第11話 悲しい時間
「エルザ、どうしたんだい?少しも食が進んでいないようだけど?」
フィリップが料理を口に運びながら尋ねてきた。
「え、ええ。あまりお腹が空いていなくて…」
こんな状況で食欲など起こるはずは無かった。
「まさか…この家の食事が口に合わないのかな?」
フィリップは冷めた目で私を見た。
「そんな事無いわ。とても美味しいわよ。ただ、今夜は胸が一杯で…食欲が無いのよ。…折角用意して貰ったのに…申し訳ないわ」
「ふ〜ん…そうかい。ならこれからは君の食事は量を減らしたほうがいいかな?その方が食材の無駄にならないからね」
フィリップにはその気は無いのだろうが、彼の言葉の一つ一つが鋭いナイフのように私の心を抉っていく。だけど、冷静にならなければ…取り乱して泣き出すものなら、益々私は彼に嫌われてしまう。
私は何としても彼との離婚を回避しなくてはならないのだから…。
だから、私は泣きたい気持ちを必死に堪えて笑顔で言う。
「ええ、そうね。その方が食材が無駄にならないものね。フィリップの手を煩わせるわけにはいかないから、厨房の人達には私から説明しておくわ」
「そうかい、君の好きにすればいいよ」
そして全ての食事を終えたフィリップはペーパーで口元を拭くと言った。
「明日の朝食時間は午前7時に、この場所だよ。食欲がないなら無理に来なくても構わないからね」
「いいえ、大丈夫よ。必ず行くから」
恐らく私とフィリップが顔を合わす機会は食事の時だけになるのだろう。それならその貴重な時間を無駄にするわけにはいかない。
例え食欲が無いとしても、フィリップと過ごせる大切な時間なのだから…。
「…そうかい。それじゃ僕はもう部屋に戻るから。それじゃ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
そしてフィリップは私の方を一度も振り返ること無く、ダイニングルームを出ていってしまった。
バタン…
ダイニングルームの扉は閉ざされ、私は1人その場に残されてしまった。
「…」
目の前のテーブルには殆ど手つかず状態の私の食事。すっかり冷めてしまっている。
「おやすみなさい…ね…」
ダイニングルームの部屋に掛けられた時計を見ると時刻はまだ20時だった。とてもではないけれども、こんな時間に寝るはずはない。
つまりフィリップの言った「おやすみなさい」と言う言葉は、もう明日の食事時間まで構わないでくれと言う意思の現れなのだろう。
「そんな事…わざわざ言わなくたっていいのに…」
フィリップが私の事を迷惑だと思っていることがはっきり分かったのに、私が彼の部屋を訪ねるとでも思っているのだろうか?第一、彼の部屋が何処にあるのかも分からないのに。
その時―
突然カチャリと扉が開かれ、先程給仕をしてくれたフットマンが部屋に現れた。
「あ…!も、申し訳ございません!奥さ…い、いえ。エルザ様。旦那様が部屋を出ていかれるお姿を拝見したので、てっきりご一緒に出ていかれたとばかり思っておりましたので…!」
彼は申し訳無さそうに頭を何度も下げた。
「いいのよ。気にしないで。私も、もう出るところだったから…」
そして席を立ち上がった。
「そうだったのですか…。ところでエルザ様」
「何?」
「お食事にほとんど手を付けておられませんが…もしかするとお口に合いませんでしたか?」
心配そうに彼は尋ねてきた。
「いいえ、違うわ。お食事はとても美味しかったけど…ただ、食欲が無くて。だから貴方から厨房の人達に伝えて下さる?明日の朝から食事の量を全て半分に減らして欲しいと」
「え…?本当に宜しいのですか…?」
「ええ、いいのよ。だって食材だって無駄ならないでしょう?お願いね」
「は、はい。かしこまりました」
私は彼の返事を聞くと、席を立ってダイニングルームを後にした―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます