最終章 1. 己の身を犠牲に

 帝国の魔獣を仲間にし、救出した獣人族の脱出も完了した俺達は、いよいよ出航の時を迎えた。




「灯、それに魔人達も、この国を取り戻してくれて本当にありがとう。心から感謝する」




 別れ際、ゼクシリアは改めて俺達に深々と頭を下げて礼を言ってくる。




「そんな畏まんなよ。俺達だって目的を果たせたゆだしさ」




「それでも私達は皆に返しきれないほどの恩を受けたのだ。いつか必ず返させてくれよ」




 俺にとってゼクシリアはもう大切な友達だ。だから彼を助けるのは当然のことで損得や利益のために動いていた訳では無い。


 しかしそれでもゼクシリアは負い目を感じているらしいから、ここは何か1つ要望でも言っておくか。




「へへっ、じゃあうちの面子はたらふく食う奴が多いから大量に飯でも頼もうか」




「任せておけ、歴史上最大の宴を約束しよう」




「いや、そこまで気張らなくても――」




「なにそれ、最高……」




 想像以上に意気込むゼクシリアに俺は程々にしておくよう釘を誘うとしたが、なぜかそこにドロシーが割り込んで来やがった。


 こいつはほんとこういうところ変わんないよな。




「まぁいいや、そんじゃ皆またな!」




「うむ!道中気をつけるんだぞ!」




「ご飯、約束だからね?」




 結局ドロシーは、最後まで宴のことに食いついたままである。


 かなり締まらない別れの挨拶であったが、ともかくこうして俺達は帝国の港を出発した。


 目指すは新世界、ジェンシャン魔獣人国だ。




「さぁ、出航だ。ガンマ頼むぞ」




「おう!炎を開けるぞ!」




 全員が船に乗ったことを確認すると、俺の指示でガンマは海一面に広がる炎の壁を1部開かせた。


 防御の為に張っていた壁だが、出航する時は邪魔になってしまうからな。




 が、そこで俺達は全く予想もしていなかった事態に直面するのだった。




「弓撃隊、出番だ」




「よーし、皆一斉射撃だ!あの炎の割れ目を狙え!」




「「「はっ!」」」




 なんと、炎の壁の向こう側で待ち構えていたのは、王国騎士の大艦隊だったのだ。


 騎士達は、俺達が脱出の為に開けた僅かな炎の隙間を目掛けて、無数の矢を放ってくる。




 出口としてそこへ向かっていた俺達は、ちょうどいい的として見事に矢の直撃を受けることとなった。




「うがぁっ!」




「な、なんだよこれ!?」




「皆、船の中へ早く!」




「もう無理だ!満員――がふっ!」




 先頭を進んでいた船は1番被害を受け、甲板に出ていた獣人族達は次々と矢に射抜かれて倒れていく。


 嬉しい脱出の瞬間から一転、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり果ててしまった。




「シーラ!防御だ、急げ!」




「は、はい!」




 俺もこの光景に数間意識が追いついていなかったが、すぐに正気を取り戻しシーラに防御を指示する。


 シーラも一瞬呆然としていたが俺の声を聞くと、すぐさま波を操作して巨大な津波を引き起こすことで、矢を受け止めた。




 だが、それでも矢の雨による被害は甚大であり、先頭の船はほぼ壊滅状態である。




「く、くそっ、完全に油断した……!」




 カイジンの報告によれば敵影はまだ遥か遠くにあるという話だった為、俺や魔人達は呑気に後方で待機していた。


 これはまだ大丈夫だという俺の油断が招いた結果だ。




「殿、これはあしの失態、責任を取らせてほしいぜよ……!」




 だが、俺と同じく索敵に出ていたカイジンも強く責任を感じていた。


 その表情はまさに修羅で、今にも飛び掛って仇を打とうという意思が垣間見える。


 だが、今は不明瞭な点が多過ぎるので、カイジンを単身突撃させる訳にはいかない。




「ダメだ、今は不確定情報が多過ぎる。まずは隊列を建て直し守りを固めろ」




「し、しかし……!これでは敵の思うつぼぜよ!」




「ああ、分かってる。だから俺の分裂体を偵察に行かせるよ」




 分裂体なら俺が死ぬことはないが、それでも体の1部を使っていることに違いはないので、やられれば痛みは伴う。


 だが今はそのリスクを背負ってでも、敵の情報を集めるのが先決だ。


 なにしろ、騎士団が俺達の目の前に姿を現す時間はあまりにも早すぎたのだから。




「行ってくる、こっちは頼んだぞ!」




「おう!」




 分裂した俺は本体にそう告げると、翼を生やして津波の壁を越え騎士団の艦隊へと飛翔する。


