3章 7.水浴び
渓谷2日目。
昨日は渓谷に出ていきなり襲われたから全然進めなかったが、今日から本格的に渓谷を突破することとなる。
昨晩は倒したヒアルドラゴと翼竜達を夕食にした。
その数は合計で50匹以上と、これまでで1番の量であったが、新たにアオガネを仲間に加えこちらも食べる量が増えたので、問題無く食べることが出来た。
一応保存食としていくつか干し肉にしているが、これもすぐになくなるだろう。
久し振りに肉を食べられて、俺も満足だった。味はイマイチだったが。
「ねぇダーリン、この渓谷はどうやって抜けるの?」
「ここから少し南に下ったところに裂け目があるから、そこを抜けるんだよ」
ハクラン山脈の渓谷にはいくつか裂け目があって、そこを通ることで反対側の砂漠地帯に抜けることが出来る。
ただそこを通る者達を狙って待ち伏せをする古竜がいるらしいから、気をつけないといけない。
もたもたしていたら、またヒアルドラゴの群れに襲われる可能性もあるからな。
「じゃあ渓谷はすぐ抜けられるのね」
「ああ、順調に行けば3日くらいで抜けられるはずだよ。嫌なのか?」
「次の砂漠がね。はぁ、日焼けしたくないわ」
シンリーは最初から砂漠に行くのを嫌がっていた。
ずっと森で暮らしていたから、強い日差しが苦手なのかもしれない。
砂漠に出たら、できるだけ気にかけておいた方が良さそうだな。
「ははっ、まぁ対策はそれなりにしてるつもりだし、申し訳ないけど我慢してくれ」
「大丈夫よ。私はダーリンさえいれば、あとは何もいらないわ」
「そ、そうか。ならいいけど……」
シンリーはこうやってことあるごとに、俺に変なアピールをしてくる。
何を目指してるのか分からないが、彼女は見た目的には幼いがかなり整った顔立ちなので、急にこういうことをされるとドキッとするからやめて欲しい。
「ご主人様、今日は誰も襲ってこないの?」
「ヒアルドラゴの群れは昨日ほぼ壊滅させたからな。たぶん俺たちを怖がって、しばらくは近づいてこないと思うぞ」
「残念……」
ドロシーは昨日食べたヒアルドラゴの肉を気に入っていたようで、また襲ってこないかとワクワクしていた。
ただこちらとしては、そう毎日襲われてたら先に進めないから、大人しくしてもらえると助かる。
「それにしても、ここ数日まともに水浴びしてないから気分悪いな」
「確かにそうね、私の植物じゃ水を貯めるのにも時間かかるし……」
「泥で良ければ出すけど?」
「「それはいい」」
洞窟に入るまでは近くの川で軽く体を拭っていたが、ここ数日は何もしていないので、いい加減気分が悪くなってきた。
ここらで川を見つけてさっぱりしたい所なのだが。
「よし、プルム頼む。川を探してくれ」
「!」
馬車の中からプルムを呼び出し、触手を伸ばして川までの道案内を任せることにした。
プルムには水源を探知する能力があるので、その案内に従えばすぐに見つけられるという作戦だ。
プルムは早速体をぷるぷると震わせながら、触手を伸ばして案内を開始した。
「よーし、川に向かってしゅっぱーつ!」
「はーい!」
「おー」
「!」
若干テンションの高い俺とシンリー。平常運転のドロシー。そして案内役として気合が入っているプルム。
各々様々な気持ちのまま、俺達は川へ向かって出発した。
――
プルムの案内に従って数時間が経ち、俺達は1本の滝の元までやってきた。
そこには湖とまではいかないが、そこそこの大きさの池が出来ており、周囲には水を求めてやってきたと思われる草食の古竜の親子が何組かいた。
「いい感じの所ね!」
「ああ、ここならゆっくり出来そうだ」
辺りには荒っぽい性格の魔獣はいないようで、穏やかな雰囲気が流れていた。
ここでなら旅の疲れも癒せるだろう。
「ご主人様、あれ食べていい?」
「ダメだ、保存食でも食べて我慢しろ」
ドロシーは池よりも、その先にいる草食の古竜の方が気になるみたいだ。
だが、彼らは俺の存在に気づいても、それでも襲おうとも逃げようともしてこない大人しい性格の様なので、そこを狙うのはさすがに残酷過ぎる。
