1章 27.泥の魔人の実力
マリスの案内に従い、いよいよ強い魔力を感じたと言われる場所の前まで辿り着いた。
俺とマリスが勢いよく飛び出した先には、湖はないが地底湖のときの様に洞窟がドーム状に広がっている。
そしてこのルームだけ、なぜか異様な程光が満ちていた。それこそ、外にいるのと変わらないほどに。
「灯君、どうやらハズレだったみたいだね」
「ん?いや、むしろ当たりだろ。こいつらを倒せばもうクウもマイラも襲われなくて済むんだからよ」
「ははっ、そう言われるとそうだね」
俺たちの前に待ち構えていたのは、赤ラインの男と泥の魔人だった。
残念ながらクウの姿はない。だがこいつらを倒すのは当初からの目的なのだから問題ない。
「なあマリス、あの泥の魔人に着いている首輪を外せられれば、あいつは攻撃してこなくなるんじゃねぇか?」
俺は小声でマリスに話しかけた。
「どうだろ、暴走して僕達も巻き込まれる可能性の方が高いと思うよ」
「そうか……、でも俺あいつとは何度か戦ったんだけどいつも苦しんでるんだ。出来るならあいつも助けたい」
そんな俺の我儘を聞いたマリスは、怒ることもなく驚いた顔をしていた。
だが次第に平常心に戻り、口を開いて出た言葉は肯定だった。
「いいと思うよ。僕は泥の魔人とは直接戦ってないから、灯君の判断に委ねるよ」
「悪いなマリス」
マリスは柔らかな笑みを浮かべながら、俺の背中を後押ししてくれた。
「じゃあ泥の魔人は灯君達に任せるけど、クウを救うのが第1目標だってこと忘れないでよ?」
「ああ、勿論だ!出てこい、マイラ!」
マリスに冗談交じりに背中を叩かれながら、俺はより一層決意を固めると、モンスターボックスを前方に掲げた。
するとモンスターボックスは薄紫色の光を放ちながら鎖を弾き飛ばし、扉を開いた。
そして眩い一筋の光と共にマイラは現れた。
「ガルルルル!!!」
マイラは今までに見た事も無い程の唸り声を上げて、赤ラインの男と泥の魔人を睨みつけた。
気合いは十分のようだ。
「全く、ごちゃごちゃと何か言っていたようだが無駄だ。この俺と泥の魔人に勝てるものなどこの世にはいない。ドラゴンは諦めて、ついでにそのキマイラも差し出したらどうだ?」
「ふざけるな!誰が渡すものか!」
「そうか、それは残念だな。やれ泥の魔人」
赤ラインの男は肩をすくめながら鎖に魔力を流し込み、泥の魔人に命令した。
「ぅぅぅ……、う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
泥の魔人は苦痛に悶え絶叫を上げながら、泥の弾を何発も飛ばしてきた。
「灯君、マイラ下がって!」
マリスは咄嗟に俺達の前に出ると、左小手の盾を展開させる。
その瞬間強烈な衝突音と共に、激しい衝撃が何発も盾を襲った。
「くそっ、なんてパワーだ!」
そしてついに限界を迎えたかのように、ビキビキと音を立て、盾をにヒビが入り始めた。
「まずい!割れるぞ!」
盾が割れる直前に、ギリギリで横に飛び避難したことで、なんとか避け切ることが出来た。
「随分とギリギリじゃないか。泥の魔人の真の力はまだまだこんなものでは無いというのに。もう少し頑張って欲しいものだな。さて、そろそろ俺も参戦するか」
赤ラインの男は気だるそうな態度を取りながらも、両腕を真っ赤に熱し向かってきた。
「やらせない!」
その特攻をマリスの剣がなんとか食い止め、赤ラインの男は抑えられた。
「今だ泥の魔人!」
「ぐうぅ……!」
泥の魔人は左手で頭を抑え苦悶の表情を見せつつ、マリスに向かって右手で泥弾を放った。
「マイラ、消し飛ばせ!」
「ガウッ!」
マイラの吐き出した炎は、マリスに当たるギリギリで泥弾を消し飛ばすことが出来た。
だが、狭い洞窟内で広範囲に炎を噴射したせいか、急速に酸素が減ってしまう。
「馬鹿が、こんな狭い洞窟で炎なんて使えば。あっという間に酸素がなくなることぐらい想像がつくだろうが」
「くっ、そんなことは分かってる!」
赤ラインの男に苛立ち混じりに睨まれた。
確かに酸素がなくなってしまえば俺達だけでなく、捕らわれているクウの身だって危ない。
そんなことは分かっているが、それでもやらなきゃマリスに泥弾が直撃していた。
それ程までに緊迫した状況だったのだ。
赤ラインの男と泥の魔人は強い。
このままでは圧倒的に不利だ。何とかして泥の魔人を止めなければ俺達に勝機はない。
「灯君!僕が赤ラインの男を止めるから、その隙に泥の魔人の首輪を破壊してくれ!」
「分かった!元々その予定だったんだ、やてってやるさ!」
「そう簡単に俺を抑え込めると思っているのか?」
「ああ、意地でも止めるさ!」
マリスと赤ラインの男は、剣と拳を激しく打ち合いしだした。今のうちに俺達は泥の魔人を止めないと。
「マイラ、もうここぞという時以外では炎は使うな。近接と毒だけで戦うぞ」
「ガウ!」
マイラは了解と言わんばかりに闘争心を剥き出しにし、泥の魔人に駆け出した。最大の技である炎を封じられて、圧倒的に不利な状況であるのに全く怯む様子はない。
