第4話
子供の時から変わらない赤いガソリンスタンドのある交差点を右に曲がり、八王子方面へ向かう。ヴァイオリン・ソナタのせめぎ合う音色の掛け合いに乗って、冷たい空気を切って全速力で車道外側線の内側を走る。少しでも自動車や二輪自動車の速さに近づけるように振れずに真っ直ぐ、競泳選手のような無駄のなさを維持するために背後を一切振り返らず、ただただ前を向いて走る──真ッ直グニ敷カレタ一本ノれぇぇるニ沿ッテ前ニ走ルダケノ巨大ナ弾丸トナッテ決シテ振レズニ直進スル──。大型トラックが横を抜かしていく時も、少しでも躊躇すれば互いを危険に近づけるので、圧倒的な物量の差はあるにしても道路交通法に従って前を向いて公平に走る行為は変わらない。イヤホンをして走ることの負い目は完全に無視され、男の中で勝手な理屈として正当化されていたので、一切を気にしていなかった。
息を切らして信号の青になるのを待ち、青字と赤字のフォントが目を引く外国資本のガソリンスタンドを左に曲がる。道なりに進めば相模川へ至るこの道路に入ると、アメリカを意識した十六号線沿いの大型の店舗は姿を消し、これ以上ないほどの平凡な景色が続く。街路樹はあるが、消え入るようでなかなか失せない蝋燭の火のようにしぶとく寂れた居酒屋が左手にあり、酒を飲む習慣のない男だが、仮に酒と社交の味を覚え、ルーティーンとする馴染みの店を作ろうとしても決して選ばれない店でしかなく、ズボンとシャツの丈をまるで気にしない連中が好みそうな雰囲気を発している──黄バンダ白イしゃつ、襟ニぼあノアル紺ノないろんノ、大工ガ着ソウナじゃんぱぁぁ、顔ヲ赤クシテ、声ヲ大キク、威張リ散ラシテちゅぅぅはいガ飲ミ交ワサレル──。
この道をさらに進み、相模原の自然の名残りの土地である北里大学に隣接するゴルフ場の手前に来ると右手に雑木林が見えてきて、その一角の奥に入る小道の脇にガソリンスタンドがあり、ある周期によって関係が親しくなっていた中学校の同級生である血色の悪い男が、親の経営している会社と提携しているからガソリンを安く入れられると、出かけた先からの帰り道をわざわざ遠回りしてでも必ず寄っていた。その裏手の小道に男の職場があり、そのガソリンスタンドは今では男の会社も提携していた。
砂利道の通る雑木林の中に事務所はあった。隣には男と同業の産業廃棄物収集運搬を営む会社の事務所があり、男がこの場所に事務所を借りる前からすでに構えていて、どちらも重い鉄の引き戸の門構えだが、一方は歪みのない鉄門をまだらのない白に塗装されて清潔と安心を与えるが、他方は薄い門に塗料のかすれた紫が薄く、苔むした淡い錆色をスプレーしたように、重く不安な印象でわかりやすいコントラストを生んでいた。
中綿の厚い黒の手袋を脱ぎ、錠を解いて錆ついたチェーンをうるさく外し、凍ってより重たくなった扉を力一杯に横へ引いた。寂寂とした雑木林にどす黒い爪を立てて大地を抉るように、冷たく重苦しい朝の出勤を象徴するファンファーレとして鉄の車輪が鳴り響く。停められている軽トラックの脇を抜けてプレハブの事務所へ足を進めると、敷地内の中央に与えられた仕分けの為の作業場一杯に、昨日回収された大量の物物の混交された物体が高く幅広く積まれていた。素材は木材、金属、プラスチックを主として、少しの石材も混じり、いわば、牛、豚、鶏を主に、刻んだ玉葱と香辛料を練りこんだ挽肉の円錐形に形成されていて、作業の為に地面に敷かれ、限度まで汚され、あとは削れてほぐれていくだけの絨毯に、貫禄を持って胡坐をかいていた。
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