おおきなケーキ

くーくま

第3話 おおきなケーキ ~あなざああなざあ~

ある王国に4人のお姫様がいました。

4人のお姫様はそれぞれある力を持っていました。

王国の中央にある塔で、4人の内の誰かが過ごすと国に変化があるのです。

暑くなったり、寒くなったり、実が実ったり、花が咲いたり。

そう、季節を操る力です。

お姫様達が順番に塔で過ごす事で王国は平和な日常を送っていました。

そんな王国には王子様が1人いて、お姫様達と仲良く暮らしていました。


そんなある日のことです。

王子様がお姫様達にケーキを買ってきました。

いつも塔で王国のためにがんばっているお姫様達に何か御褒美をあげたかったからです。


今は冬のお姫様、ローレンシアが塔で過ごす時期。

でもほんの少しの間なら塔から出ても大丈夫なので、塔の前の広場で皆でお茶会することになりました。

夏のお姫様、マーガレット、秋のお姫様、ララ、冬のお姫様、ローレンシア、春のお姫様、フェミナが嬉しそうに広場で待つマーク王子の元へとやってきました。

お姫様達が揃うのを見て、マーク王子がお姫様達をテーブルへと誘い、今日のために用意したケーキを取り出しました。



冬のお姫様、ローレンシアは思う。


王子め。策士よの。1つだけ特別なケーキを用意しおって。

妾達に離間工作じゃと?

まだまだ甘いわ。|小童〔こわっぱ〕が。

これはお灸を据えねばなるまいの。



夏のお姫様、マーガレットは思う。


ふふ、見える。見えるぞ。フェミナ、君の打撃軌道線が!

ほう。そう来たか。だがその手筋。その手数ではボクの敵ではないよ!

折角王子がくれたチャンス。誰が一番かを決めるこの闘い、勝利するのはボクだ。

さあ、手を出してみたまえ。機先を制してボクがあのケーキを手に入れて上げよう!



秋のお姫様、ララは思う。


不利ですわ。

わたしは技巧派。事前準備なしにこの闘いには望めません。せめて椅子に仕掛けでも出来ていれば良かったのに。

そうすればマーガレット達を縛りつけて1人優雅にドヤ顔でケーキを頬張る事も出来たでしょうに。

あの、たった1つのケーキ。あれさえあればさぞマーガレット達の悔しがる顔を眺める事が出来るのに。

ああ、今となっては手遅れ。

こうなればマーガレットとフェミナが牽制し合っている隙をついてあのケーキを取る以外に手段がないわ。

下手に動けば、マーガレットが権能を行使しかねない。迂闊に動けないわ。



春のお姫様、フェミナは思う。


ああ。王子、あれは私の為ですね。

王子はお優しいから、皆を平等に扱ってくださいます。ですが、本当はわたしを愛したいのですね!

ええ、わかっています。わかっていますとも。

ならば、ええ。必ず手にいれてみせますわ。あなたの愛を!

くっ・・・。でもマーガレット相手ではどの手段を用いても防がれてしまいます・・・




そんなマーガレットとフェミナの目に見えぬ攻防と、その隙を見て利を得ようとするララの思惑をよそに、ローレンシアは力を使った。




説明しよう!


