6章 36.最終局面

 クリスに最初の傷を付けたレグザーが脱落してから、戦場は大きく入り乱れていた。


 マリス達は数の有利をもって攻めるも、レゼントの守備力とクリスの攻撃力を前になかなか押し切れず、そうしている内に少しずつ騎士達は削られていく。




「く、そ……」




「また1人脱落だ」




 長い戦いの中集中力がずっと続くことは無い。


 ライノに加勢したガロンド隊のヘルドゥーマは、長時間緊迫する戦況の中疲労が溜まり一瞬気を緩めてしまったのだ。


 そんな隙をクリスが見逃すことなど当然なく、ヘルドゥーマは一刀両断され無念の脱落となる。




「よくも私の仲間を!」




「待てティニシア!むやみに突っ込むな!」




「もう1人追加だな」




 仲間がやられヤケになったティニシアは単身クリスに攻撃を仕掛ける。


 だが、そんな単調な攻撃は当然クリスに通用するはずも無く、ライノの忠告も虚しく斬り伏せられてしまった。




「うぐっ……!」




 ティニシアはクリスの攻撃をもろに受け、サクリファイスタンクが起動し意識を失う。


 また1人の騎士が脱落した。




「くそっ、無茶しやがって!」




「このままではいずれ負けるぞライノ。なにか手を打たねば」




「ああ、だけど俺ももう魔力はほとんど残ってねぇからな。あとはもう特攻ぐらいしか役に立てねぇよ……」




「お互いギリギリじゃな……」




 セシリアとライノはこのまま続ければいずれ負けると判断していたが、それでもこの戦況を打開する突破口が見つからず互いに苦笑いを浮かべる。




「アマネ先輩、あの盾の人を引き剥がすことって出来ますか?」




「えっ、どうして?」




「あの2人が一緒にいたら僕らの攻撃は絶対に通らない。それなら一旦2人をバラバラにしてその隙に必殺技で畳み掛けます」




 2人が一緒にいるうちは、どんな攻撃を仕掛けようとほとんど防がれてしまう。


 だがマリスはレグザーがクリスに傷を与えた時のことを思い出し、必殺技ならまだ勝ち筋はあると見出していたのだ。




「確かにその方が可能性はあるかもだけど、勝機はあるの?」




「分かりません。でもやる価値はあると思います」




 アマネの不安そうな声に対し、マリスは薄く笑ってみせる。


 こんな劣勢である筈なのに、その顔はどこか楽しそうであった。




「いいんじゃねぇか?適当に突っ込むよりはその方が断然勝てる確率が高そうだ」




「……分かりました。なら盾の方は私に任せてください」




 どうするべきかアマネが悩んでいると、話を聞いていたらしいライノがマリスの意見に賛同してきた。


 そんな隊長の言葉にアマネも覚悟を決め、自分が相手をする敵、レゼントを鋭い視線で見据える。




「面白そうじゃな、ならば突破口は任せい。後に続くのじゃアマネよ!」




「はい!」




 フレシアはアマネにそう告げるとクリス達の方へ駆けだす。


 この中でレゼントと対戦していたのは彼女とアマネなので、2人を引き剥がす適任者は自分達しかいないということを理解していたのだ。




「いくぞ小童共、刀起動!『桃龍乱舞』」




『ラアアァァァー!』




 フレシアは刀に残りの魔力を全て注ぎ込む。呼び出された龍は美しい声を上げながらクリス達を狙い真っ直ぐに突き進んでいく。


 フレシアが必殺技を発動させたのはこれで4回目。消費魔力の多い刀の必殺技をこうも連発させたのだから、彼女の魔力はもうほとんど底をついていた。


 だからこの戦いでは、これがフレシアの最後の攻撃となるだろう。




「レゼント」




「はっ、お任せ下さい!」




 そんな桃龍に対し、クリスは表情を変えることなくただ一言そう呟く。


 レゼントはその言葉に従い両手に装備されている反射型防壁を起動させた。




 その瞬間、レゼントの盾とフレシアの桃龍が勢い良く衝突する。


 龍の勢いにレゼントは若干後ずさるものの、それでも盾の方が強力であり次第に桃龍をそのままフレシア目掛け跳ね返してしまう。




「自滅でしたなフレシアさん!」




「ふん、それはどうかの……」




 レゼントの勝利を確信した声に、フレシアはニヤリと笑みを浮かべる。


 だがその後には自身の放った龍に飲み込まれ、跡形もなく吹き飛ばされてしまった。


 フレシアはここで脱落である。




