『ルスラーンとリュドミーラ』(プーシキン)の場合

大統領がいつものように、

執務室の机に

向かっていた時のことだった。


「やあ大統領!こんにちは!

フシギな物語を、

始めましょうか!」


そんな甲高い声がして、

ギョッと目を向いて見上げると。


執務室のテーブルの上に、

ネコが一匹、ちょこんと座っていた。


「・・・なあ、いま、

何か言った?」


大統領は、まさかと思いつつも、

いちおう、そのネコに訊いてみる。


「ええ、言いましたよ。

フシギな物語を始めましょうって」

ネコは流暢にそう言ってくる。


「まずいな、、、

疲れているのかな、、、

変なモノが見えるようになった」

大統領が戸惑いながらひとりごちると、


「何をおっしゃいます、大統領!

あなたが子供の頃に

よく会ったでしょう?

私ですよ、物知りネコですよ!」


「・・・物知りネコ?」


「ロシアの昔話を語るときに

私のことをいつも、

呼んでいたでしょう?

私の仲間も、ごっそり、

待っていますよ!

ほら、わかります?ロシアの匂いです!

ロシアの昔話の匂いがするでしょう?」


ネコはそう言って、

くいっと、首を動かして、

大統領の背後を示す。


それに促されて

大統領が後ろを見ると、


なんと、いつのまに!


そこには、広大な

森林が広がっていた。


木の枝の上から見下ろしているのは、

ロシア民話でおなじみの、

水の妖精、美しいルサールカ。


ニワトリの足が生えた

キテレツな小屋の窓から

こちらをのぞいているのは、

ロシアの魔女、

バーバ・ヤガー。


「けちんぼ王」ことカシチェイが、

困ったような顔で、

こちらを見上げている。


「これはいったい、

どういうわけだ!」


「さあ大統領、

剣をお受け取りください!」


カシチェイが歩み出て、

大統領に大ぶりの剣を手渡した。


後ろから、物知りネコの声がする。


「それを持って、

洞窟の中にお進みください。

そこに、ますます、

ロシア的なモノが待っておりますよ」


たしかに、前方には、

森の中にぽっかりと口を開ける

洞窟が見える。


「なんか、

嫌な予感しかしないが、、、」


「それじゃ、大統領、

がんばって!」


物知りネコに促され、

大統領は剣を握ったまま、

洞窟の中へと入って行った。


洞窟を少し、進んでみれば、

石畳の広間のような部屋に出る。


そこには、落ち着いた眼差しと、

白毛まじりのあごひげをたくわえた、

一人の老人が座っていた。


「知っておくのだ大統領よ!

お前を侮辱した相手はな、

恐ろしい魔法使いチェルノモールだ!」


「いや、私は別に

誰からも侮辱などは、、、」


「やつは、まさしく、

長年にわたる美女の略奪者!」


「なんじゃそりゃ」


「大統領よ。お前の

憂いの原因はよくわかる。

だが奴を倒さんかぎり、

憂愁を吹き払うのはむずかしいぞ」


「いや、憂愁などは別に、、、」


「洞窟の先に進むのだ、大統領よ!

この先には小人たちの国が、

魔法使いたちの国が、

妖精や巨人たちの国が待っておる。

お前さんも、子供の時には、

夢中になった、ロシアの

フォークロアの世界!

かの詩聖プーシキンも、

しばしば物語詩の題材にした、

ロシアのフォークロアの世界!

どこまでも自由奔放で豊穣な、

物語の世界だ!

あんたも子供の時には

知っていた世界ではないかな?」


「これは!」

洞窟の向こうに開けていた、

小人や魔法使いや妖精や巨人たちの

戯れ動く世界を覗いて、

たしかに、大統領は狂喜した。


「忘れていた、、、

覚えている、、、!

たしかに、これが、

子供の時に夢中になった、

ロシアのオハナシの世界!

すっかり、このココロを

忘れていた!

ここにはロシアの精神がある・・・

戦車も大砲も知らなかった、

無垢な頃のロシアのにおいがする!」


ぱあっと光が沸き起こり、

大統領のカラダを包み込んだ。


*****


大統領執務室のドアが開き、

国防相が入ってきた。


「大統領、会議のお時間です。

、、、あれ?大統領?

おかしいな、この部屋に

いたはずだが、、、

どこへ消えてしまったのだろう?」

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