俺もそんなマイラの後を追う様に走り出した。
「うぅ、来るな、来るなあああ!!!」
絶叫と共に泥の魔人は両手を広げ、泥弾を乱射した。
だが、どういう訳か泥弾は先ほどと打って変わって、見当違いの所にばかり飛び照準が全く定まっていない。
もしかしたら、マリスが赤ラインの男を抑えてくれているお陰で、泥の魔人を縛る首輪の力が弱まっているのかもしれない。
「チャンスだ!一気に詰めるぞマイラ!」
「ガウ!ガウ!」
俺とマイラは泥弾に狙われないように、右に左に動き回り泥の魔人を翻弄しつつ距離を詰めた。
「ぐうぅぅぅ……!」
とうとう、泥の魔人の懐まで近づいた俺が動きを拘束しようとした時、泥の魔人は両手を鎌状に変化させて近接戦闘用に戦闘スタイルを変えてきた。
「うお!危ねっ!」
泥の鎌による横薙ぎを後ろに跳び退くことで間一髪の所で避けられたが、続く鎌が避けられない。
危険を承知で両手でガードしようとした所で、マイラが間に入り鋭い牙で対抗した。
「ガウァ!」
「ちっ!」
鋭い金属音が鳴り響く。その後マイラと泥の魔人は何度も交差し合い、その度に火花が散った。
マイラと泥の魔人の実力はほぼ同じで戦いは均衡していたが、リーチと手数の多さで徐々にマイラが押されている。
「マイラ!一旦下がれ!」
「ガウゥ!」
このままだとジリ貧だと直感した俺は、1度泥の魔人と距離を取るよう指示を出した。
下がったマイラを見てみると、体中に切り傷がいくつも付けられ、息も絶え絶えだである。
これ以上マイラにだけ近接戦闘を任せるのは危険だ。なんとか短期で決着をつけなければ。
「何か手を打たないと……!」
「ぐあぁぁぁ!」
冷静に策を練ろうとしたが、そんな隙は与えられなかった。
距離を取った俺達に対し、泥の魔人は今度は泥弾を乱射してくる。だが、狙いは相変わらずデタラメだった。
マイラには一旦休んでもらう為、モンスターボックスに戻し、右往左往に走り回ることで、ギリギリ回避し続ける。
「はあっ!せやあっ!」
「ふんっ、こんなものか?」
走りながら一瞬マリスの方を見たが、向こうもかなりやばそうだ。
赤ラインの男は炎魔法を得意とするようだが、洞窟内では炎は使えない。そんなハンデを背負っていてもなお、マリスと互角以上に渡り合っていた。
両腕に高温の熱を纏うことで、両腕を高熱ブレードとしての役割を持たせつつ、更にその熱さで近接するマリスの体力を一気に奪っている。
マリスは全身汗だくになりながら、戦い続けている様子だ。あの赤ラインの男が本来の炎魔法まで使えていたなら、俺達は今頃やられていただろう。
そう思わせるに、奴らと俺達には歴然とした実力差があった。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
俺は今もひたすら走り回って泥弾を回避し続けているので、そろそろ体力が限界に近づいてきた。せめて一瞬でも泥の魔人の動きを止められれば、マイラの毒で首輪を溶かせるというのに。
ん?動きを一瞬止める?……あ!そうか!
「マイラ、出て来てくれ!」
「ガルルル!」
俺はある一筋の希望を見出し、再びマイラを呼び出した。
再度出て来たマイラはまだ傷はあるが、血は止まり息切れもしていなかった。
「マイラ、一瞬だけ炎を吹いて泥の魔人の気を引いてくれ。その隙に俺が、泥の魔人の動きを止める。そうしたら毒を使って首輪を溶かすんだ!」
「ガウ!」
俺はマイラに小声で手短に作戦を伝える。
マイラは俺の作戦を聞くと、俺から距離を取り泥の魔人に向けて早速炎を噴射した。広範囲に渡り広がる炎は、泥の魔人が対抗して両手から噴射した濁流に飲み込まれる。
だが、攻撃がマイラに集中したこの一瞬を俺は見逃さなかった。
「ここだぁ!行け、プルム!」
俺はプルムを呼び出すと同時に、首から手に移動させたモンスターボックスを泥の魔人目掛けて投げた。
しかし、泥の魔人にモンスターボックスを投げられたことに気付かれ、左手で俺に泥弾を放ってきた。
俺はモンスターボックスを投げた直後で動くことが出来ず、遂に泥弾が右肩にもろに当たった。
「ぐっ、うぐぁ!」
右肩に当たった泥弾の勢いで弾き飛ばされた俺は、そのまま洞窟の壁に激突する。
だが、運良く泥弾が命中しなかったモンスターボックスは、泥の魔人の手前に落ちた。
そこから18匹のプルムが飛び出すと、泥の魔人の足元に素早く潜り込み、スライムの絨毯となる。
「!」
プルムは足元で小刻みに震えることで、見事に足を滑らさせた。
「シャァァ!」
泥の魔人が転んだ隙をマイラは見逃さず、素早く詰め寄ると、尻尾の蛇で首輪に食らいつく。
これで泥の魔人を解放できる。そう思った時だった。
「ちっ!仕方ない、泥の魔人!お前の真の力を解放しろ!」
「なっ!?」
赤ラインの男の命令により、泥の魔人は全身から泥を吹き出し、あっという間に泥の山となっていく。
俺達の作戦は失敗した。
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