第28話 山中にて
アダマンティアさんは、ぼくとネクトーさんを蜘蛛の身体に乗せ、もの凄い速さで、エルガンの峰の、道なき道を突き進む。
「うあああああ!」
「レブ、口を閉じないと、舌を噛むぞ。お前の舌はちぎれたら、アダマンティアみたいに生えてはこないからなあ。不便するぞ」
のんきな声でネクトーさんがいう。
「ううっ、はいっ」
ぼくは顎を噛みしめ、必死でしがみつく。
照れている余裕などたちまち無くなった。
「なるべく距離をかせぐためだ。本気で飛ばすよ」
とアダマンティアさんが言う。
暗闇の中、突進するアダマンティアさん。
今、ぼくらがどの辺りを進んでいるのかもわからない。
どの辺りどころか、上下左右さえもわからない。
どこか洞窟のようなところの天井を走り。
垂直な岩壁を駆け上り。
千尋の谷を跳び越え。
張り出した岩頭から垂直に降下し。
どんな障害もものともせず、最短距離を進んでいく。
圧倒的なその能力。
これがアダマンティアさんの本気か。
やがて夜明けが近づき、
「明るくなる。今日はここまでだな」
ネクトーさんがいい、アダマンティアさんが止まった。
アダマンティアさんから降りたぼくの膝はガクガクし、手にも力が入らない。
膝が折れ、その場にへたりこむ。
「うん、これはちょっとレブにはきつかったか……」
とネクトーさんが言う。
「ごめんねレブ。あんたは、わたしやネクトーとはちがうんだから」
「いえっ、そんなことは! ジェーニャをたすけるためならっ!」
ぼくは立ち上がろうとしたが、足は萎えて、その場に尻もちをついた。
「よし、今日の日中はここで休もう」
「でも、間に合わなくなります!」
ぼくはもう一度立とうとしたが、やっぱりだめだった。
ぶざまに転がった。
「無理するな、レブ」
「でもっ!」
「大丈夫だ、レブ。アダマンティアががんばってくれたおかげで、だいぶはかどったんだよ」
ネクトーさんが言う。
「実は、もう、かなり近くまで来ているんだ。今晩、もういちどアダマンティアに乗っていけば、じゅうぶん儀式には間に合うからな」
「そうだよ、レブ、安心してね。明日には、確実に館まで着いているから。まあ、そのためには、レブには、今日みたいに、もう一回がんばってもらわないといけないけどね」
と、アダマンティアさんも、やさしくいった。
「そうなんですか……」
自分へのふがいなさと、二人に申し訳ない気持ちはあったけれど、ほっとしてさらに力がぬけ、ぼくは身体を起こしていられず、ごろんと横になってしまったのだ。
「まずちょっと休め、レブ」
「そうね、そうしなさい」
アダマンティアさんの糸が、木々の間にはられ、あっという間に寝床がつくられた。
ネクトーさんがぼくを抱え上げ、まるで枝からぶさがった大きな繭のような寝床にぼくを運んでくれる。
白いねどこは柔らかく、良い匂いがして、そしてユラユラと揺れた。
「心配しなくていい、レブ。おれに任せておけ」
「はい……」
心地よい寝床の中で、ぼくの瞼は重く下がった。
離れたところで、ネクトーさんとアダマンティアさんの話す声が、おぼろげに聞こえながら、ぼくは泥のような眠りに落ちていったのだ。
「のびちまったか……アダマンティア、レブはうぶだからな、お前の色香の、刺激が強すぎたんじゃないか」
「なにをバカなこといってるのよ、ネクトー」
(笑い声)
「まあ、でも、実際のところ、この強行軍は、ちょっと、あいつにはかわいそうだったな……」
「わたしが張り切りすぎたよ……レブはよくがんばってくれた」
「そうだな、あいつ、よっぽど妹のことが……それにしても、アダマンティア、お前も気合いが入っていたなあ」
「そりゃあ、レブをみてると、とても他人事とは思えないからね、わたしたちも」
「ん……わたしたちも?」
「あ……まずいまずい。今のはなしね」
「んん? ……そうか」
「それにしても、ネクトー、あんた、大丈夫なの」
「大丈夫? なにがだ?」
「いかに不死の、神のしもべとは言え、今回の相手は——」
「やっかいだな、たしかに」
「もし向こうが、あのお方に匹敵するような力を持っていたら。げんに、あんたの力が、あまり」
「ん……これは、不死も当てにならんかもなあ。……まあ、どうであれ、やるしかないが。おれはレブと約束したからな、ジェーニャをたすけてやるって」
「ネクトー……」
(しばし沈黙)
「ああ、夜が明ける。わたしはいったん消えるよ」
「おお。ありがとうな、アダマンティア」
「また、暗くなったら来るよ」
「たのむ……」
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