように、がんばるからっ」


 真彩は嬉しくなった。真彩が茜を、茜が真彩を守り続けるなら、この先ずっと一緒にいられると思ったからだ。一心同体ってやつだ、と真彩は憧れの四字熟語を思い描いた。


「うん。わたしのこと、守ってね」

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