3章 24. 英雄のような扱い

 俺は溶岩の魔人の逆鱗に触れた。


 彼は領主に多大な恩を感じていたようで、そんな大切な恩人を悪く言われてしまっては、怒るのも当然だ。


 だが、俺は自分の考えを変えるつもりは無い。領主を怪しいと思ったのも事実だし、怪しいと思ったのなら警戒しなければ、また誰かが攫われてしまう。


 この街ではまだ獣人族は攫われていないようだが、マイラとクウドロシーとシンリーはすでに、人に捕まった経験がある。


 もう二度と彼らを辛い目に遭わせない為にも、俺だけは油断してはいけないのだ。




「てめぇ、俺達の大切な恩人を疑うとは何考えてやがる!」




「ちょっとあんた!ダーリンに何するのよ!」




「うるせぇ!お前らはすっこんでろ!」




 シンリーを筆頭にエキドナやラビアさん達が慌てて止めに入ろうとするが、溶岩の魔人の怒号に制されてしまう。




「俺はただ怪しいと思ったから疑っているだけだ。そういう可能性もゼロじゃないと」




 胸ぐらを捕まれ壁に押し付けられても、俺は1歩も引かない。


 数ヶ月前の俺なら、こんな状況になったら腰が抜けててもおかしくないだろうに、随分と精神的に強くなったものだ。




「ふざけんな!ここの領主はそんなことをする奴じゃねぇ!」




「そう言われても、俺はまだ会ったこともないんだから聞いた話だけで判断するしかないんだよ。この目で見てみないことには何とも言えない」




「ちっ、泥や森がえらくてめぇのことをかってたからしばらく様子を見てやろうと思ったが、やっぱりただの小僧だな」




 溶岩の魔人は未だ怒りを募らせつつも、俺の胸から手を離し踵を返して奥へと去っていった。


 その場に残るのは、後味の悪い静寂だけだ。




「だ、大丈夫ダーリン?」




「ああ、かなり怒らせちまったな」




「全く……、あの馬鹿は昔から、短気で後先考えず行動するところがあるのよね」




 シンリーは溶岩の魔人が去っていった方向を見ながら、嘆くようにそんなことを呟いた。


 視線は溶岩の魔人の方を向いているが、実際はどこか遠い何かを見ているように見える。


 恐らく昔のことを思い出しているのだろう。




「ご主人様、この後どうするの?」




「うーむ、怒らせてしまったとはいえら溶岩の魔人との約束もあるからしばらくこの街に滞在する必要があるからな」




 喧嘩になってしまったとはいえ、当初は彼からは情報を貰い、こちらは戦力を提供するという約束だった。


 口約束とはいえそれを無碍にする訳にもいかない。




「とりあえずここには居ずらいから、どっか宿でもとるか」




「はーい」




 喧嘩した相手の家に居座るというのもおかしな話なので、早速俺達は移動の準備を始めた。ちなみにエキドナとルベロはここに残るらしい。




「あの、行く宛が無いのでしたら、うちに来ては如何でしょうか?」




「え、ラビアさん家?」




 支度を済ませいざ家を出ようとした所で、そんな風にラビアさんに引き止められた。




「いや、さすがにそれは悪いよ。人数も多いんだし」




「それならご心配には及びません。私達は2人暮らしですので、他の者よりも大きな家を割り振られており、だいぶスペースに空きがあるんです」




「いや、でもなぁ……」




「それに一緒に街の警備をして頂く、ささやかなお礼ですよ」




「私灯様と一緒に寝たいですー!」




 お礼とはいえ泊めてもらうなど申し訳ないと悩んでいたら、ネイアちゃんに腕の裾を引かれ眩しい笑顔でそんなことを言われた。


 子どもにそこまで懇願されてしまっては、もう断る理由もないだろう。




「分かったよ。それじゃあお邪魔させてもらいます」




「はい!」




 結局俺達は、ラビアさんの提案に甘えることにした。


 今から宿のある人間区画に移動するのも、時間がかかるしな。




「それじゃあ灯ちゃん、また会いましょうね」




「ああ、ハンターには気をつけろよ」




「もちろん!もう二度とあんなヘマはしないわ!」




 最後にエキドナと別れの挨拶をして、俺達は溶岩の魔人の家をあとにした。


 彼女も力強く拳を握って息巻いていたので、心配はいらないだろう。近くには溶岩の魔人もいることだし。




「それじゃあ早速行きましょうか」




 そうしてラビアさんの案内のもと溶岩の魔人の家を出てから、南にしばらく下ると彼女達の家に到着した。


 確かにこの家は他と比べたら、ここは若干大きい。が、しかしそれでも3人追加で入るとなると少し手狭に感じる。


 まぁ俺は馬車で寝ればいいだろう。元々女性4人の中で男1人寝る勇気もなかったしな。




「さあ、遠慮せず上がってください!」




「お邪魔します」




「どうですか灯様、私たちの家は?」




「うん、中々綺麗だよ」




「ふふーん、ありがとうございますー」




 馬車での移動中ネイアちゃんはずっと俺の腕にくっついており、シンリーにずっと睨まれていた。


 どうやらかなり懐かれてしまったらしい。


 俺の体質は人間には作用しないはずだが、もしかしたら獣人族は違うのかという、嫌な予感が頭をよぎる。


 いや、さすがにそれはないか。まず初っ端に俺はドロシーと一緒に彼女達に襲われたんだからな。明らかな敵意を持って。




「それじゃあしばらくの間お世話になるよ」




「はい、ゆっくりしていってくださいね!」




 ラビアさん達に改めてお礼をいい、その後は夕食を食べて就寝となった。


 俺は予定通り馬車の中で1人で寝る。やっぱり5人だとかなり手狭だったし、旅中ならまだしもこんな女性だらけの家の中で寝れるわけがない。


 ネイアちゃんにはだいぶ寂しがられたが、そこだけは維持でも押し通した。




















 ――


















 こうしてラビアさん達の家にお世話になってから、2週間程が経過した。


 当初の予定通り戦力提供には、ドロシー、シンリー、クウ、マイラを行かせている。


 俺は役に立ちそうもないのでお留守番だ。


 溶岩の魔人は帝国に負けたと言っていたが、それでも数人だが子ども達を救い出せていたようで、俺はその子達の相手をしている。


 少しでも助けられたのなら、俺は負けじゃないと思うんだが、溶岩の魔人は納得はしていないようだ。




「灯様―、何してるのー?」




「ああごめんごめん、ちょっと考えごとをな。ほら行くぞ!」




「わー!」




 今俺は、子ども達とボール遊びをしている。


 なぜか俺は獣人族達から、マイラを送り届けた英雄のような扱いを受けており、子ども達まで俺を様付けで呼ぶ。


 絶対ラビアさんやネイアちゃんが過剰に言いふらしているに違いない。




「灯様は警備には参加しないんですか?」




「ああ、俺は弱いからね。皆の足でまといになっちゃうんだよ」




「絶対嘘だよ。本当は強過ぎるから表には出れないんだ」




「うんうん、それで皆がピンチになったらヒーローみたいに颯爽と現れて敵を皆やっつけちゃうんだよね!」




「ふふん、当然よ!灯様はハンター共を蹴散らし、マイラを故郷まで送り届けた英雄なんだから!」




「はは、ほんとに弱いだけなんだけどな……」




 こんな感じで俺が何回否定しても、子ども達は俺が強いと信じて疑わない。


 しかも、そこにネイアちゃんがやたら過大評価して話をするもんだから、どんどん噂が大きくなっていく。


 本当の姿を知ったら落胆されるんだろうな。というか、なんなら今でさえ俺は獣人族の子ども達に身体能力で負けてる気がする。




「灯様―、もっと遊ぼー!」




「あいよー、行くぞ皆」




 とまあ、そんな感じで俺は子ども達とほぼ毎日遊んでいる。


 しかしそんな平和な日常を切り裂くように、奴らは遂に姿を現した。




「おりゃっ、ってやべ!」




「ちょっとー、どこ投げてるのよー!」




「へへっ、悪ぃ悪ぃ!」




「あたし取ってくるねー」




 熊の様な耳をした男の子のヘイトが放ったボールが、路地へと入り込んでしまった。


 そのボールを犬耳の女の子のアイラが取りに行く。こういう光景はよくあることなので、俺も油断していた。


 そんな時に事件は起こったのだ。




「きゃあぁぁぁ!」




「アイラ!」




 アイラが路地に転がったボールを拾い上げた瞬間、真っ黒なローブを身にまとった怪しい男2人組が、彼女を攫って行ったのだ。




「くそっ、油断してた!」




 この街に滞在してから2週間、遂に人攫いが姿を現したのだ。

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