『青い火影』(ペレーヴィン)の場合

※今回はクレ○リンの中ではなく、林間学校の夜、クラスメイトたちと大部屋のベッドに横になりつつ、なかなか寝ないで、真っ暗な部屋の中で「怖い話」を語り合っているロシアの少年たちの光景から始まります。


「今のハナシは、怖かったなー・・・」


「家へ帰ってもしばらく兄貴と一緒じゃないと寝られないや」


「しっ!廊下に先生の足音がする!みんな寝たふりをしろ!」


部屋のドアが開き、先生が顔を覗かせた。みんなが寝ていると判断したらしく、ゆっくりとドアを閉じる。


「・・・足音が遠くなった。みんな、もう大丈夫だぜ!」


「ふう、やれやれ。焦ったなあ・・・」


「あれ?ヴァーシャのやつ、やけにおとなしいな。おーい、ヴァーシャ、寝ちゃったのかあ?」


「起きてるよー」


「今度はヴァーシャが何か話せよ」


「そうだなあ。じゃ、『黒いウサギ』の話は?」


「それ、この間聞いたよ」


「じゃあ、『ヴレーミヤという謎の深夜放送』の話は?」


「それ、夏休みにイトコから聞いた。もう知ってる」


「じゃあ、、、僕の実体験の、奇妙な話をしようか?」


「お前の実体験?へえ、面白そう!」


「じゃあ話すよ。ある晩のことだった。僕はおじいちゃんの家に泊まっていた。そこでおじいちゃんから、こんな怪談を聞いたんだ」


「ちょっと待てよ。お前の体験談じゃなかったのか?」


「まあ聞いててよ!後半から僕の体験談になるからさ!で、おじいちゃんが話してくれた怪談は、まだソビエト連邦だった頃の、アフガニスタン戦争の話だった。あのとき、たくさんの兵隊さんが、アフガニスタンで死んだ。おじいちゃんが当時住んでいた村でも何人かの若者の戦死通知が送られてきていた。村の人たちは悲嘆に暮れた。ところがある日、村の駅舎に到着した列車から、死んだはずの若者がゾロゾロと降りてきて『ただいまー』と元気に挨拶をしてきたそうだ。そのとき駅舎にいた人たちはビックリして『え?お前らは死んだんじゃなかったか!?』と訊くと、列車から降りてきた若者たち、すうっと無表情になって、『あ、そうか。オレたち、死んだんだったっけか』と言って、煙のように消えてしまったんだって」


「・・・うええ、なんだその話?すでにじゅうぶん、怖かったんだけど!」


「ところがここからは、僕の不思議な体験談になる。この話を聞いた、その夜のことだ。僕がベッドで寝ていると、何かの気配を感じて。ふと顔を上げると、たくさんの勲章をぶらさげた軍服を着た大人の人たちが七人ほど、僕の顔を覗き込んでいたんだ。驚いて僕が起き上がると、そのうちの一人が、『怖がらなくていい。ただ、クレ○リンに帰る道に迷ってしまってね。この部屋のクローゼットを貸してもらうよ』と言った」


「・・・それでどうなったんだ?(生唾ゴクリ)」


「そして、ずずずとクローゼットがひとりでに開くと、、、その向こうには、クレ○リンの中と思われる部屋があって、机には、いつもテレビで見るあの人、この国の大統領が座っていた」


「ええっ?」


「七人の男たちは、クローゼットを通って、クレ○リンのその部屋に帰っていった。『ただいま戻りました、大統領閣下』と、男の一人が言った。すると、大統領、あまりのショックで、一瞬で目が落ちくぼみ、肌の色も真っ白になった。『だが・・・お前たちは前線で戦死したはずじゃないか!』大統領は言った。すると男の一人が言った。『そうですか。やはり、我々は死んでいたのですか・・・。だからこの戦争は無理だとあれほど申し上げたのに!』と、七人はうろたえる大統領に詰め寄り・・・。そこで、クローゼットの戸は、ひとりでにまた、閉まってしまった。僕がベッドから起きてクローゼットの戸を自分で開けてみると、その向こうはただのクローゼットの中に戻っていて、何も、おかしなところは、残っていなかった」


「・・・気味悪い話だけど、それ、単にお前の夢なんじゃなかったの?」


「いや、でもね。翌朝、テレビのニュースで、たまたま大統領が仕事をしている風景が映ったんだけど、見れば見るほど、机の上に置かれているモノの配置とか、部屋の装飾とか、細かいところまで僕が見た部屋と一致していたんだ。それに・・・」


「それに?」


「その翌朝からなんだよ。大統領の目がくぼんで、顔色も悪くて、椅子に座っている時に震えを抑えるみたいに右手で机の端を握るようになったのは。まさに、僕が見た、あの驚愕の表情の時の顔色、そのままになっちゃったんだよ」


「・・・怖かったなー。でも、ひとつ、気になることがあるな」


「なんだい?」


「その・・・死んだ人間って、じぶんがしんでいることを、忘れるものなのかな」


「さあ。どうなんだろう?ただ、僕が見たモノを信じるなら、忘れていたり、確信が持てていなかったりすることは、あるみたいだね」


「まさか・・・もしかして、この林間学校に来ているオレらも、自分で忘れているだけで、実はもう死んでいたり、しないよな・・・?」


「・・・ま、まさかぁ!アハハ・・・アハハ・・・」


「それにしてもみんなおとなしいな。おーい、コーリャ!まだ起きてるかぁ?」


「むにゃむにゃ。なーに?」


「なんだよ、寝ちゃってたの?次はお前が怖い話をする番だぞ!」


「勘弁してよぉ。もう眠いのーっ!」

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