第68話 名実共に…
「う…ん…」
どのくらい経過しただろうか…。突然ふと目が覚めた。
「え…?」
気づけばベッドの上にいた。部屋の灯りは全て消え、カーテンの隙間から差し込む月明かりが部屋を青白く照らしている。
…いつの間に眠っていたのだろう?
誰かが部屋に運んでくれたのだろうか…?
そして何気なくゴロリと身体の向きを変えた時…。
「!」
心臓が止まるのではないかと思うくらいの衝撃を受けた。驚くべきことに私の隣ではこちらを向いて静かに寝息を立てて眠っているフィリップの姿がそこにあったからだ。
フィ、フィリップ…が何故、私の部屋に…?
ドキドキする胸を押さえながら、ゆっくり身体を起こし…ここが自分の部屋では無く、フィリップの部屋であるということに気付くのは然程時間がかからなかった。
私が眠っていたのは…フィリップのベッドだったのだ。誰かが眠ってしまった私
とフィリップをベッドまで運んでくれた…?
「…」
フィリップは静かな寝息を立てて眠っている。顔つきも穏やかだし、どこも苦しそうには見えない
ここはフィリップのベッドだから、私は降りたほうがいいかもしれない…。部屋の中にはリクライニングソファもあるし、カウチソファも置いてある。
「…」
そっと上掛けのキルトをまくって、フィリップを起こさないようにベッドから降りようとした時、不意に声を掛けられた。
「何処へ行くんだい?エルザ」
「え?」
驚いてフィリップを振り返ると彼はピローに頭を乗せてじっと私を見つめていた。
「あ…ごめんなさい、フィリップ。貴方を起こしてしまったのね」
「別に気にしなくてもいいよ…。具合も今はすっかり良くなったし。それよりもまだ真夜中だよ?何処へ行こうとしていたんだい?」
穏やかな声で語りかけてくるフィリップ。その様子から今は調子が良いことが分かった。
「具合が良くなって何よりだわ。ここは貴方のベッドでしょう?だから降りようと思ったの」
「え?まさかこんな真夜中に自分の部屋へ戻るつもりだったのかい?」
「いいえ、行かないわ。フィリップのことが心配だから。ただベッドから降りるだけよ」
「何故?別に降りることは無いのに」
「だって…このベッドは貴方のベッドだもの。降りるわ」
すると彼に右手首を掴まれた。
「…エルザ。行くことは無いよ。一緒に寝よう?僕達は…夫婦なのだから」
夫婦…。
フィリップの口から改めてその言葉が出てくると、胸が熱くなってくる。
「…っ」
思わず目に涙が浮かび、ゴシゴシと目を擦った。その様子に一瞬フィリップが息を飲む気配が伝わった。
「エルザ…泣いてるの?」
フィリップが起き上がって私に尋ねてきた。
「え、ええ…。貴方に私達が夫婦と言って貰えたことが…嬉しくて…」
すると、フィリップが私を強く抱きしめてきた。
「ごめん…今迄の僕は本当に酷い人間だった。君をあんなにも追い詰めて、苦しめてしまったのだから、本当に申し訳無かったと思ってる。だけど、今ならはっきり言えるよ。エルザ、君は…僕の大切な妻だって。だからこそ、僕は君を本当は手放してあげなければいけないのに…今は、最後まで側にいて欲しいと願ってしまっているんだ」
フィリップの声はいつしか涙声になっていた。
「勿論よ。私はフィリップから離れないわ。だって貴方のことを愛しているのだもの」
「エルザ…」
フィリップは私を抱きしめていた腕を緩めると、顔を近づけてきた。
「…」
目を閉じるとフィリップの唇が重なってきた。
「「…」」
私達は少しの間、無言でキスを交わしていたけれども…やがてフィリップは唇を離すと、私に言った。
「エルザ…君と本当の夫婦になりたい…。駄目…かな…?」
フィリップの瞳が切なげに揺れる。
「ええ、私も…同じ気持ちよ」
だって…フィリップの前では口に出して言えないけれども、結婚が決まったときからずっと、私は彼との間に赤ちゃんが欲しいと思っていたから。
「ありがとう、エルザ…愛してる」
フィリップは笑みを浮かべ、私をベッドに寝かせると唇を重ねてきた。
フィリップ…。
私は彼の首に腕を回した。
そしてこの日の夜…。
私とフィリップは名実共に本当の夫婦になれた―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます