第92話 2人きりの夜の会話

 あれから私は重い悪阻に悩まされるようになり、あまりフィリップの仕事を手伝えなくなってしまった。


食べ物もフルーツしか受け付けなくなり、料理の匂いを嗅ぐだけで気分も悪くなってしまうのでフィリップと食事すら出来なくなってしまう。



 悪阻のせいでフィリップと日中一緒に過ごせる時間が減ってしまったけれども、その代わり彼は仕事や食事時間以外はずっと私の部屋で過ごしてくれるようになっていた―。




****




「エルザ、今日もフルーツしか食べられなかったんだって?」


夜、2人一緒にベッドに入ったフィリップが私を抱き寄せながら尋ねてきた。


「ええ、そうなの…本当はもっと色々食事をとったほうがいいのかもしれないけれど、まだ…悪阻が酷くて。あ、でも今日はマッシュポテトを口にすることが出来たわ」


「そうなのかい?それは良かった」


フィリップは笑みを浮かべながら私の額にキスしてきた。


「シャロン先生の話では、もうそろそろ安定期に入る頃だから悪阻も治まるのではないかと仰っていたわ」


「そうなのかい?エルザはもともと細いから、見た感じではお腹も目立っていないけど…でも、もうそんなになるんだね?良かった…君の体調が一番心配だったから」


私の髪にそっと触れるフィリップ。

けれど私はお腹の赤ちゃんも気がかりだったけれども、フィリップの体調の方が余程心配だった。


「ねぇ、私のこともだけど…貴方の体調はどうなの?日中具合が悪くなることはある?」


「うん、隠していてもしようがないから正直に言うけど…やっぱり体調が悪くなることはあるよ。でもセシルが僕の身体のことを知っていてくれるからね。その時は書斎のソファベッドで薬を飲んで休ませてもらっているから大丈夫だよ」


「そうなの?それは良かったわ」


フィリップの胸に顔をうずめ、彼の匂いを思いきり吸い込む。

…不思議なことに、食べ物の匂いは駄目なのにフィリップの香りは好きだった。それどころか体調も良くなってくる気がする。


けれど…そのことはフィリップには内緒だ。

何だか恥ずかしくて口には出せないから…。


「そう言えば…」


フィリップの私を抱き寄せる腕に力が込められた


「何?」


顔を上げてフィリップを見上げる。


「エルザは何故書斎に顔を出さないのかと、最近セシルがよく尋ねてくるようになったよ」


「そうね。セシルには仕事を手伝わせてと自分から頼んだのに書斎に顔を出さなくなってしまったのだから…セシルには何と話しているの?」


「うん、今エルザはこの屋敷のことを色々勉強している最中だから、もう暫くは仕事を出来ないと説明してあるよ。まぁ、それにしても…そろそろセシルには報告したほうがいいかも知れないね」


フィリップは私のお腹にそっと振れた。


「まだお腹は余り目立っていないみたいだけど…もうすぐ安定期に入るなら、セシルにエルザに子供が出来たこと…話してもいいかな?」


私の目を覗き込みながらフィリップが尋ねてきた。


「ええ、いいわ。私も明日…両親に伝えるわ」


「うん、そうだね。それがいい」


そしてフィリップは私にキスした。


「もう…寝ようか?」

「ええ、そうね」


フィリップはベッドサイドに置かれたアルコールランプの火を消した。


「お休み、エルザ」

「ええ、お休みなさい。フィリップ」



そして私達は寄り添うように眠りについた。


互いの温もりを感じながら―。

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