ローレンシアの翻弄される日々(仮題)

くーくま

第1話 プロローグ


「今日、俺は死んだ」


いや、もう少し違うのが良いか。


「あれは不幸な出来事だった」


いや、これもあれだ。ありきたりだ。


「それは運命だった」


もっと駄目だ。


「それは神々の悪戯だった」


合いそうなんだがなぁ・・・



俺こと大神達也はそんな事を考えながら、自身に降り掛かった出来事を今、客観的に映像で見せつけられていた。




俺は今年で何回目になるか、そう10年の歳月、この通い慣れた坂道を登っていた。

小春日和に恵まれて暖かな太陽を一身に浴びながら、緩やかなカーブを描く坂道を眼下に見える街並みを眺めながら登っていた。

そよぐ風邪が気持ちよく、不思議と笑みが浮かんで来る。


今日は始業式。俺は自身が務める学園へと続く道を歩いていた。

小高い丘の上にある学園で司書を務める俺は一年で一度、この春の始業式だけは自分の足で歩く事にしていた。

新たな年に新たな出会い。ほんの少し前にあったはずの別れが与えた寂しさを埋めるかのように訪れる出会い。

本好きとわずかに恵まれた知己のおかげでこの学園の司書を務めるようになってから、何度も迎えた春は数多くの出会いと別れを繰り返した。

10年もあれば、ちょっとした思い出も出来上がる。そして思い出が出来上がる瞬間を目撃する事もある。



俺にも欲がある。ちょっとした出会いから発展する関係。

甘いにも程があるが少しでも憧れない方がおかしい、と俺は考える。

いくつかはあった。ただし、目撃をする方で。

青春とはああいったものか、となぜ自分が学生であった時にはあのようなイベントがなかったのか、と時々考える。


ああ、イベントなんて言っているがこれは同僚のせいでもある。

この学園の司書になってから知り合った同僚に本好きが功を奏して、というべきか災いしてか、好きになった作品から関連グッズに手を出した女性がいた。

そのグッズからまた芋蔓式にずるずると辿り、気づけば恋愛ゲーム?などと言われるものに嵌まったようだった。

彼女と話すとやたらとそういったゲーム用語が頻繁に出てくる。

'イベント'もその一つで、ある決められた出来事、或は用意された出来事、などを指すらしい。

そんな彼女が言うには、今日の俺のようにわざわざいつもと違う行動を取っているとそのイベントなるものが向こうからやってくるらしい。

俺の行動がフラグというものを立てるとしきりに言っていた。

何やら諸条件を満たすとフラグというものが立ってイベントが起きるらしい。



しかしそんなものが起きた事はない。



などと言ったらかなり怒られたのだが。


イベントなんて簡単に起こるものかと考えながら街の景色を眺めながら歩いていると車の急ブレーキ音。

焦って前を見たが何もない。緩やかな右カーブには車の姿はなかった。

それに安堵した直後、大きな影が出来、何かが日光を遮った。

その何かを確かめるべく見上げた時にはもう遅かった。

それは上の道から降ってきた乗用車。

ああ、頑丈なリムジンはこういった時は強力な武器になるのだな、などと思う事しか出来なかった。




少し話を戻そう。


爽やかな風が吹いた。

風は木々を揺らし、様々なものを運んだ。その中には花粉があったのだが、花粉を吸い込み、花粉症の女子生徒がくしゃみをした。

その仕草があまりに可愛かったのか、見惚れて前を見ていない男子生徒。

その前から大きな荷物を抱えた女子生徒が歩いてきて、前を見ていない男子生徒にぶつかる。

なぜか俺の知らない所で出会いイベントは発生していた。

この時俺は主人公ではなく紛れもなくモブキャラだったのだろう。それも登場すらしない。

ぶつかった女子生徒はよろめき、荷物を落としながら近くに停めてあった自転車を巻き込んで倒れる。

大きな音がして倒れた女子生徒を慌てて起こそうとする男子生徒。

出会いイベントでスキンシップの特典付。紛れもなくこいつは主人公になれる。

倒れた女子生徒も可愛いのが、やけに心をヤサぐれさせる。

男の方は・・・、まあ今日の所は見逃しておいてやる事にした。

決して勝てない勝負を避けたわけではない。断じて。勝てない勝負を避けたわけではない。大事な事なので二回言っておこう。

二人で照れて向かい合う姿は微笑ましいのだが、いつもと違う俺の心情はそれを素直に受け入れさせてはくれないようだ。


さて、自転車が倒れた時に大きな音がした。その音に驚いて駆け出す猫。

そして女子生徒が倒れた時に周囲の人間が大きな声を出した。

その声をたまたま、始業式なのだから止めておけば良いものを朝練をしているテニス部員が聞いていた。

その声で集中力を乱したのかコントロールを狂わせてボールはフェンスをオーバーして木立へと消える。

ボールが木を揺らし、それに驚いた鳥が飛び立つ。


飛び立った鳥と駆け出した猫は偶然ある場所に向けて移動する。

そしてそこに加わる新たなる登場人物。

坂道を降る自転車。ロードレーサーというやつだ。

軽快に走るロードレーサーに乗る男性と鳥と猫が交わる時、悲劇は起きた。

男性はサングラスをしていたのだが、上空を通り過ぎる鳥は容赦のない落下物を落とし、見事に男性の額からサングラスへと跡を残した。

驚いた男性はわずかに前方への注意を逸らす。

そこに坂を横断する形で飛び出して来る猫。反応の遅れた男性はバランスを失い、転倒する。

転倒には慣れたものなのか、うまく倒れて自転車だけが滑走していく。巻き込まれないあたりは経験者という感じだ。


だがそれが更なる不運へとつながった。

自転車は滑走しガードレールにぶつかるが、勢い余って下の道へと落ちていった。軽いのが災いした。

下の道はリムジンが走行していた。

送迎を終えたのか、下り坂だからなのか、或は両方か。そこそこスピードは出ているように見えた。

そこに飛来するロードレーサー。

見事にリムジンのフロントガラスに命中した。落下によりかなりの衝撃を与え、視界を塞がれたために反応が出来なかったのか、軌道を逸らしてガードレールを乗り越えこれも下へと落下。