ZONE。それは能力の限界に挑戦する領域。人間は極度の集中力を発揮した際に感覚が鋭敏になる。

その時、普段とは違う|領域〔ZONE〕に入る。

ある時は、音が聞こえなくなる程に集中して、邪魔をされない状態になり、かつ精度の高い行動をする。

ある時は、目に映る全てがスローモーションのように見え、その中で自身の限界とも言える行動を取る事もある。



彼女達はそれぞれがそのZONEを更に究め、異能とも呼べる程の力を身につけていた。

そもそもが彼女達の一族は、その系統の力を血に受け継ぎ、権能として保持して王国をしは・・・、もとい、陰ながら支えてきた。

その権能において、歴代最高峰とも呼べる力を持った4人が1つの時代に集まったのは幸か不幸か定かではない。



そんな力を持った冬のお姫様、ローレンシアは自身の権能、|探究世界〔ざんねんせかい〕を発現させた。

ローレンシアは今、時間から切り離され、幾多もの試行を繰り返しこの状況を解決するための解を導き出そうとする。


Case1


マーガレットがケーキを強引に奪う。

結果、皆が不満を持つ。


Case2


フェミナが焦れて動こうとした際に、機先を制してマーガレットが先にケーキを取る。

結果、皆が不満を持つ。


Case3


王子の椅子がジェット噴射して王子が飛んで行く。

結果、状況は変わらないから皆が不満を持つ。


Case4


マーガレットが動こうとした際に、ララが機先を制してマーガレットに話しかける。するとマーガレットは動くに動けず、その隙にフェミナがケーキを取る。

結果、皆が不満を持つ。


Case5


Case4と同様にフェミナがマーガレットに話しかけ、ララがケーキを取る。



つまり、これが一番正しい。


ローレンシアは一瞬の内に、解を導き出し、小刻みに震え出した。

いや、それはお姫様達の秘密の緊急通信手段。バイブモード。

ローレンシアだけが使いこなせる、体を使ったモールス信号。

突如行われたその行動に王女達はその意図を知る。

いや、フェミナだけは違った。彼女は見ていなかった。

その目はケーキとマーガレットを交互に見て、どう動くかだけを考えているようだった。


(まあ、フェミナは気付いても気付かなくても同じ。そうじゃの。妾が導いてやればよいだけじゃ)


そういって、マーガレットとフェミナの睨み合いの隙をつき、ローレンシアはすっと自然にケーキの皿を手に取った。


「あ」


マーガレット、ララとフェミナは思わず言ってしまった。

ローレンシアが、皆が気にしていたあのケーキの乗る皿を取ったのだ。

あのローレンシアが。他の誰よりも鈍いローレンシアが取るまさかの行動に3人は驚き、動けなかった。

ローレンシアは鈍い。運動も、恋愛も。本当に王子が好きなのかよく分からない言動をしたりとあまり外からその感情を、その表情からも読み取らせない。

だから3人は動けなかった。ローレンシアはいつも最後にケーキを取っていたからだ。


(さて、王子。思惑が外れてどう動く?)


ローレンシアは皆が見つめる中、ケーキの先端を割り裂き、口へと運んだ。

ホイップの軽やかさと程よい甘み、スポンジの確かさも絶品。王国随一の店の看板メニュー。



こやつ、こういった事へのセンスだけは確か。執務もまともにこなす。じゃがまだ悪さの抜けんところがまだまだ。

そこも可愛いとも言えるがやはりあまり派手にやられると周りの迷惑じゃな。



などとローレンシアは思いつつ、軽く溜息をつきながらも王子を見る。

王子はケーキを食べながらも自分を見つめるローレンシアににこやかに笑みを返した。


(ほほう。表情に出ぬか。少しは成長したものよ)


ローレンシアは内心で少し王子の評価を上げるのだが、ララはそうは思わなかった。


(許さない・・・)


冷やかな笑みのまま、ララは握りしめたスイッチのボタンを押した。

途端、王子の座る椅子にベルトのようなものが出て王子を椅子に固定する。

そのまま椅子の脚の下からジェット噴射が起き、王子は空を縦横無尽に飛んで行き、裏の池に落ちた。


涼しい顔をして皆にケーキを取り分けるマーガレットは思う。


(今回もロシアンルーレット式発射装置は王子。やはり運だけは持っているのね)


そんなお姫様の内、フェミナは冷静ではいられなかった。


(ローレンシア・・・。それ・・・あなた・・・王子・・・一番大きい・・・)


恋愛に関しては多感な春のお姫様、フェミナ。譲れない事がある。

皆一緒。それは初めに決めたルール。でもやっぱり王子には良く見て欲しい。

そんなフェミナの気持ちは揺れ動き、ある行動を取る。


「ローレンシア・・・、ひどい」


小刻みに揺れるローレンシアにそう言い残してフェミナは走り去った。


椅子をひきずったまま戻って来た王子はフェミナが遠くに走り去るのを呆然と眺めている。

王子を気にせずマーガレット、ララ、ローレンシアは仲良くケーキを食べている。

ローレンシアはちらりと王子を見て思う。


(ふふ。妾達を侮った報いを受けるが良いわ)





