2章 25. 森の魔人の勝利

 森の魔人と泥の魔人は同じ魔人であるが、その性質は大きく違う。


 泥の魔人は戦闘面では近接戦闘を得意とする。多彩な攻撃方法や、圧倒的なパワーが持ち味だ。




 それに対して森の魔人は、正面から敵と対峙するのではなく、地形を利用した攪乱や捕縛を得意とする。


 しかし、彼女の性格上そういった細々とした戦い方は好きではないのだ。


 やろうと思えばやれる。だが、そんな回りくどいやり方などせずとも、十分な攻撃力があるので遠回りはしないだけ。




 だから森の魔人は強敵と相対した時は、いつも出遅れる。彼女が泥の魔人に負けたのも、それが原因だ。


 しかし今回は、少し前に負けたばかりなのもあり油断は少なく、事前に敵が攻めてくるということも聞いていたので、最悪の事態にはならなかった。


 それでもやはり、自身の力の過信から多少の気の緩みはあったので、追い詰められる所までは追い詰められたが。




 ともあれ、そんな森の魔人が真面目に戦えば、相手など姿を見せることなく勝利できる。




「ほらほらー、早くどうにかしないと森に呑まれるわよ?」




「ウガー!ウットオシイエダメ!」




 人造ゴブリンは、四方八方から迫り来る森の木々に縛られ、捕らわれていた。


 枝が襲ってくる度に戦斧で断ち切っていたのだが、その量は先程の槍とは比べ物にならないほどであった。


 それはまさに、森に襲われていると言っても過言ではない。




「ショウメンカラタタカエ!」




「嫌よ、もう馬鹿力で殴られたくないもの」




「ウガー!」




 中々姿を見せず、森を操っているだけの森の魔人に対し、人造ゴブリンの怒りは上がる一方だ。


 だがそれに反し、彼はリミッターを解除したことによる影響が出始めており、時間が経つほどに動きが鈍くなっていた。




「ハァ、ハァ、クソッ!ジカンヲカケスギタカ……!」




「ん?少しトロくなってきたわね。もう一押しかしら」




 人造ゴブリンの疲労具合に気づいた森の魔人は、更に追撃の一手を加えた。


 木々を操るのと同時に人造ゴブリンの周囲にある花を咲かせたのだ。




「ウッ、ナ、ナンダコノハナハ……?」




「イサナリムネっていう、催涙性の花粉を撒く花よ。体に力が入らないでしょ?」




「ウグッ、コ、コンナモノデ……」




 イサナリムネの花粉には催涙作用があり、その効力は獰猛な獣や、戦闘時で気を張りつめている騎士ですら一瞬で眠らせてしまう。


 そんな花が人造ゴブリンの周囲に7輪程咲き、花粉をばら撒いて、眠気を誘う。


 これにはさすがの人造ゴブリンも立ってはいられず、とうとう片膝をついてしまった。




「今ね!」




「クッ……、チカラガハイラナイ」




 弱った隙を逃さず、周囲の木々を操ることで、森の魔人はあっという間に人造ゴブリンを締め上げた。


 通常なら、こんな木々は力づくで振り解けるのだが、リミッターを解除した影響とイサナリムネの花粉のせいで、手も足も出なくなっていた。




 人造ゴブリンはとうとう完全に自由を奪われ、戦斧もいつしか地面に転がっていた。


 体中を巡る黒い脈も完全に消え、リミッター解除の限界を知らせている。


 こうなってしまっては、もう人造ゴブリンに打つ手はない。




 森の魔人の勝利だ。




「さぁ、あんたの親玉が誰なのか教えてもらいましょうか」




「グ、ヌゥ……!」




 人造ゴブリンを完全に無力化したと判断した森の魔人は、ようやく姿を現した。


 格好もすでに元の幼さの残る少女の姿に戻っている。




「早く答えなさいよ」




「イ、イエナイ……」




「ちっ、うっとおしいわね。もっと痛い目に合わせた方がいいのかしら」




「ウグッ!」




 なかなか口を割らない人造ゴブリンに対し、だんだんと苛立ちを募らせた森の魔人は、縛りあげている木々の締めを強くした。


 だが、それでも人造ゴブリンを頑なに口を割ろうとしない。




 森の魔人はもっと痛い目に合わせようかと、次の手を打とうとしたところで、ふと空が一瞬光ったような気がしてそちらに目を奪われた。