もうお分かりだろう。

その最後の場所に佇む人物がそう、俺だ。

端から見てもわかりやすい程の間抜け面をした俺は反応できずにリムジンに吹き飛ばされ、急遽行われた人生初のフライトを成功させた。

リムジンは俺を吹きとばしたからか勢いがなくなったからかガードレールにめり込み停車。それは良しとする。

人生初のフライトをパイロット兼旅客機として行う事となった俺は飛ばされながら落下していく。

坂って大事だね。飛距離を出すためには。


浮遊感を味わいながら、「ああ、イベントってこういう事なんだ」などと考える余裕があったのは自分でも吃驚だ。それしか思い浮かばなかったとも言う。

だが終わりではない。


落下していく俺は丁度大きな車道へと向かう。

そして走行していた乗用車のボンネットに直撃。もう少し緊急着陸に向いた場所はなかったのかと問いたい所だが無事?着陸だけは済ませた。

車は当然制御不能になり、近くにあった施設へと突っ込んだ。


辿り着いたそこは桃源郷という名の地獄だった。

単なるスパだが、近くに学園もある事から学生や一般客向けの浴場もあり、乗用車はそのまま壁を突き破り停車するが、俺はその勢いで屋内へと飛んで行く。

朝練を終えた学生向けに学園の援助により朝は浴場が開放されていたりもするため、朝から利用する人も多いそうだ。

これも偶然なのか、陸上部が朝練を終えて汗を流していたようで、今、映像として見る分には「最後の光景としてはまだ悪くない」と思えもしたが実状はそうではなかった。

突っ込んだのが浴場、しかも女性用。そこまでは良い。だが相手が悪かった。

仰向けになりながらヘッドスライディングしていく俺はある人物へ向けて滑り込んで行く。

その人物の正面へと急速に近付き、丁度いい距離感、ぶつかる事なく遠過ぎる事もない絶妙な距離。ちょうど真下とも言える場所だ。

何が起きたか分からずに呆然と佇む陸上部名誉顧問篠田初江88歳の足元に横たわり、その姿を惜しげもなく晒すかの御仁をものすごいアングルで見上げる事になった俺。

ザッツ変態、イエス変態。


遠のく意識で視界が暗くなっていく中で、思い浮かぶ事もなくただ世の無情を噛みしめて現在に至る。




その映像をどこか遠い目で眺めている俺の横には腹を抱えて笑っている女性が居た。

ブロンド、碧眼。可愛いではなく美人。長い髪は緩やかなウェーブを描き、どこか悪戯好きそうな目元はそれはもう楽しそうに笑っている。


だが、俺は気づいた。口元も笑っている。目も笑っている。表情もものすごく綺麗に笑っている。

だが目の奥が笑っていない。楽しいのは事実なのだろう。だがそういった自身の感情とは分かれた自分を持っている女性。

俺は第一印象でそう感じた。



「それは神々の悪戯だった」


あえてそう言いたかった俺の主張を真向から否定してくれたこの女性。

そしてある程度の説明をしてから俺に何が起きたかを説明し、思い出し笑いしながら映像を見せてくれている女性。


彼女の名はロカ。悪戯の女神らしい。

彼女が最初に言った一言は、


「お前、才能あるよ」


だった。

その一言から始まった彼女の説明では、ここは世界と世界の狭間、忘却界リンボという所らしい。

忘却界ではあるが、運命の舘ではない、との事だ。単なる狭間に「ちょっと校舎裏まで顔貸せや」なんてノリで俺を連れて来たらしい。

どうやら俺は死んだらしく、それを見ていた彼女が何か考えがあって、今俺とここで対面している。

最初の一言が何の事か分からずに説明を聞いて映像を見た結果、ロカが何を言いたいのか良く分かった。


「いやあ、誰も計画しておらず、干渉もしていないのに、余波だけでここまでの事を起こすとは予想もしていなかった。くくっ・・・」


などとこちらを煽っているんじゃないかと思いたくなる言葉を言い出す。

彼女が言うにはこうだ。


「私ね。ちょっと失敗したんだ。自分の建てた計画がね。うまくいかなかったんだ。

あれだけ調整したのにさ。選んだ奴がほんっとうに使えない奴でさ。下準備も全てパァ。

私に恨みがあるんじゃないかと思うくらい三流役者でねぇ。

台詞棒読み、演技は下手なロボットダンスのよう。

どれだけ準備したと思う?1000年よ。1000年」


そう言って彼女は拳を握りしめ唇を噛みしめている。

俺にそれを言われても困るんだが。

俺がそう思うと彼女は俺をキッと睨みつける。


「確かにそうね。君には関係ないわね。別世界の出来事だから。今までは」


そして表情を和らげ、穏やかな微笑と共に目の奥に何やら隠した表情で見つめてくる。


「そんな時にね、もう怒りで暴れ出したい気持ちになった時に、自分に『落ち着けー。落ち着けー。まだ終わってない。まだ終わってないんだ』と言い聞かせて目を逸らした時に君がいたの。わかる?私の気持ち。

