第3話 置き去りの花嫁
馬車が離れに到着した。窓の外を見ると、10名程のフットマンとメイド達が左右向かい合わせに整列している。恐らく出迎えに来てくれたのだろう。
そして馬車に近付いて来る初老の男性。彼は馬車の扉を開けると頭を下げた。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「ただいま、チャールズ」
フィリップは笑みを浮かべると馬車から降りた。そして私を振り返る。
「エルザ、君も降りなよ」
「はい」
しかし、相変わらずフィリップは私に手を貸してくれることは無い。ただ黙って、こちらを見つめているだけだった。
(やっぱり…手を貸してくれるつもりはないのね…)
そこで足元に置いたボストンバッグを持つと、馬車の手摺を握りしめてスカートの裾を踏まないように気を付けて馬車から降り立った。
「…」
その様子をチャールズと呼ばれた初老の男性は驚いた様に見ている。…いや、彼だけでは無い。その場にいた使用人達全員が私を凝視している。それが無性に恥ずかしかった。
(出来れば人前でだけでも尊重してくれればいいのに…)
けれどそんな事は口に出せない。…出せるはずが無かった。
フィリップは私が馬車から降りるのを見届けると声を掛けて来た。
「エルザ。この離れで執事をしてくれるチャールズだよ」
そしてフィリップはチャールズさんに言った。
「後の事は任せたよ。僕は少し疲れたから先に部屋に戻って休ませて貰うから」
その言葉に驚いた。チャールズさんも驚いた様子でフィリップを見る。
え?まさか…本当に行ってしまうつもりなのだろうか?
思わず手を伸ばしてフィリップに声を掛けた。
「あ、あの…フィリップ…」
しかしフィリップは私の呼びかけが聞こえないのか、そのまま歩き去ってしまった。
差しだした手を取られる事も、一度も私を振り返る事も無く…。
(そ、そんな…)
思わず俯くと、すぐにチャールズさんが挨拶をしてきた。
「ようこそお越しいただきました。奥様、チャールズ・アボットと申します。こちらのお屋敷でお仕えさせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」
「エルザと申します。こちらこそ、どうぞ宜しくお願い致します」
慌てて顔を上げると挨拶を返した。
「そんな、奥様。どうぞ顔をお上げください。仮にも本日からこちらのお屋敷の奥様なのですから」
恐縮した様子のチャールズさん。私はどうやら彼に気を遣わせてしまったようだ。
「はい、分りました」
笑みを浮かべて返事をすると、次に彼は向かい合わせで並んでいる使用人の人達を紹介してくれた。
「こちらのお屋敷では厨房担当が3名、フットマンが4名、そしてメイドが3名。私を含めて合計11名の使用人が働いております。そして彼が御者のジェイコブですが、彼は本館と離れの両方で御者を務めております」
御者のジェイコブさんは無口な男性なのだろう、帽子を取ると頭だけ下げて来た。
その後は紹介を受けた使用人の人達が次々と前に進み出て私と挨拶を交わした。
皆気さくで優しそうに見えた。
(良かった…この人達となら何とかやっていけそうだわ…)
心の中で私は安堵した。
やがて全員の挨拶が済むとチャールズさんが言った。
「それではお部屋に参りましょうか?お荷物、お持ち致しますね」
チャールズさんが手を差し伸べて来た。
「あ、ありがとうございます…」
ボストンバッグを手渡すと、彼は少しだけ眉をしかめた。
「…こんなに重たかったのですか?」
「え、ええ。あ、でもご心配なく。私…こう見えても力がありますので」
「…そうですか?では参りましょうか?」
「はい。よろしくお願い致します」
そして私はチャールズさんに連れられて屋敷に向かった。
使用人の人達の、私を憐れむような視線を浴びながら―。
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