雑用係 気づいた時には後手に回る
俺が首領様からネルの出生について聞いた直後、
ビーっ! ビーっ!
突如として画面の中から、甲高い警報音が鳴り響いた。
「なんだこの警報は?」
「敵襲かっ!?」
多少ざわついたものの、流石にここに居るのは歴戦の幹部連中。すぐに大半が落ち着きを取り戻し、情報を得ようと動き出そうとした時、
『試験を受けている全候補生に通達する。こちらは試験運営委員会である』
画面内の会場のあちこちに設置されているスピーカーから聞こえてきたのは、運営委員会からの通達だった。……というかこの声フェルナンドじゃねえかっ!?
『現在この試験会場にて、候補生の一部が突如暴走するという事例が多数報告されている。これは偶然ではなく故意に引き起こされた物である』
候補生の暴走っ!? 俺はハッとしてモニターのチャンネルを幾つか回す。
すると居るわ居るわ。あちこちに暴走個体らしき影がうろついている。……マズいな。さっきのネル達の奴は単なる偶然かと思っていたが、どうやら島中で起きているらしい。ネル達ばかり気にかけていたのが裏目に出た。
暴走個体がこんなに出るなんて異常事態だ。おそらくこの放送は、大事を取っていったん試験を中断すると言ったものだろうな。そう考えていた俺だが、
『本来なら試験の中断も止む無しの状況だが、運営委員会は合議の下、この事態も試験の一環として加える事とした。つまり、
「はあっ!?」
「静かにせよ。続きが聞こえぬだろう」
「はっ。申し訳ありません。……しかしこれは」
思わぬフェルナンドの発言につい声が出て首領様に窘められたが、肝心の首領様も難しい顔をしている。
『無論本件はイレギュラーであり、どう対処しようとも
そして始まった時と同じく唐突に放送は終了した……のだが、
「あの野郎。どう考えても暴走個体と参加者をぶつけ合わせる気満々じゃねえかっ!」
そもそも
「ただいま~……と、のんびりしていられる状況じゃないみたいだねぇ」
「ああ。今の放送を聞いた限りじゃ、フェルナンドは試験の難易度を無理やり引き上げる気だぞ。このままじゃ下手すると怪我じゃすまない」
「強硬なタカ派のフェルナンドらしいな。奴は前々から最近の幹部昇進試験は生温いとこぼしていた。おそらくこの暴走個体も奴の仕込みと言った所か」
静かに戻ってきたレイにそう言うと、首領様は難しい顔のままそう呟く。確かにフェルナンドなら、証拠を残さぬまま仕込みの一つや二つしてもおかしくはない。……仕方ないか。
「首領様。少々席を外す無礼をお許しください。レイ。首領様を頼む」
「どこへ行く?」
「当然現場に。暴走個体の対処には人手が要りますので」
テストの進行自体は首領様直々にフェルナンドに委任されているため、仮に同じく上級幹部だろうと口出しは出来ない。
撤回できるのは首領様のみだが、ここで首領様が出張ったらそれはそれで試験が滅茶苦茶になる。あと撤回しようが暴走した奴らは止まらないしな。
なら直接向こうに跳び、少しでも鎮圧に手を貸した方が良い。試験の邪魔にもならないしな。
俺は早速現地のマーサと連絡を取ろうとして……まるで繋がらない事に気が付く。それだけでなく、
「何っ!? 直通のゲートが一時的に使用不能になっていると連絡がっ!?」
「現地との通信もさっきからダメだっ!? 完全に遮断されてるっ!?」
周囲の奴らのがやがやとした声を聞いて、俺は完全に出遅れた事を察した。
(ネル、ピーター君、ガーベラ嬢……無事でいてくれよ)
◇◆◇◆◇◆
突如発令された運営委員会からの通達。
それは一部の幹部候補生が、裏からばらまかれた邪因子増幅薬を使用する事で邪因子が暴走し、イレギュラーとなって試験進行を妨げているというものだった。
しかし、その暴走個体への対処もまた加点対象になるというルール追加により、一部の候補生達は考える。
初日の筆記、体力テストで良い結果を残せなかった者。或いは現在進行中の試験内でのチェックポイント。そこの課題で試験官からダメ出しを受けた者。もしくは単純にこのままだと試験に受からなさそうな者。
そういう者はこの事態を好機と捉えた。少しでも活躍し、幹部への道を開こうと。そうでなくともせめて、少しでもこれを見ているであろう運営へのアピールチャンスとして。
その結果、
ギャオオオンっ!
