第168話 セシルの退院

 この日は、義母がセシルの車椅子を運んできたところで私はルークの世話があると断りを入れて、帰らせてもらうことになった。


「セシル、それではまた明日来るわね」


荷物をまとめると、セシルに声を掛けた。


「ああ、待ってるよ」


笑みを浮かべて返事をするセシル。


「それではお義母様、失礼致します」


頭を下げて病室を出ようとした時、義母が声を掛けてきた。


「エルザ、病院の出口まで送るわ」

「え?は、はい」


とっさに頷くと、次に義母はセシルに声を掛けた。


「セシルはおとなしくしているのよ。それじゃ行きましょうエルザ」


「何だよ、それ。子供じゃあるまいし」


苦笑するセシルを病室に残し、私は母と一緒に病室を出た。




「色々ごめんなさいね。エルザ」


病室を出ると、すぐに義母が声を掛けてきた。


「お義母様……」


「セシルには良く言って聞かせるわ。エルザはルークの子育てで大変だから、部屋は別々にするって。何しろセシルはすっかり自分と貴女は夫婦だと思い込んでいるから。貴女とセシルは婚姻関係など無いのだから、夫婦のような生活を送るのは無理でしょう?」


「はい、そうですね。セシルと部屋を別々にして頂けるのはありがたいです」


「フィリップが用意した貴女の部屋は今も残っているわ。ルークと一緒にあの部屋で暮せばいいわ。……セシルの記憶が戻るまでは」


「…分かりました」


セシルの記憶が戻るまで……。

この先、セシルの記憶がいつ戻るかも分からない。私はいつまでセシルの仮の妻のような役目をしなくてはならないのですか…とは、とてもでは無いけれども義母に尋ねることは出来なかった――。




****



 そして翌日午前10時――。


出かける支度を終えた私に母が声を掛けてきた。


「エルザ、本当にアンバー家で暮らすこと…大丈夫なの?」


「ええ、お母様。大丈夫よ、心配しないで」


元々セシルとの関係がおかしなものにならなければ、私はずっとアンバー家で暮らしても良いかもと考えていたからだ。


「お義母様が私とセシルの部屋は別にするようにとセシルには伝えてくれているから、問題は無いはずよ」


「そう?でも貴女がそう言うなら……これ以上言うことは無いけれど。でも必ず時々はルークを連れて家に戻ってきて頂戴よ?」


「ええ、分かったわ。お母様。それじゃ行ってくるわね」


「行ってらっしゃい、エルザ」


こうして母に見送られながら、ベビーカーに寝かせたルークを連れて私はホテルを後にした――。




****



 病室に着くと、部屋の中には車椅子に乗ったセシルが待機していた。

セシルの身体にはブランケットが掛けられている。


今朝は義父母が一緒だった。


「エルザ、待っていたよ」

「おはよう、エルザ」



「おはようございます、お義父様、お義母様」


挨拶をすると、すぐに2人はベビーカーで眠るルークをみつめて笑みを浮かべた。


「よく眠っているな」

「可愛いものね」


すると車椅子に乗ったセシルが声を掛けてきた。


「俺にもルークを見せてくれないか?」


「え、ええ。そうね」


私はベビーカーの中で眠るルークをそっと抱き上げるとセシルの元へ向かった。


「ルークよ」


セシルに眠っているルークを見せた。

すると、セシルは目を細めた。


「うん、やっぱりルークは俺たちの子供だな。よく似ているじゃないか」


「そ、そうね」


笑みを浮かべて同意を求めるセシルに、曖昧に返事をすることしか出来なかった―。







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