狩りで仕留めてくるならともかく、俺の体質のせいで足止めされているところを襲うのは、俺のプライドが許さない。
無害な魔獣はそっとしておきたいので、ドロシーには保存食で我慢してもらった。
「シンリーはあっちの方で水浴びをしてくれ。俺は反対側でしてるから」
「はーい」
池は1つしかなく一緒に入るしかないが、せめて距離を離しておく。
移動時間を考えると、バラバラに入る時間はなさそうだから仕方がない。
幼女体型とはいえ女性なのだから、最低限遠くで水浴びをしよう。
「クウー!」
「ガウガウ!」
「ブオー!」
クウ、マイラ、グラス3匹は仲良く池の中でじゃれあっている。
彼らはまだ子供だから、こういう場では浮かれてしまうのだろう。
「ブォー」
「シャー」
逆にホーン、ミルク、アオガネの3匹は軽く水分補給をした後は、池から少し離れたところでクウ達を眺めていた。
大人達は中々貫禄がある。アオガネもホーン達と一緒にいるところを見ると、彼も大人なのだろう。
ホーンがアオガネに何かを教えるように話しているが、何を言っているのかは分からない。
「!」
プルムは池に触手を垂らして、ちびちびと水分補給をしている。
彼は水の中に落ちると溶けて流れてしまうから、遊べないようだ。
ただ隣でイビルが一緒に水を眺めてるから、寂しくはないだろう。
俺はそんな仲間達の様子を眺めつつ、水浴びをして汗や泥を落としていった。
「ふぅ、ようやく体を洗えたな」
「ダーリン、背中流してあげよっか?」
「ばっ、お前何でこっち来てるんだよ!?」
お互い池の対極で水浴びをしていたはずなのに、気づいたらシンリーが真後ろにまでやって来ていた。
「ふふん、当然でしょ!せっかくの水浴びなんだから離れても意味が無いじゃない」
「いやいや!水浴びだからこそ、わざわざ距離を取ったんだよ!」
シンリーは当然のように胸を張って、そう言い張ってきた。
今は身に纏うもの後何も無く、ぷにぷにとしてそうな白い柔肌がさらけ出されていて、直視出来ない。
「ほらダーリン、もっとこっち来て!」
「いいからとりあえず、何か着てくれ!」
「もうダーリン、照れちゃってかわい――」
「ギャオオオオォォォ!」
シンリーが俺に抱きつこうとした時、どこからか耳を割くような爆音の咆哮が轟いてきた。
「な、何だいきなり……!」
「ダーリン、上よ!」
「上?あ、あいつか!」
シンリーの指さす方へ目を向けてみると、滝の上にその正体はいた。
全長20m程で高さは3、4mはある巨大の、肉食の古竜。
茶色い皮膚に覆われ手足や口から鋭い爪や牙が覗いている、この渓谷でも5本の指に入る強さを持つ魔獣だ。
個体名はバーンドラゴン。
「ギャオオォォ!」
バーンドラゴンはその巨体からは考えられないほどの跳躍力で地を蹴り、滝を飛び降りて池まで落下してきた。
激しい水しぶきが舞い上がる中、茶色い皮膚が熱を帯びたように真っ赤に光り輝きだす。
それに比例するように、池の水温もどんどんと上がっていき、あっという間に温泉くらいの温度まで熱せられた。
「ギャオオォォ!」
そしてとうとう、水しぶきの中からバーンドラゴンの真っ赤に熱をもった爪が伸びてくる。
狙いは俺とその隣にいるシンリーだ。
「ご主人様危ない!」
「ダーリン下がって!」
爪が俺達に届く寸前で、ドロシーの泥壁とシンリーの根が目の前に迫り出し爪の勢いを殺した。
しかし、場所と相手が悪過ぎる。
ドロシーの泥は池の水を浴びたせいで強度が落ち、シンリーの根はバーンドラゴンの熱で燃え上がり、簡単に貫かれたのだ。
勢いは収まったものの、その爪は真っ直ぐ俺とシンリー目掛け襲ってくる。
「ぐっ、やばい……!」
やられた。
「死」の1文字が脳裏をよぎり、俺は思わず固く目をつぶってしまった。
「ピイィー!」
が、しかし次の瞬間には、甲高い声が聞こえたかと思ったら何かに腰を掴まれて、気づけば俺とシンリーは遥か上空まで来ていた。
上を向いてみると、そこには巨大な翼竜の姿があった。
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