フェミナが走り去ったお茶会から数日が経ちました。

昨日がローレンシアとフェミナが交代する日だったのだがフェミナは来ませんでした。


今日も今日とてローレンシアは塔での生活の退屈さを忘れるために裏工作に余念がないのでした。


「だから、ララ。前に伝えた通り。もう準備も済ませたし。時は来た」


ソファに寝転びながら、携帯電話でララと話すローレンシア。


「そうね。でもあれ王子に見せて良かったの?秘密なんでしょう?」


「見るだけならいいの。あれはどう使うかが鍵なの」


さすがに口に出す時はその黒さを口調に乗せないローレンシア。どちらも王子がいない事もあって気安い口調で話している。


「マーガレットには伝えたの?」


「もちろんよ。あの時の通信だけじゃ細部まで伝わらないし。マーガレットの本気を久しぶりに見れるわ。楽しみ」


「王子。無事だと良いわね」


「じゃあ、そろそろ王子が行動すると思うから、また後で。愛しのララ」


「あら。それは後でマーガレットにも言うべきね。また後で。愛しのローレンシア」


彼女達の計画は既に始まっていた。




そんな日の昼に王子はマーガレットとララを連れて塔へとやってきました。

塔の前の広場でまたお茶会をする事になったのです。


王子はお姫様達3人をテーブルへと招き、今日はクッキーを用意していました。


(ほほう。こやつ。まだあきらめておらぬか。|初〔う〕い奴じゃ。撫でてやりたい所じゃがはてさて・・・)


ローレンシアは、普通なら可愛げもない悪戯を、そのローレンシアから見れば子供じみた悪戯に過ぎないものを見て一層王子を可愛げに思う。

王子はクッキーをわざわざ用意して、割れて当然、というメッセージを添えてきたのだ。


(さて、こやつが自身の思惑通りに事が進んでいると思うておる内にさっさと進めてしまうとするかの)


