挿話 1 フィリップと執事
21時―
フィリップは書斎で1人、仕事をしていた。
そこへノックの音が聞こえた。
コンコン
『フィリップ様、チャールズです。いつものをお持ちしました』
「ああ、入ってくれ」
「失礼致します」
カチャリと扉が開かれ、チャールズが銀のトレーにティーポットとティーカップを乗せて部屋に入ってきた。
そしてフィリップの机の上に乗せる。
「…どうだ?エルザの様子は?」
仕事の手を休め、フィリップはティーポットからカップにお茶を注ぎ込み、一口飲むと顔をしかめながら執事に尋ねた。
「はい、本日は時間はかかりましたが出された食事は全て食べることが出来たそうです。…もっともオートミール粥ですが」
「…そうか…明日も体調の具合はどうか、さり気なく尋ねておいてくれ。後…部屋の準備も進めておいてくれるか?」
「…宜しいのですか?旦那様と奥様に知られたりしないでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。父と母は明日から1週間程、領地に行くので館を留守にする。その間に全て終わらせてしまえばいい。…本館の使用人たちにはしっかり口止めしておくようにしてくれよ?」
「…はい、かしこまりました。それでセシル様の方はいかが致しますか?」
フィリップは一瞬眉をしかめた。
「…多分セシルは大丈夫だろう。きっと…いや、絶対にエルザの味方になるはずだ」
「まだ本当の事は…告げられないのですか?」
「うん、まだ…大丈夫だ。ギリギリまで伏せておくよ」
「フィリップ様、実は今夜は朗報があります」
チャールズが話題を変えてきた。
「朗報…?」
「はい、ローズ様からお手紙が届きました」
「え?そうなのか?」
フィリップは目を見開いた。
「ええ、こちらでございます」
チャールズは白い封筒を差し出してきた。その手紙には送り主の名前は無い。
フィリップはすぐに手紙をペーパーナイフで開封すると、手紙を取り出し、素早く目を通した。
「…」
やがてフィリップはため息をつくと笑みを浮かべた。
「良かった…ローズ…元気にしているようだ」
「…それは何よりでございます」
「所で…この手紙が届いたこと、誰にも知られていないだろうな?」
フィリップは小声でチャールズに尋ねた。
「ええ、勿論でございます。最新の注意を払って受け取りましたから」
「なら、いいんだ…」
そして再びお茶を飲むとフィリップは顔をしかめた。その様子をチャールズは黙って見つめていたが、ふとあるものに気付いた。
「おや?フィリップ様…この本…またお読みになられていたのですか?」
「いや、そうじゃない。エルザが…今日僕の為に買ってきてくれたんだ。だからここに置いておいたのさ」
「…さようでございますか…」
チャールズはチラリと本棚を見た。そこにはエルザが買ってきた本と同じ物が並べられている。
「エルザ…僕が好きな本、覚えていてくれたんだよ…」
フィリップは口元に笑みを浮かべた。
そして傍らにはエルザが刺繍をしたハンカチが置かれていた―。
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