あれだけ念入りに周到に建てた計画が失敗した私のすぐ横で、それをも超えるレアなイベントを発生させた君を見た時のわたしの気持ち。

もうね。あれよ。可笑しいやら悔しいやら哀しいやら嬉しいやらもうなんていったら良いんだろう。

どれだけ精密に制御したって偶然の前には全て無意味って思えたわ。

ええ、そこに私は神を見たのよ!」


となぜか女神が神を讃えている状況を良く飲み込めずどう反応して良いのか考えていると、彼女は一段と微笑みを強め。

ああ、強め、だ。目力が半端ない。

微笑みを強めた彼女は話を続ける。


「だからね。こう思ったの。これはきっと神の思し召しだって。

今まで散々苦労してきた私を神様が哀れに思って、出会わせてくれた。きっとそうに違いない。

違っていても異論は認めないわ。ええ、私にはこれが必要。そう思わせてくれたのよ。君は」


どこか遠い場所を見つつも、きわどい目付きの彼女に若干引きつつ彼女の次の行動を観察する俺。

そもそも先程までとは違い、胸の前で両手を合わせて腕を組んでいるあたりどうにもギャップを感じる。

こちらの事などお構いなしな彼女はそのまま話を続ける。


「だからね。私、君に提案があるの。そう、これはスカウト。

ある世界に行って欲しいの。勿論君の世界の創造神とは話をつけてあるわ。

エネルギーは等価になるようにちゃんとする契約もしてある。

だからお願い。私を助けると思って」


いきなりな提案に俺は当然返答など出来ない。

そもそも俺はこれからどうなる、という事をまず知らない。

その上で提案してくるあたり、悪戯の女神らしいと言える。

悪魔の契約をどこか感じさせるその話の運び方に警戒を強めると彼女は今度はにやっと言った感じで笑い話し出す。


「良いわ。良いわね。そうでないと。ただ命令を聞くだけで思考能力も持たない奴を選んで失敗した後だから期待できるわぁ。

そうね。まずあなたの話ね。あなたはこのままで行けば集合無意識の中に混じり、分解され、必要な知識のみを残して形を失うわ。

知識は還元され集合無意識の物となり、あなたはやがて次の魂へと宿り、輪廻する。

ここまではわかるわね?」


頷く俺。


「じゃあ、あなたって何?このまま失われていいの?次のあなたは今生のあなたである記憶を失い新たなるあなたとして生まれ変わる。

それって本当にあなたなの?あなたであった出来事も知らないあなた。あなたの事を知らない世界で生きるあなた。

それって本当にあなたなの?

ねえ。なら別の世界でだっていいじゃない。そうしてくれるならあなたに力を与えて上げる。大きな力よ。かなりいい暮らしが出来るわ。

何の保証もなく生まれ変わるよりかは安定した確実な生よ。今生のあなたの性格からいっても良い選択だと思わない?

勿論、一番重要な事はこれね。あなたの記憶は残してあげる。どう?結構重要な事じゃない?

それだけのものがあれば楽しくやっていけると思うの。

ねぇ。だめかな?」


そう言って女神は瞳を潤わせながら懇願してくる。

自分の容姿に自信があるからか、今だに胸の前で合わせた両手のまま、わずかに距離を詰め見上げて来る。

かなりあざとい。

そのあざとさは、自身の腕でたわむ胸、いや、はっきり言おう。寄せて上げた胸が証明している。

白色の生地のワンピースは彼女の胸を強調しながら腕に乗り、凶暴なまでの存在感を示してくる。


かなり近い距離に緊張しながらなんとか俺は聞き返した。


「話がうますぎる。何か隠してないか。行った先がとんでもない世界だとか」


「そんな事はないわ。それほどあなたが生きた世界と変わらない。そうね。違うとすれば魔法があるって事かしら。

それ以外はほとんど変わらないわ。魔法の影響で植生だとか環境には影響あるけど。

人間として生まれ変わるの。与える能力で他より少し特別になっちゃうけど・・・」


そう答えた女神に更に俺は聞き返す。


「能力って何?どういったものが貰えるんだ?それが分からないと判断すら出来ないじゃないか」


そう言って聞き返した俺に対して、女神は一度黙り込む。そして何か考えた後にこう言い出す。


「そうね。あなたの世界で言う超能力よ。次の世界でも異能に属する類のもの。念動力サイコキネシスって知ってる?」


「ああ、その程度はな。と言ってもTVとかで見ただけで信じちゃいないけどね」


「そう、それでいいの。でもね。あなたが提案さえ受けてくれればそれがあなたのものになる。どう?魅力的でしょ?」


「なるほど。で、次の世界って具体的にどういった世界?」


「それは言えないわ。まだあなたは提案を受けていないもの。あなたはつまり、まだ今まで生きた世界の住人。

そして次の世界の住人ではないの。世界の情報はその世界に属する極秘事項よ。だからあなたが提案を受けない限りは具体的な事は話せないの。

私が言えるのは、今の世界と安全度はあまり変わらない。これは保証するわ。次に超能力を与える。そして記憶も残して上げる。

どう?悪い話には聞こえないはずなんだけど・・・」


首を少し傾げて瞳を潤わせながら懇願する彼女。女性慣れしていない俺にとってはかなりまずい状況だと言える。

条件自体は悪くない。より危険のない状況と言うのはありがたい。保証するとも言っている。

どこに生まれてもある程度は平和に生きる事が出来るだろう。

何より自分が消えてなくなるとどうなるか、という不安を感じずに済むのが一番良い。

そう思った俺は提案を受け入れようと口を開く。


「そうだな。それな・・・」


「待って。まだ話はあるの。実はね、私がさっき失敗したって事話したわね?