ローレンシアは口には出さぬままに、王子が話し出すのを待つ事にした。

そんなローレンシアの思いなど気付かない王子はお姫様達3人に話しだします。


「ララ、どうしてフェミナは来ないか知らない?」


ララは思わず握りしめたスイッチのボタンを押しそうになるのを我慢しながらにこやかに王子へと答えます。


「そんなの決まってます。王子が迎えにいかないからです」


王子は予想だにしていなかった返事に驚きますが、マーガレットもローレンシアでさえも頷いています。

王子にはなぜそうなるかよくわかりませんが、彼女達がそう言うからにはそうなんだろうと思う事にしました。


そんな王子にマーガレットは言いました。


「本当はローレンシアに行ってもらった方が良いと思うんだけどローレンシアは今は塔から離れられないから。私達も行くから。ね、王子、お願い」


マーク王子はよくわからないながらもフェミナを迎えに行く事にしました。




マーク王子、マーガレットとララの3人はフェミナを迎えに行き、ローレンシアは塔でお留守番になりました。

ただ、そこに一匹の熊がいました。

いや、熊の着ぐるみです。


「ねぇ・・・。ローレンシア。それは何?」


「熊?」


マーガレットの問いかけにローレンシアは答えました。


「そうじゃなくて!?なぜ熊なの?そしてなぜあなたも行く事になってるの?」


「全ては必然?」


「熊も?」


「熊も」


マーガレットには良くわかりませんでした。

頭を抱えそうになるマーガレットを宥めつつ、王子はローレンシアに聞きました。


「本当に塔から離れて大丈夫?季節が狂ったら大変だ」


「大丈夫。ほんの少し狂ったって王子の責任」


「そう・・・」


王子にもよく分からない説明が返ってきましたがいつだって言い出したら聞かない頑固者のローレンシア。

ただ、彼女の場合は根拠があってそうしているから断るにも断りにくい。


ローレンシアの説得が出来そうもない王子達はせめてばかりと言葉を足しました。


「ならそのリアルすぎる熊の着ぐるみだけはやめて!」






Take2


マーク王子、マーガレットとララの3人はフェミナを迎えに行き、ローレンシアは塔でお留守番になりました。

ただ、そこに一匹の熊がいました。

いや、熊の着ぐるみです。


「熊にドレス着せただけじゃないの!」






Take3


マーク王子、マーガレットとララの3人はフェミナを迎えに行き、ローレンシアは塔でお留守番になりました。

ただ、そこに一匹の熊がいました。

いや、熊の着ぐるみです。


「はちみつの似合いそうなやばい奴はやめて!」






Take4


マーク王子、マーガレットとララの3人はフェミナを迎えに行き、ローレンシアは塔でお留守番になりました。

ただ、そこに一匹の熊がいました。

いや、熊の着ぐるみです。


「なぜ熊にロケットパンチつけてるの!熊からはなれなさい!」







Take7


マーク王子、マーガレットとララの3人はフェミナを迎えに行き、ローレンシアは塔でお留守番になりました。

ただ、そこに一匹の熊がいました。

いや、熊の着ぐるみです。


「まあ、それならまだ許せるわ」


「うむ。譲歩した」


マーガレットの発言に上から目線で答えるローレンシア。

そこには熊をデフォルメしたメカニカルな外見のクマがいた。

指先がない手。3頭身の体。どうやらポッケもない事からいろいろやばいものとは区別がつきそうだ。

黒色のメタリックカラーが鮮やかに陽光を反射している。


「それ、自信作」


「やっぱりララ、あなたも関わってるのね・・・」


「あたりまえ。ローレンシア設計。ララ製作はいつものパターン。似せないの苦労した」


ララが胸を反らし自慢気に言って、マーガレットが溜息をつきながら答える。そしてララが補足する。

そこにマーガレットが思わず口を滑らす。


「しかし黒光りしているわね。まぶしいわ」


「おぬし・・・黒光りなどと・・・。何を想像しておるのじゃ」


「そこ!残念脳!勘違いしない!。それに心の声、ダダ漏れじゃない!」


「おお、すまん。気をつける。じゃがわかるところもあれじゃな。マーガレット」


「あなたがどういった本も読むのかわかるわ・・・。誰か手綱をつけないと・・・」


「それは無理じゃ。一族の本能だからの。探求心を止める事など出来ぬて」


マーガレットとローレンシアの掛け合いを見た後に王子は苦笑しながら話しかける。


「いやしかし、あの色々と問題のある超有名な黒いネズミが出てこなくて良かったよ。かすっただけで」


