第34話 静かな夜

 恐らく私がここにいては邪魔に違いない。

きっとこの先、私に聞かせられない話を兄弟でするつもりなのだろう。


半分ほど食事を口にしたところでスプーンを置くと、2人に声を掛けた。


「あの、私…そろそろ部屋に戻らせて頂くわ」


「…」


その言葉にフィリップは怪訝そうに私を見た。


「え?もう食べないのか?」


セシルは驚いたように私に声を掛けてきた。


「ええ、まだあまり食欲が無いから」


「食欲が無いなら無理に食べることは無いよ」


「え…?兄さん?」


セシルが慌てたようにフィリップを見るも、彼は視線を合わすこと無く言った。


「エルザ。明日の出発時間は午前11時だよ。君の家にはこちらから電報を打って連絡を入れておくから」


電報…。

やはりこの帰省は突然フィリップが決めたことなのだろう。いきなり私が実家に戻って両親が驚かないようにする為の彼なりの…きっと配慮なのだ。


「ありがとう、フィリップ。それじゃセシル。ごゆっくりね」


「あ、ああ…またな。エルザ」


「ええ」


そして私は静かに席を立つと、ダイニングルームを後にした―。




****



 パタン…


部屋に戻り、扉を閉めると私はため息をついた。


「ふぅ〜…」


部屋の中は既に部屋の壁のランタンに明かりが灯され、ゆらゆらとオレンジの明かりに照らされて揺れている。


「誰かかが部屋に明かりを灯していってくれたのね…」


みるとライティングデスクに置かれたオイルランプにも明かりが灯されている。


「そうだわ、先に日記をつけてから…里帰り準備を始めましょう」


どうせ、帰省するにしても私の実家にはまだ部屋は残されているし、ベッドやクローゼットも全て揃っている。余分に何着か衣類も残してあるので、ある意味自分の身体一つで里帰りしても大丈夫なのだから。


この部屋に置かれたライティングデスクは真っ白で、引き出し部分にはラベンダ―の花が描かれている。


「やっぱり…特注してくれたのかしら…?」


私の実家は大きな商家で様々な商品の取引を行っている。特に家具には力を入れており、お抱えの家具職人が何人もいる。ひょっとしてフィリップは彼等に頼んでくれたのだろうか…?


けれど引き出しを開けた次の瞬間、私の目にフィリップから預けられた離婚届が目に飛び込んできた。


「馬鹿ね…。私。こんな…離婚届けを預けて来る人が…私の為に家具を特注するはずがないのに…」


そう、フィリップは私を愛するどころか私からの愛をも拒んでいるのだから…。


「ウッ…」


その時、再び胃がズキリと痛んだ。そこですぐにシャロン先生から頂いたお薬を飲むことにした。部屋に置かれたセンターテーブルには水差しと薬が既に用意されてある。


「…」


私は無言でコップに水を注ぎ、そっと薬包を開くと粉薬をこぼさないように口に入れるとお水で流し込んだ。


「そうだわ、お薬だけは絶対に忘れないようにしておかなくちゃね」


そこで明日持っていくショルダーバッグに薬の入った紙袋をしまうと、私は再びライティングデスクに向かった。


毎日の日記を付ける為…。


そして、今夜も私の静かな夜は更けていく―。



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