第5話 用意されていた部屋は
カチャ…
チャールズさんが部屋の扉を開けた。次の瞬間、大きな掃き出し窓にバルコニー付きの明るく広々とした部屋が私の目に飛び込んできた。
部屋を目にしたとき、私の予感は的中した。
ここは…私の為に用意された部屋では無い、と言う事が―。
淡いピンク色のカーペットに薔薇模様のレースのカーテン、サーモンピンクのカーテンには細かな薔薇が描かれている。
それだけではない。壁紙も、天井も…何もかもが淡いピンク色の薔薇模様で統一されていたのだ。
部屋に置かれた家具は白を基調としたアンティーク風の家具で、さながら貴婦人のような美しい部屋だった。
だけど…これは私の部屋では無い。
フィリップは私の新居を整える為に色々手配したと言っていたけれども…それは嘘だと言う事が一目ですぐに分ってしまった。
何故なら、この部屋は…。
その時、不意にチャールズさんが声を掛けてきた。
「エルザ様、もしや感動して言葉を無くされてしまいましたか?」
何も事情を知らない彼はニコニコと笑みを浮かべて私を見ている。
「え、ええ。そうですね。まさか、こんなに素敵な部屋を用意してくれていたなんて…本当にフィリップには感謝しかありません」
胸の動悸を押さえながら、私は答えた。
(そうよ…これ位大丈夫よ…だって、私はもうフィリップと結婚式を挙げたのだから…)
震える手を押さえるように、両手を前で力強く組んだ。
「そうですか?ご満足いただけて、何よりです。それでは今お飲み物を用意してまいりますので、お部屋でおくつろぎ下さい」
「はい、ありがとうございます」
チャールズさんが部屋を出て行き、1人きりになった。
私は部屋の中央に置かれたカウチソファにフラフラと近付くと座った。このカウチソファも当然の如く薔薇模様だった。
「…部屋に薔薇の花が飾られていなかっただけ…マシかもね…」
私はバラの花のアレルギーを持っていた。その為、薔薇の花はおろか、バラ科に所属する果物や飲み物も口にする事が出来ない。
フィリップはそれを知っているハズなのに…。
「…いいえ、きっと違うわ。子供の頃の記憶だから…フィリップは忘れているだけかも知れないわ…」
私はそう、信じる事にした。…というか信じたかった。フィリップは忘れているだけなのだ…と。
カウチソファに座っていると、温かな日差しで眠たくなってきた。
ウツラウツラと船を漕いでいるうちに…次第に瞼が重たくなり、私はいつしかソファの上に横たわっていた―。
****
…どれくらい時が経過したのだろうか―。
私はふと、目が覚めた。気付くと部屋の中はオレンジ色に染まっている。
「え?い、いつの間に…?」
慌てて起き上がり、窓の外を眺めてみるといつの間にか空はオレンジ色に染まっている。ソファの上で無理な態勢で眠ってしまったせいだろうか?
頭が痛むし、身体も何だかズキズキする。
「もう夕方なんて…一体どれくらい眠ってしまったのかしら…」
ポツリと呟いた時。背後から声を掛けられた
「エルザ。やっと起きたんだね?」
「え?!」
驚いて振り向くと、そこには肘掛椅子に座って読書をしていたフィリップの姿があった。
「フィリップ…!」
慌ててソファから立ち上がった。
「全く…。部屋に入ってみれば、まさかソファの上で眠っているのだからね。眠ければベッドで寝れば良かったじゃないか。そんな寝心地の悪い場所で寝るなんて」
フィリップは私と目も合わせずに言った。
(だったらベッドまで運んでくれれば良かったのに…)
しかし、そんな事は口に出せるはずがない。
「ごめんなさい…ソファに座っていたら何だか眠たくなってしまったから…つい」
「…」
フィリップはそんな私を少しの間じっと見つめていたが、本を閉じて傍らのテーブルに乗せた。
「フィリップ…?」
彼はため息をつくと窓に近付き、外を眺めながら私に言った。
「エルザ…君に大切な話があるんだ…」
「大切な…話…?」
そして…彼は驚くべきことを口にした。
その言葉は、私を一瞬で絶望の縁に突き落とす事になる―。
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