「そこ!折角逸れたんだから蒸し返さない!」


「そう。数十年経っても権利が色々色褪せない不思議なネズミの話はヤバい」


「あなたもいい加減になさい!」


マーガレットは王子に突っ込み、ララの被せたボケにも突っ込み、と一人苦労を背負う。

一番自重しないローレンシアが被せなかったのがわずかながらも救いかも知れない。


マーガレットはローレンシアに言います。


「本当にそれで行くのね?」


ローレンシアは答えません。

マーガレットは再度言います。


「ローレンシア?」


「ローレンシアはここにいない。我輩はクマである。名前はまだない」


「微妙にわからないネタはやめて。じゃあなんて呼べばいいのよ」


「じゃあローレンシアで」


「あなた隠す気ないでしょ!」


ローレンシアのペースに乗せられているといつまで経っても出発出来ない事を察した一行はそれ以上着ぐるみには突っ込まずにフェミナの住む城のある領地へと出発した。




そんなマーク王子率いる一行がフェミナの居る城へと向かう途中、王子一行の前にフェミナの領地の兵隊が立ち塞がりました。

兵隊達は言います。


「ヒャッハー!王子!この先へは通さないぜ!どうしても通るってんならこのパイを喰らってもらうぜ!」


「そうだぜ!王子!フェミナ様のお手を煩わせるまでもねぇ。ここで俺等が相手してやるよ!」


物騒な発言に似合わないホイップクリームたっぷりのパイを構えながら、パイを舌なめずりして兵隊達は待ち構えています。

王子はそのわけのわからない兵隊達をどう扱って良いのか決めかねています。


「ふっ・・・王子。ここはわたしが行こう」


マーガレットは王子の前に出た。

その途端、兵隊達がわざめいた。


「おい、ちょっとまて・・・マーガレット様が出てくるなんて聞いてないぞ・・・」


「なあ、王子だけじゃなかったのかよ。いやだぜ。俺。夏の一族相手に喧嘩売るなんて・・・」


「確かマーガレット様って歴代最強って噂なんじゃ・・・」


兵隊達のどよめきを余所に、マーガレットは腰を落とし円を描くように右手を上へ、左手を下へと移動させる。


「あれは天地二極の構え!夏の一族の奥義じゃないか!あの年で極められているのか!」


「俺も初めて見た・・・」


兵隊達は自分達の目の前にたちはだかる強敵に愕然としながらも勇気を奮い起こし、滑稽にも見えるパイ投げを行う。

が、しかし、パイは途中で弾かれマーガレットには届かなかった。


「なん・・・だと・・・」


「パイが勝手に弾けた・・・」


「いや、よく見ろ!マーガレット様の手が一瞬ブレている!我らが見えない程のスピードで弾いているのだ!」


いつの何か敬語を使ってしまっているヒャッハーな登場をした兵隊達はその事にも気付かない。

そんな兵隊達の動揺など気にもせず、マーガレットが言い放つ。


「ではそろそろボクからいかせてもらう」


その一言を聞き、兵隊達も怪訝な表情を浮かべる。


「なんだ?話し方が変わった?」


「いや待て・・・もしかしてZONEに入ったのかも知れん」


「ZONE!しかしそれでは説明が・・・」


「ZONEを突き抜けた更に奥があると聞く。そこに達したのではないだろうか・・・」


「確か夏の女王のZONEは劇画・・・」


そこまで兵隊達が言った時、マーガレットは静かに呟いた。


「見せて上げよう。我が権能、|劇画世界〔アタオラワールド〕」


その刹那、マーガレットは周りの全てが停止したような感覚の中を動く。

兵隊全てに対して容赦の無い攻撃を加えたのだ。


「アァタオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラホァター!」


兵隊達にはマーガレットが分身して全員に容赦なく連打を浴びせたようにしか見えなかった。

兵隊達は上体をのけぞらせながら上方へと吹きとばされた。


王子は上体をのけぞらせ上方へと吹きとばされながらも地面を見た時、マーガレットが残像を残しながらもオリオン座の形を模したように移動する姿をはっきりとその目に焼き付けた。


ズシャア!


王子と兵隊達は同時に地面へと落ちた。


「女王ですら一度に一つしか発動できないものを二つ同時とは・・・」


「恐るべし・・・マーガレット様」


「マーガレット・・・君は武の神に愛されているのだね」


王子は巻き込まれた事は気にしていないようだ。


マーガレットは構えを解くも、半歩開いたまま斜に構え、上体を反らしつつ、頭部は垂直に、腕は体に沿えつつも右腕は肘から曲げて指を伸ばしたまま手の平を顔に当てる。指の隙間から倒れた兵隊達を見ながらこう呟いた。


