第94話 母の言葉
アンバー家の離れの電話はリビングに置いてある。
電話を掛ける為にリビングに向って廊下を歩いていると、掃除をしているデイブに会った。
「エルザ様、歩かれて平気なのですか?お身体は大丈夫なのですか?」
彼は掃除の手を止めると心配そうに尋ねてきた。
どうやらデイブは私の体調が相当良くないと思っていたようだった。
「ええ、だいぶ体調が良くなってきたわ。まだ食べ物の匂いはきついけど、少しずつ食べられる食事の種類が増えてきたの。もうそろそろフィリップと一緒に食事が出来るかもしれないわ」
すると、何故か一瞬デイブの顔に影が差し…次にニコリと笑みを浮かべた。
「それは良かったです。さぞかしフィリップ様もお喜びになられることでしょう。ところでエルザ様。どちらへ行かれるのですか?」
「実家に電話を掛けようかと思ってリビングへ向っていたの」
「さようでございましたか。リビングまで一緒に付き添い致しましょうか?」
「いいえ。1人で行けるから大丈夫よ。ありがとう」
「いいえ。とんでもございません」
デイブは深々と頭を下げてきた。
「それじゃ、リビングに行ってくるわ」
「はい、かしこまりました」
そして掃除の最中のデイブを残し、リビングへ向かった―。
****
リビングへ行くと早速棚の上に置かれた電話の受話器を持ちあげ、実家に電話を掛けた。
何度目かの呼び出し音の後、電話がつながった。
『はい、ブライトンでございます』
受話器越しから母の声が聞こえてきた。
「お母様、私よ。エルザよ」
『まぁ!エルザッ!初めてじゃないの?アンバー家に嫁いでから電話を掛けてくるなんて』
「あ…確かに言われて見ればそうかもしれないわ」
『それで?突然どうしたの?電話を掛けてくるぐらいだから…何か重要な事かしら?ひょっとしてフィリップの事?』
何故か母がフィリップの話を持ち出してきた。
「いいえ、違うわ。私の事よ?」
『あ、あら。そうだったの?何かしら?』
「ええ、私ね…実はフィリップとの間に赤ちゃんが出来たの」
笑みを浮かべながら母に報告をした。
『え…?』
一瞬母の息を飲む気配を感じた。
『あ、赤ちゃんが…出来たの…?』
電話越しの母の声が震えている。
「ええ、そうよ」
母はどんな反応を示してくれるだろう、きっとさぞかし喜んでくれるに違いない。
そう思っていたのに…。
『そう…おめでとう、エルザ』
母の声は何処か冷めていた。
何故か…母はあまり嬉しそうに感じていない。
「お母様、どうしてもっと喜んでくれないの?私に赤ちゃんが出来たのに」
『え…?な、何を言ってるの?嬉しいに決まっているじゃない」
けれどやはり母の声は嬉しさよりも戸惑いを感じさせる。
「お母様…正直に答えて。何か私に隠し事があるんじゃないの?私、そろそろお腹の赤ちゃん、4ヶ月目に入るのよ?もうすぐ安定期に入るから連絡を入れたのに…」
『え!も、もう…そんなになるの…?そう…。それでは身体を大事にしないとね…』
「やっぱりおかしいわ。お母様、何を隠しているの?教えて」
母はため息をついた。
『それは…エルザ。貴女が一番よく知っていることではないの?』
「え…?」
『エルザ、私達に…何か重大なことを隠していない?』
母の言葉に私は息を呑んだ―。
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