第26話 私の言い訳

 一体、今屋敷で何が起こっているのだろう…。


デイブが戻ってくるまでの間、私は不安な気持ちで待ち続けた。 その時間は…実際は5分程だったのかもしれないが、私には果てしなく長く感じる時間だった。


やがて―。


コンコン


『エルザ様、大旦那様と奥様がお帰りに…あ!』


「え…?」


何だろう?今の声は…。すると…。


カチャリ…


扉が開かれ、そこに現れたのはフィリップだった。その背後には俯いたデイブが立っている。


「フィ、フィリップ…」


「…」


フィリップは無言で部屋に入ってくると私の方に向かって歩いてくる。

そしてピタリと至近距離で止まると、じっと私を見つめてきた。


「あ、あの…?」


一体どうしたのだろう?けれどもその顔は無表情でフィリップからは何の感情も読み取れない。


「フィリップ…?」


すると彼はため息を一つ、ついた。


「…随分遅かったようだね」


その声にも感情が伴っていない。


「ごめんなさい…買い物があって…」


「別にそれは構わないけどね。君は子供じゃないんだから、一々僕に何処へ出掛けてくるなんて言わなくてもいいよ。ただ帰る時間だけ、使用人の誰かに伝えてくれさえすればね」


「そ、そうね。一応18時には戻るって伝えておいたつもりだったのだけど…」


部屋に掛けてある時計を見ると時刻は17時50分を指していた。


「え…?あ、ああ…そうだったね」


その時、初めてフィリップの目に感情が宿った。


「自分の話した時間通りに帰って来たなら別に構わないよ。でも今日は屋敷にいなくて正解だったね?」


「そ、それは…お義父様とお義母様が…来ていたから…?」


「そうだよ。どうしても君を2人に会わせるわけにはいかなくてね」


「その理由は…?」


「…君は知らなくていい」


「え?それは一体…?」


けど、そこで私は言葉を切った。これ以上フィリップを追求して、より一層彼に迷惑な存在と思われたくは無かった。

その代わり、私はフィリップの為に買ってきた本を渡す事にした。


「フィリップ、あのね…私、今日貴方に本を買ってきたの。…受け取ってくれる?」


フィリップに紙袋ごと差し出した。


「本…?」


怪訝そうな表情を浮かべていたフィリップはそれでも受け取ってくれた。彼はとても本が好きだから、私からのハンカチは受け取ってくれないだろうけれども、本なら受け取ってくれるのではないだろうかと思っていた私の狙いが当たった。


「多分まだ持っていないでしょう?シリーズ物の最新刊なのよ」


言いながら、精一杯の笑みを浮かべた


「え?」


一瞬、フィリップは驚いたように私を見つめ…そして紙袋から3冊の本を取り出した。


「…よく、手に入ったね」


フィリップはポツリと言う。


「ええ、以前に予約していたの。それで、今日取りに行ってきたのよ」


「…こんな物の為に…わざわざ出掛けるなんて…」


「え?」


その言葉に硬直する。


「あ、あの…まさか、持っていた…の…?」


「…いや、持っていないよ」


少しの間の後、フィリップは返事をした。


「そう、なら受け取ってくれる?」


「ああ…」


良かった…。だったらフィリップは何故あんな言い方を…。

その時に気付いた。


ひょっとすると…私の行動が恩着せがましく思えてしまったのだろうか?そこで慌てて言った。


「あ、あのね。この本を買って来たのは…自分の買い物のついでだったの。夜寝る前に飲むハーブティーが欲しくて買いに行って…本当にそのついでなのよ。本屋さんに寄ったのは」


傍から見れば、不自然な言い訳のように聞こえてしまうかもしれないけれど…私は必死になって訴えた。


「…そうか。この本は…ついでだった…そう言う事だね?」


「え、ええ。勿論そうよ」


先程から自分の嘘が見抜かれそうで、心臓の動機が止まらない。


「…折角だから受け取って置くよ。所で、もう夕食の時間だけど…」


じっとフィリップは私を見つめると言った。


「…随分顔色が悪い。体調が悪いのに無理に出掛けたからじゃないのかい?ダイニングルームまでは遠いから、今夜は自分の部屋で食事したほうがいいだろうね」


「え?」


そんな…私は貴方と一緒に…。


「じゃあ、僕はもう行くから」


そして扉の外で待っていたデイブにフィリップは声を掛けた。


「後のことは頼むよ」


「はい」


デイブは頭を下げた。


そしてフィリップは私を振り返ること無く、小脇に本を抱えて部屋を出て行ってしまった―。

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