「アダマンタイトは砕けない・・・」


その一言を聞いたララとローレンシアは話し合う。


「マーガレットがまずい。まだZONEから返ってこない」


「そうね。仕方がないから王子にパイでもぶつけて待ちましょう」



少しの時間でZONEが解けたマーガレットの労を労いつつ、パイ塗れになった王子を引き連れて一行はフェミナのお城に辿り着きました。

お城に入ると、ナイフとフォークで出来た兵隊達がいました。


「ここからは我らが相手です、と言いたいですがやっぱり帰ってくださいませんか。さすがに王族やお姫様には手が出せないのですよ」


「ええ。でもフェミナ様にも逆らうわけにもいかず。どうかここは私達を助けると思って」


やけに低頭なナイフとフォーク。それを遠見の水晶球から見ていたフェミナは感情を露にします。


「そう!手が出せないって言うの!なら無理矢理にでも出させて上げる!」


フェミナはそう言って自身の権能を発現させた。


「さあ、踊りなさい。|恋愛〔キャッハウフフな〕世界」


フェミナの権能、それは精神を恋愛時空へと引き摺り込む。その空間に引き摺り込まれたものはお花畑脳と化し、一切の戦闘能力を失う。

ある意味恐ろしい攻撃。


だが自爆だった。


あろうことか。フォークとナイフは王子やマーガレットやララには向かわず、兵隊達同士で、一部はそこにいたよくわからない黒光りするクマへと突進していた。

フェミナの予定では、フォークとナイフがマーガレットとララを追いかけ回し、その隙にフェミナが出向いて王子をかっさらうつもりだったのだ。


だがしかし。


「ちょっと!?マーガレット!ララ!あなた達には効かないでしょう?なぜ王子を追いかけ回しているの!」


そうなのです。

一定の実力者にはフェミナの権能はあまり効果がありません。それなのに、マーガレットもララも王子をこれ幸いにと追いかけ回しているのです。

肉食系女子マーガレットは血走った目で、ララはなぜかドリルを片手にそれをどこに使うのかと悩む姿で追いかけ回しています。

身の危険を察した王子は、青ざめながらも必死に逃げ回り、マーガレットの運動神経を上回る動きを見せています。腐っても王族です。


「ああ、せめてスプーンがいなくて良かったわ」


なぜかよくわからないところに安堵するフェミナ。

一方でクマことローレンシアはピンチです。


(ぬかったわ。まさか自爆しながらダメージを与えて来るとは)


お姫様の姿をしていないローレンシアにはフォークやナイフが押し寄せてきているのです。

しかしその程度、ローレンシアには不備はありません。

崩拳からの中段掌底、そして|鉄山こう〔てつざんこう〕。押し寄せる兵隊達を吹きとばします。

このメカニカルクマはララが作った特注パワードスーツなのです。


(伊達に格ゲーしておらぬわ。うつけどもめ)


太公釣魚を決めて浮かせた兵隊の腕を掴み(指がなくてもなぜか掴んでいる)強引に武器として振り回す。

丁度ナイフで良かったとローレンシアは安堵します。

ローレンシアはあらかた兵隊達を片付け終わってから呟きます。


(フェミナめ。妾とそなただけ王子と戯れておらぬではないか。なぜわざわざマーガレットとララだけに良い思いをさせるのじゃ)


不機嫌なローレンシアは手に持ったナイフを王子へと投げつけます。


「おい。マーガレット、ララ。もうZONEは解けておるぞ。悪ふざけもそこまでじゃ」




そして、ついに一行はフェミナの元へと辿り着きました。

一行の前にフェミナがいます。

フェミナはすこし遠い所で王子を待っています。

王子が歩きだそうとすると、ララが王子を止めてこう言いました。


「ララが先に歩きます。何かあっても王子は気にせず行ってください」


王子はよくわからないながらも頷いてララの後に付いていきます。

ララは物を良く見る事が多いので、ちょっとした違いを見付けるのがうまいのです。

そんなララですが今回ばかりはうまくいきませんでした。

突然ララの足元が開き、落し穴に落ちてしまいました。

ララはその穴一杯に入った苺ジャムで胸から下を濡らしてしまいました。


途端、ララの肩が震え出しました。


「ジャム・・・一杯・・・食材・・・こんな・・・勿体無い・・・」


「まずいわ。あれはZONEに入る兆候よ」


「そうね。でも良いんじゃない?後はフェミナだけだし。気長に待ちましょうよ」


ララの呟きを聞いたマーガレットとローレンシアは気楽に話を進める。

王子だけはジャムに浸かったララを気遣うが手を伸ばしてもララが動かないのでとても困った表情をしている。

そんな王子を見てローレンシアはぼそりと呟く。


「ああ、王子。御自身の心配をすべきだわ。ほら、もう発現するわ」


その言葉をきっかけにしたのか、ララが呟く。


「さあ、来なさい。我が権能、|没頭世界〔オタワールド〕」


ララは自身の権能を発動した。ララの権能は物造り。技巧の一族、秋の一族において最高峰の実力が生み出す物品のその出来栄えは他と一線を画す。

そしてララは異能の力を身にまとい、必要な材料は亜空間倉庫から取り出して来るのだ。彼女に死角はない。

唯一の欠点は時間。それだけだ。どれだけ早くしようとも数が増せばそれだけ時間がかかる。


「ジャム、ジャムね。トースト、ジャムパン・・・思ったよりバリエーションが難しいわ。でもいっか。食べるの王子だし。もうペースト状のものも作っちゃおう。あんかけでしょう?ジャムシチューもいっかー。ステーキソースにジャムも良いわね。ホットドッグにもかけてー、ああー、もう水代わりならなんでもいいかー」


