第119話 葬儀準備

 その夜―


「エルザ、具合の方はどうなの?」


ルークの授乳を終えた私に母が不意に尋ねてきた。


「そうね…大分良くなってきたわ…」


母にルークを託すと再びベッドに身体を横たえ、ため息をついた。


「ごめんなさい…お母様。ルークをお願いしっぱなしで…」


「いいのよ。そんなこと気にしなくて。貴女は…今大変な立場にいるのだから」


母ははっきりと口にはしないけれども、その声には同情が混ざっているのが分かる。


「エルザ、明日の葬儀…無理して参列することは無いわよ?まだそんな状態なのに」


「駄目よ…何が何でも明日の葬儀には参列するわ。だって…フィリップとの最後のお別れなのよ…」


私は自分の身体がこんな状態になってから、一度もフィリップの顔を見ていない。

最後に…フィリップの身体が埋められてしまう前に、どうしても一目顔を見たかった。


「分かったわ。エルザの喪服はもう用意してあるから、明日はそれを来て参列すればいいわ。ルークのことは私が面倒を見るから、また休みなさい?」


「ええ…ありがとう。お母様…」


本当はこれからの自分の身の振り方や、他にもやるべきことがあるのに何も今はする気が起こらない。

私は考えることを放棄して…目を閉じた―。





****



 翌朝午前10時―


私は3日ぶりに起き上がった。


母が用意してくれた喪服に袖を通し、ソファベッドに横たわっていると扉をノックする音が聞こえた。


「きっとセシルかもしれないわね」


喪服に身を包み、ルークを抱っこしていた母が扉を開けた。


カチャ…


「おはよう、セシル。やはり貴方だったのね?」


「おはようございます。お2人を迎えに参りました。…やぁ、ルーク。フフ…可愛いな…兄さんによく似ている…」


セシルの少し寂しげな声が横になっている私の耳に聞こえてきた。


「それでエルザはどうしていますか?車椅子を持ってきたのですが」


「エルザならもう喪服に着替えてソファベッドに横たわっているわ」


「ありがとうございます」


そしてセシルが近付いてくる気配を感じた。


「エルザ…大丈夫か?」


セシルがベッドに横たわる私を覗き込んできた。


「ええ…大丈夫よ」


「大丈夫なものか。顔色が良くないぞ?本当に参列出来るのか?」


「出るわ。だって…フィリップとの最後のお別れなのだから」


「…そうか、分かったよ。それじゃ俺が移動させてやるよ」


セシルが横たわる私を軽々と抱き上げ、車椅子に静かに乗せてくれた。


「ありがとう、セシル」


「いや…」


セシルは何故かじっと私を見つめている。


「どうかしたの?」


「エルザ…ちゃんと食事とっているのか?いくらなんでも軽すぎる。ルークの世話もあるんだから…栄養はちゃんととったほうがいいぞ?」


すると母が会話に混ざってきた。


「ええ、そうなのよ…いくら言ってもエルザったら中々食事を取らないのよ。困っているの」


「だって…食欲がわかないのだもの…」


うつむきながら答えると、セシルが声を掛けてきた。


「よし、それなら今夜から俺と一緒に食事をしよう。いいな?エルザ」


「え…?だけど、今夜はフィリップの葬儀に訪れた方たちと食事会が…」


「いいんだよ。俺はあの場にいないほうが…それに色々と聞きたくない話も耳にいれなくて済むし。父さんと母さんに任せるさ」


「聞きたくない話…?」


「いや、エルザは何も気にしなくていい。それじゃ行こうか?」


「ええ」


そしてセシルは私の車椅子を押すと、礼拝堂へ向った。



そこで、私はセシルの言った言葉の意味を知ることになる――。

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