「何?今光ったような――きゃっ!」




 光の正体は鏃が太陽に反射した輝きだった。


 森の魔人をどこからか飛来してきた矢に、足首を射抜かれたのだ。




「長弓起動!『拡散射撃』」




 足首を射抜かれて片膝をついているところにさらなる追い打ちが降り注ぐ。


 放物線を描く様に上空から、数十もの白く光る矢が森の魔人を襲う。




「ぐっ、なんなのよいきなり!」




 森の魔人は咄嗟に手から枝を広げ、盾のように展開することで防いだ。


 しかし、未だ矢を放つ敵の位置はわからない。


 防戦一方な森の魔人に、更なる追撃が迫る。




「片手剣起動!『鋭刃斬撃』」




「え……?」




 微かな声がもりに響き、森の魔人の目の前を赤い閃光が走る。


 そして気づいた時には、森の魔人の胴体は真っ二つに斬り裂かれてしまっていた。


 突然の奇襲で反応が追いつかず、全ての対応が遅れた結果森の魔人は敗北した。


 人造ゴブリンを倒して気が緩んだことも、負けた原因の1つだろう。




「だ、誰よあんた……!よくも、私を……」




 普段なら避けられる攻撃。やられはしない攻撃に負けた森の魔人は動揺を隠せなかった。




「久しぶりだな、魔人よ。ようやく貴様を捕らえることが出来そうだ」




「うぐっ、あ、あんたは……!」




 上半身だけでどうにか見上げた先にいたのは、騎士団の鎧を身に纏った髭を生やした、30代くらいの男だった。


 その男の名はジェリアン。リベンダ支部の1部隊を率いる隊長であり、かつてのエルフルーラの上司だった男だ。


 ジェリアンは森の魔人を一瞥すると、人造ゴブリンに絡まる木々を斬り落とし、解放させた。




「どういうことよ……!?」




「鈍い奴だな。そんなものこいつを生み出したのが私だからに決まっているだろう」




「や、やっぱりそいつはあんたの仲間だったのね!」




「ああそうだ。貴様に逃げられた後、私は研究を続けこのゴブリンを生み出したのだ。だが、まだ不完全でな。やはりこの研究には魔人の体が必要なんだよ」




「外道め……!」




 ジェリアンと森の魔人、両者は初対面ではなかった。


 森の魔人にとってジェリアンという男は、彼女が人間を嫌う原因となった存在だ。








 ――










 森の魔人とジェリアンの因縁は10年前に遡る。


 当時、帝国とのいざこざで出兵していたジェリアンは、瀕死の傷を受けてしまい、とある廃墟を見つけそこで休息を取ることにした。


 敵兵を全滅させることには成功したが、その際に彼は仲間とはぐれてしまったのだ。




「ぐうぅ、な、何とか助かったか……」




 回復薬のお陰もあり、どうにか一命を取り留めたジェリアンだったが、まだ体力は回復しきっていなかったので、建物の奥で休むことにした。


 そこでふと、その建物に地下室があることに気づいた彼は、ただ何となく覗いてみようかなという程度の気持ちで奥に進んだ。




 しかし、そこで彼が目にしたものは謎の研究施設であった。




「何で、こんな普通の家に研究施設が……!?」




 外装はただの一軒家だっただけに、地下にこんな施設があるとは思わず瞠目した。


 ただ、その施設は至る所に破壊の跡があり、埃やカビが散漫していて何年も使われていないものだった。


 どんな研究をしていたのか気になったジェリアンは、施設内を調べてみることにした。




「どこもボロボロだな。見つかったのはこれだけか」




 施設をしばらく調べてみたが、見つかったものは小さな手記1つだけだった。


 それ以外のものはほとんど壊れているか、虫食い状態でとても読めるものではない。


 ジェリアンはその見つかった、たった1つの手掛かりを休息の合間に読んでみることにした。




「これは、研究レポートみたいなものか……」




 その中に記されていたのは、とある研究のレポートだった。


 そう、それは魔獣を生み出す研究、つまりはイルに関するものであった。


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