その事でお願いがあるの。あなたが行った先で私の出す依頼をこなして欲しいのよ」


突然の内容に顔をしかめる俺。どうやら彼女の企みはここからのようだ。

警戒心を一層強めながら俺ははっきりと言う。


「なるほど。それがハードルが高いって事か。それなら受けれないな」


「待って!それほど難しい事じゃないの。少し込み入った話をするわね。

私達、神は世界に干渉する事がある。

これは受け入れてくれる?」


「ああ。神様なんてそんなものなんだろう?」


「ええ。理解があって助かるわ。でもね。その時に、そうね。

マニュピレーター。あれよ。ロボットアームって言った方が良いのかしら。

ああいったものを動かす感覚で干渉するのよ。

箱の中の物をそのアームで動かす。そんな感覚よ。

そうね。UFOキャッチャーなんて言い方も出来たりするかも。

それでね。問題なのは、皆で一斉にやるのよ。それを。

箱の周囲に集まって皆で皆が自身の役割を果たすために動かすの。

それはもう賑やかにやるのよ。

この前なんてハーニーとジュレがイチャイチャするためだけに動かしてたわ。

良い迷惑よ・・・。

って話がずれたわね。

そうやって皆でやるんだけど、奥の所には届かないの。

自分に近い所の物を動かして、その連鎖で奥の物を動かす?そんな感覚になってて。

巧く動かしても、誰かが動かした連鎖でまた動いちゃってまたやり直しって事もあるわ。

その度に交渉するのだけど、今回はもうその時間がなくなってしまったの。

今から連鎖を仕込んでも到底間に合わないって皆の意見が一致して、今こうやってあなたにお願いしてる。

ここまでは大丈夫?」


「ああ。いい迷惑だって事は分かった」


「そうね。動かされる側からすれば結構嫌よね。でも巧くいけば皆が幸せに暮らしていける。

そう思えばまだ受け入れられるでしょう?

それでね、あなたにして欲しい事はそれほど難しくない。

新たな生で17歳の時、ルーシーとの間に婚約成立するか婚約破棄されて欲しいの。

私としては婚約破棄をお勧めね。どうなるかわからないから予めキープしておく事。

ルーシーって可愛いのよ。もう抱きしめたいくらい。あなたにぴったりな子。

これだけ達成してくれたら後はあなたの自由よ!

新しい人生を謳歌してくれていいの!

勿論バックアップは任せて。既に仕込んだものも有効に動作するはずだからそれほど難しい事ではないの。

ただここからじゃ微調整も出来ないし、新しく連鎖を起こしても間に合わないから内部から直接操作したい。

その為の存在があなた。

他にも色々と調整の為の依頼はするけどそっちは努力義務程度のものよ。やってはもらうけど必ず達成しないといけないなんて事もないの。

必ず達成する必要があるのはたった一つ。17歳の時にルーシーとの婚約を成立させるか破棄させるか。たったそれだけ。

ねぇ?

その程度なら良いでしょ?神のバックアップ付きで依頼をこなす。その依頼もそれほど難しくもない。

それで新しい生と能力。お徳な条件だと思うのよ」


そう言った彼女は一層近付いて来て、顔は近過ぎて触れ合わんばかりになったので、俺は慌ててのけぞり、手で彼女を引き離す。

それでも見つめて懇願する彼女に辟易しつつも、たったそれだけなら悪い条件ではない、と思った俺。

他も努力義務っていうなら危険なものなら避ければよいだろう。


そう思った時に、なぜか彼女が少し口角を上げて笑った気もするが一つ聞いておかなければならない事があるからそれを聞く事にした。


「で、そのルーシーって子との依頼を達成出来ない時はどうなるの?」


「ええ、その時は運命力が作用して、あなたは急速に破滅への道を突き進むわ。

でも大丈夫。あなたに与える力が必ずルーシーとあなたを引き合わせる。それも運命。

だからそれほど心配する事ないわ。

どう?その後は自由よ?