「フレシアさんがくれたこの隙、絶対に逃しはしないわ!長柄槍起動!『伸槍鋭突』」




「なっ、いつの間に!」




 フレシアが体を張ってまで龍で攻めたのは、クリス、レゼント両者の気を引くためである。


 強大な威力を持つ必殺技を放たれてはさすがのクリスといえどもそちらに意識を奪われてしまう。


 その隙にアマネは2人の裏を取っていたのだ。




 アマネは伸縮自在の槍で、無防備を晒すレゼントを狙う。


 しかし辛うじてそのことに気づいたレゼントは、鎧の盾を起動させた。




「くはは!残念だったな!」




「いいえ、それも狙い通りよ!」




 だが、レゼントが鎧の盾を起動させるのも含め全てはアマネの狙い通りだった。


 鎧の盾は頑丈ではあるが、反射型防壁の様にカウンター能力がある訳では無い。


 だからアマネは球体になったレゼントに伸ばした槍をグルグルと巻き付ける。




「なっ、何をするつも――」




「そりゃあー!」




 アマネはレゼントの言葉を待つことなく、槍で盾全体を覆ったまま勢い良く引っ張りあげる。


 結果、槍に縛られたレゼントは軽々と上空へ飛ばされてしまうのだった。




「くだらん小細工だ」




 だがレゼントを放り投げる間、アマネはクリスの後ろで無防備を晒すこととなってしまった。


 クリスはそんな隙を的確についてアマネを軽々と斬り上げる。




「マリス、君、後はお願い……」




 アマネは最後にそう言葉を残し、サクリファイスタンクによって意識を失う。


 これでアマネも脱落だ。残る騎士はマリス、ディーク、エルフルーラ、ライノの4人である。




「アマネ先輩、フレシアさんありがとうございます。お2人の作ってくれたこのチャンス絶対無駄にはしません!」




「後4人、まとめてかかってこい」




 マリスはフレシアとアマネの体を張った攻撃に感謝の念を送り、クリスに鋭い視線を向ける。


 対するクリスは、依然として表情は変わらず余裕の構えを見せていた。




「やるぞお前らぁ!両手斧起動!『拡大兜割り』」




「了解だ。長弓起動!『拡散射撃』」




「いくぞ!両手剣起動!『長刃斬撃』」




 ライノの合図で3人は同時に必殺技を発動した。


 巨大化した斧と無数の矢、そして超ロングソードがクリスを容赦なく狙う。




「レゼントを引き剥がそうとも、結果は変わらん。太刀起動『轟雷烈龍牙』」




『グオオオォォォ!』




 だが、クリスはそんな必殺技を前に驚く素振りも見せずに必殺技を発動させて対抗する。


 クリスによって呼び出された龍は体を震わせるほど強烈な咆哮を上げながら3種類の必殺技と衝突した。






「うそ、だろ。矢が一瞬で飲み込まれただと……!」




 エルフルーラの放った矢は、赤雷龍の開けた大顎に簡単に丸みされ無かったことにされた。


 これまで多くの場面で自分を助けてくれた、ここぞという時の最強の一撃がこうも簡単に打ち砕かれたことに、エルフルーラの心は揺れる。


 気づけば膝は震えて立つのも辛くなっていた。




「だ、だめだ、倒れるな……!」




 崩れそうになる足を必死に踏ん張り、唇を噛み締めてどうにか堪えようと踏ん張る。


 だが、そんな気持ちに反して膝は脆く崩れ落ちていく。




「っ!」




「しっかりしろ」




 と、倒れそうになったエルフルーラの腕を掴み、支えた人物が現れた。


 それは、共に3騎士の1人を倒した仲間である、ディークだ。




「まだ終わってないだろ。お前の武器はその弓だけなのか?」




「……違う。私にはまだ、剣がある!」




 ディークのその目は真っ直ぐエルフルーラを見据えていた。


 その強い眼差しに支えられ、エルフルーラは自分にはまだ戦う武器、片手剣があることを気付かされた。




「なら、倒れてる暇はないはずだ」




「ふん、そんなこと、言われるまでもない!」




 もうエルフルーラの足は震えることもなく、強く地面を踏みしめていた。


 彼女にもはや迷いは一切ない。


 エルフルーラの目には強い力が戻り、腰から勢い良く剣を引き抜いた。


 そんなエルフルーラに、ディークは小さく笑みを浮かべると目線を赤雷龍、そしてクリスへと向ける。




 未だ龍と競り合うマリスとライノ、勇者選別決勝は最終局面へと突入した。

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