そんな勢いでララは料理を作っていく。出来上がるものはジャムである事を除けばまっとうな料理。だがジャムのため味は保証されない。



「ちゃららっちゃっちゃっちゃっちゃ」


「ちゃららっちゃっちゃっちゃっちゃ」


「ちゃららっちゃっちゃっちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ、ちゃっちゃっちゃ」


「3分間王子クッキングー」


ローレンシアが始め、マーガレットがつなぎ、フェミナへと引継ぎ、なぜかララが言葉を締める。


「1.クマが王子を羽交締めにする」


「ええ!?」


ローレンシアに背後から羽交締めにされて逃げられない王子は驚きの声を上げる。

そのためのパワードスーツと言っても過言ではない。


「2.ジャム料理を口へ流し込むー」


「むぐ!?」


マーガレットは王子の口へ出来たばかりのジャム料理を無理矢理放りこむ。


「3.流し込むのが遅くなるなら水で流し込むー」


「んーー!?」


いつの間にやら現れた召使から水の入ったボトルを受け取り王子の口へと無理矢理注ぐ。


「4。息だけはさせてあげるー」


「ゴホッ・・・ゴホッ・・・。ローレンシア、これはいった・・・」


「5.泣き言は言わせないー」


更に料理を詰め込みながら、きっかり3分、王子クッキングは続けられた。

クッキングの後にローレンシアは言う。


「さて、王子。あまり時間もかけていられぬ。残りはテイクアウトじゃ」


「・・・。これ、味はともかく砂利入ってたけど?」


「ララの料理を残すじゃと!?どの口がそれを言う?」


「はい・・・。テイクアウトお願いします・・・」


ローレンシアのやけに強気な発言に押し切られる王子を連れて、一行はスポンジクッションをジャンプ台として使い、フェミナの前へと辿り着く。

多少胃もたれに青ざめながらも王子はフェミナに話しかける。


「フェミナ。迎えに来たよ。一緒に行こう」


フェミナはそれに答えません。


「どうしたの?フェミナ。これ以上困らせないで」


王子の更なる問いかけにフェミナは答えます。


「いやよ。もっとはっきり言ってくださらないと。塔へは行きません」


王子は困った表情を浮かべます。

王子がそれ以上の変わった発言をせずにただただ塔へと連れて行こうとする姿を見てローレンシアは溜息をついて言う。


「ならこうじゃな」


と言いながら、手に持ったスイッチを押す。

するとやがて轟音が聞こえ始め、びりびりとした振動を伴った後に、ズドーーンという音を立てながら塔の先端が城へと突き刺さりました。

突然の事に驚く王子。


「こ、これは一体・・・」


「王子も見ていたじゃろ?改造を。ローレンシアが設計し、マーガレットが資材を運び、ララが作り、王子、おぬしが応援した、とんでも浮気性一号君じゃ。どこにでも飛んで行くぞ。どうじゃ。良くできておるじゃろ?」


それを聞いて王子の顔は増々青ざめました。


「さて、しばし塔を離れたために季節が狂うておる。そうじゃな、冬を一日伸ばさねばならぬ。まあ、数年に一度くらいなら冬が一日増えても構わぬか」


そこであえて溜めを作ってからローレンシアは言い直した。


「愛しい愛しい王子様。クラウディア、閏日なら塔に入れても良くってよ?」


「いえ・・・すいません・・・もうしません」


王子の返答に呆れるような笑いかけるような表情を浮かべるローレンシア。マーガレット、ララ、フェミナはにっこりと生暖かい視線を向ける。


「フェミナが塔に来ないというから塔の側から来てみただけよ。さあ、城の補修費用は王子様持ちで、皆で塔に乗って帰りましょう」


こうして、クラウディアをお姫様達の輪に迎え入れ、4年に一度、クラウディアは塔へと入る事になりました。


皆満足した後にフェミナは塔に入り、王国に春が訪れました。

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