新しい世界。魔法という新しいもの。興味は尽きないはずよ」


確かにそうだ。自分の記憶をそのままに、次の生を生きられるアドバンテージは大きい。

そして新たな刺激。

だから俺はロカの提案を受け入れる事にした。

その時の彼女の顔といったら、満面の笑みでこちらがたじろぎそうになるくらいだった。

更には抱き付かれたから慌てて引きはがした。

一呼吸おいてから、俺は具体的な内容を聞くために話をしようと口を開く。


「じゃあ、俺がどうなるか具体的に聞かせて貰えるか?もういいんだろう?」


彼女は一瞬訝しげに俺を見た後に平然と答えた。


「え、まだ駄目よ。当然じゃない。ここは世界の外よ?世界の中に入ってくれないと。

それにここは忘却界リンボ。それぞれの世界の理を超えた情報だけがここでは覚えて持って帰る事が出来るの。

ここで次の世界の話を聞いても忘れるわ。

あなたがここで覚えておける事は私という存在と契約についてだけ。

だからまずは次の世界に慣れてね」


そう言って微笑んだ彼女を唖然と見つめる俺は、薄れ行く意識の中で彼女の声を聞いた。


「ではいってらっしゃい。慣れたら連絡するわ。あなたは今日からエージェント、空想を創り出す者エアロスミスよ」




佇むロカの背後に二人、姿を現した。

一方は女性でもう一方は男性である。

女性は若く、男性は老いている。

男性はロカに向かって話しかける。


「相変わらず口が上手いな。いや悪戯が巧いというべきか。あれではあいつが可哀想だろう」


「あら失礼ね。あなた達二人の為にしたんだからもう少し優しくしてくれてもいいのよ?」


その返答に若い女性は言う。


「でもやはりあれでは申し訳ないと言いますか・・・。せめて事情をもっと詳しく説明した方が良かったのではないかと」


「あら失礼ね。事情なら話したじゃない。私の事情を。それとも何?

神の身ならざるものに理解不能な事柄を連々と並べたてろって言うの?

それこそ無駄だわ。神の世界の事故による影響の波及を抑えるべくそれぞれの神が行動した結果、思わぬ余事象が生じその影響の一部があなたの世界にまで及ぶ。その影響を抑えるべくあなたが急激に干渉した結果、私でも中々発生させる事ができない一大イベントが発生した、って言う事を告げたら恐らく怒り狂うでしょうね。

ならそんな無駄な時間省いて今後の事を考えた方が得じゃない?」


それを聞いた男性は深い溜息をついてから言う。


「それが駄目だというんだ。ロカ。そうやって話術を使ってまくしたてて論点をすり替えるなんて、悪戯の女神らしいとはいえあまり受け入れられんな。今後の事を考えるためにも情報は正しく伝えるべきだと言っているのに話題を逸らすっていうのが良くないと言っているんだ」


「あら失礼ね。そんなつもりもないわ。ただ時間がないという事はあなたがたも理解しているわよね?

それにね、騙したなんて言える程の要求していないのも事実よ。

私ね、これでもあの子気に入ってるの。だから破格の交渉したのよ?

あの子が好きそうな容姿にして、あの子が好きそうな衣装。仕草もそうね。あの子が読んだ本や観た映画でありがちなもの。

女性関係に疎いようだからからかったけど。それでも私なりの誠意・・でちゃんと話したわ。

あなた達の事がなかったら、そのままわたしの好きな場所へ送ってる所。

あの子が受けた運命力はフェレマンティスアウルホゼラート、あなたの世界の運命をかき乱し、あなたを救うかも知れない。

なら私に感謝すべきよ。神ですら避けられぬ運命をかき乱す事が出来る因子を無事あなたの世界に送り込んだのよ。

普通に交渉していたらまず無理ね」


それには男性も口を噤む。

ロカは若い女性に目を向けながらなおも話をする。


「でもあなたもあれね。才能があるわ。笑いの。私の眷属にならない?あれはちょっとわたしにも難しいわ」


「遠慮します!狙ってやったわけじゃありません!」


その答えに残念そうに溜息をつくロカは、あの子を送り出した世界を見つめながら呟く。


「さあ、終演間際の神々の戯曲はアドリブを入れてもう少しだけ続けられる。

再演が望まれるかどうかの瀬戸際ね。

でもこれはあの子にとってはオデュッセイアって言った方が良いわね・・・」

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