第31話 部屋を訪れた人物は
18時半―
新しく与えられた部屋で私は1人で荷物整理をしていた。衣類をクローゼットにしまいながらポツリと呟く。
「何故…初めから部屋が用意されていなかったのかしら?元々お姉さまが使う予定だった部屋に私を入れるつもりだったでしょうに…。その割にはこの部屋に置いてある家具…すべて私好みだわ」
白い家具にはところどころラベンダーの模様が描かれている。カーテンやカーペットは同系色の淡いラベンダーカラー。
それによく見れば部屋に置いてある調度品にもラベンダーの模様が入っている。
「…まるで、特別に作られた家具みたいだわ…」
バラ模様の家具なら意外とどこにでも見かける。けれど、ラベンダー模様の家具など今まで一度も見たことが無かった。
「まさか、フィリップが私の為にわざわざ特注したのかしら…」
けれど結婚初日に手渡された離婚届けの事を思い出し、私の心は一気に現実に引き戻される。
「そうよ…私は離婚を望まれている妻…そんな私にフィリップがわざわざ特注の家具を用意してくれるはずはないわ…」
でも、何故なのだろう。私に離婚届を預けておくなんて。
離婚したくなったら2年以内に届けてくれ?
それがどんなに残酷な言葉なのか、きっとフィリップは気づいていない。こんなことならいっそ、はっきり離婚する日を指定するか、私に離婚届を預けないで欲しかった。
ねぇ、フィリップ。
私が2年以内に離婚届を提出しなければ…一体あなたはどうするつもりなの…?
その時―
コンコン
部屋の扉がノックされた。クララだろうか?
「はーい、どうぞ」
声を掛けると、扉がカチャリと開かれ…私は目を見開いた。
「え…?フィ、フィリップ…?」
驚いたことに部屋に現れたのはフィリップだった。
「…まだ片付けが終わっていなかったのかい?」
相変わらずの無表情でフィリップが尋ねてくる。
「え、ええ。ごめんなさい。あまりにも部屋が素敵で…見惚れていたから。すぐに終わらせるわ」
髪をなでつけながら返事をした。
「…1人で片付けを?誰にも手伝ってもらわずにかい?」
「ええ。皆忙しそうだし…それに、17時過ぎまで皆が部屋の準備をしてくれたでしょう?これ以上迷惑かけられないもの」
「…そう」
そしてフィリップはそれ以上何も言わない。にも関わらず、何故か部屋から出ていかずに私が片付けをしている様子をじっと見ている。
「あ、あの…フィリップ…」
「何だい?」
「何か…私に用があるのかしら?」
「…何故そんな事を聞いてくるんだい?」
「だ、だって…フィリップは色々忙しいのに、わざわざ私の所へ足を運んできたってことは何か用があるからでしょう?」
「用事…ああ、そうだ。今夜はセシルも一緒に食事を取ることになったよ。19時にダイニングルームに来てくれるかい?」
「ええ、分かったわ。ありがとう、わざわざフィリップから伝えに来てくれるなんて嬉しいわ」
笑みを浮かべてフィリップを見ると、彼は何故か眉をしかめて私を見ている。
あ…ひょっとして私の言い方が不愉快に感じたのだろうか?
「ご、ごめんなさい。分かったわ。必ず19時にダイニングルームへ行くから」
慌てて返事をすると、何故かフィリップがため息をつく。
「…ああ。それじゃ僕は伝えたからね」
それだけ言うと、フィリップは踵を返して部屋を立ち去って行った―。
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