 俺の姿を目撃した騎士達は即座に弓に矢を番え始めるが、それは先頭に立つ騎士が軽く片腕を上げるだけで制す。


 そしてその横には、見覚えのある懐かしい友の姿があった。




「よぉマリス、久しぶりだな」




 そう、そこに居たのは恩人にして親友であるマリスだった。


 騎士団が来たのなら彼らも居ると思っていたよ。




「灯!君がなぜここに居るんだ!?」




「なぜって言っても色々あってな。それよりついさっきまで俺の仲間が偵察してた時は姿もなかったくせに、どうやってこんな艦隊を短時間で揃えたんだよ?」




 マリスとは積もる話が色々とあるが、今は呑気に会話をしている時間も無いしそんな気分でもない。




 マリスが悪いとは言わないが、俺達は今騎士団によって大切な仲間を失ったばかりなのだから。


 俺も思っていた以上に気が立っているようだ。




「それは今僕が身に付けている勇者装備の能力だよ。鎧には、連発は出来ないけど空間魔法が付与されていて、この人数を連れても長距離を移動出来るんだ」




「なるほどな、空間魔法か……」




 俺は以前帝国の魔法使いから空間魔法による攻撃を受けたこともあるし、クウ以外も使えることは知っている。


 だがしかし、さすがにこんな艦隊までワープ出来るとは想定していなかったので、考えが及ばなかった。




 よもやこんな大胆な戦略を使う者が、俺以外にいたとはな。


 いや、俺と旅をしたことのあるマリス達がいるのだからそれも当然か。




「マリス、話し過ぎだ」




「はっ!いえ、しかし、彼は別に敵では……」




「いや、奴は敵だ。目を見ただけで分かる。あの者の目からは、確実に騎士団に攻撃する意図が感じられる」




 マリスは俺を庇おうとしてくれたが、それは横に立つ隊長のような雰囲気を放つぶっきらぼうな男によって阻まれる。


 あの男、俺の考えをよく分かってるじゃないか。




 確かに正直いくらマリス達が相手とはいえ、こちらもタダでやられる訳にはいかないので、当然戦うつもりではいた。


 話し合いで済むならそれに超したことはないという考えもあったのだが、そっちはどうにも無理そうだ。




「騎士団が攻撃を続けるってんなら、そっちの騎士が言うように俺も黙ってはいないぜ?」




「灯、何を言ってるんだ!僕達は戦う理由なんかないだろ?」




「そっちに無くても俺にはあるんだよ。俺にも、守りたい大切なものが出来ちまったんだから」




 それは後ろに控えている獣人族達は勿論のこと、ゼクシリアやメルフィナのことも含まれる。


 仮に俺達だけは見逃してもらえたとしても、彼らは宣戦布告をした帝国の人間と見られるのだろうから、逃れられはしないだろう。


 なら、俺はここを退くわけにはいかない。




「話し合いでは決着はつかんようだな。弓撃隊!」




「クリス隊長!待って下さい!」




「お前は黙っていろ」




 俺が一切退く気がないと理解した敵の隊長は、言葉での説得を即座に辞め攻勢に出る。


 マリスはそんな彼を必死に止めようとしてくれてるが、隊長は全く聞く耳を持とうとしなかった。




「ちっ、このままじゃまずいな。早く何か策を考えないと……」




 マリスはどうにか止めようとしてくれてはいるが、あれもそんなに時間は稼げないだろう。


 だからそれまでの間に、帝国と獣人族両方を救う策を見出さなければならない。




「お前があの者とどういう仲かは知らないが、奴が帝国の人間で宣戦布告をしてきた以上、戦場に出ている我々騎士団は戦う義務がある。お前の私情に付き合っている暇など無い!」




「ぐっ……、隊長!」




 隊長の最もな言い分にマリスは一瞬押し黙るが、それでもどうにか食い下がろうとする。


 マリスの気持ちはありがたいが、この状況ではあの堅物の隊長を止めるのは不可能だろう。




 だが、俺はそんな隊長の言葉に1つの突破口を見出した。




「でも、これやったら俺はもう二度とこの世界に来れなくなるよな……」




 しかし俺の考えた作戦は、自分自身を犠牲にするものであり、これを実行したが最後、もう二度と彼らと笑って過ごす日々は訪れないだろう。




「けど、それでもこれしか打つ手はないんだ。ならやるっきゃないか!」




 俺は自分自身と仲間達を一瞬天秤にかけ、その後すぐに己の身を犠牲にする決断をする。


 この局面を切り抜ける案をまとめた俺は、決意の篭った眼差しで艦隊を真っ直ぐ見すえた。




 こうして、王国騎士団との望まぬ戦いが幕を開けるのだった。


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