「ぐっ……うぐぐっ」
考えてみれば当然の事なのだ。
この状況で自分から暴走個体に向かって行くのは、一部の戦闘狂を除けば自身の試験の評価に不安のある者が大半。つまりは言い方は悪いが、能力の劣っている者達である。
それに今は試験の終盤。邪因子の消費は著しく、チームによっては既に欠員の一人や二人は出ている。とても万全とは言えない。
おまけに本当に幹部になりたいのなら、そもそも装着したタメールに邪因子を流し続ける必要がある。そちらにも気を配りながらでは、並の候補生ではまともに集中できるはずもない。
さらに言えば、暴走個体自体の戦闘力もかなりの物。なにせ暴走とは宿主の肉体的、精神的負荷に対して邪因子が異常に活性化、理性が飛んだ状態だ。例えるなら火事場の馬鹿力のようなものである。
それも一般職員ではなく、まがりなりにも自分達と同じ幹部候補生のそれ。いくら理性がなかろうが強くて当然と言える。
それでも、或いは
なにせこの試験の本質は最初から、
チームを組んでチェックポイントを周る……というのは最低ライン。この試験、実は最初から自分のチーム以外の者と協力してはいけないとは言われていない。ゴールタイムが評価に影響するのは間違いないが、着順には精々一位や二位などでもない限りプラス評価の差はない。
つまりは理論上、三組のチームで協力して三つのチェックポイントをそれぞれ巡り、その内容を知らせ合って有利に進めたとしても何の問題もない。むしろ運営側としては、その抜け道に気づいて行動した時点で加点対象だった。
……残念ながら、それに一番近い行動をしたアンドリューのチームでさえ、自分のチームの人数を増やしまくって先行偵察、及びネル達のチームとの扉の挑戦権の交渉ぐらいまでしか行きついてはいなかったが。
しかしそれに気づかぬ者が大半。寧ろ場合によっては、自分達だけで手柄を得ようと独断プレーに走る者まで出る始末。それが敗北の大きな原因となった。
加えて、さらにあるチームにて問題が発生する。
「ちっ!? ……逃げるぞ。走れ走れっ!?」
一当てして勝てないから逃げる。そこまでの過程はどうあれ、逃走を選ぶ事自体は間違っていない。
ズタボロになりながらも、タメールが機能停止しようとも、どうにか全メンバーが逃げる余力を残していたのも良い。
逃走先に最寄りである草原のチェックポイントを選んだのも、これは運営から事前に説明があったのだから正しい。
問題だったのは二つ。
「……ウソだろ!?
ちゃんと追ってくる暴走個体を撒かなかった事と、同じ事を考えたチームが他にも居た事だ。
つまり、
これには詰めていた職員も焦りを隠せなかった。勿論この試験の為に選ばれた職員だ。幹部級とまでは行かずとも、平均的な候補生の一人や二人普通に抑え込めるくらいの実力のある者が大半だ。
しかしそれでも暴走個体を数体まとめて相手取るのは簡単ではない。おまけにここには次から次へと怪我人や邪因子を消耗した候補生がやってくる。つまりは要救助者。足手まといだ。
不利に次ぐ不利。そして相手も暴走個体とは言え元は候補生という事から止めを刺す事も憚られ、乱戦の中少しずつ候補生達を庇って削られていく体力。
職員達も限界であった。いよいよもって候補生達の救助を諦めるか、暴走個体の生死を問わないやり方に切り替えるか。決断を迫られようとしていた。
そんな中、
ギャウウっ!?
突如、少し離れた所に居た暴走個体の一体が、どこかから吹き飛ばされてきた別の暴走個体に巻き込まれてゴロゴロと転がる。それを成した者こそ、
「あれっ!? コイツだけかと思ったら結構居るじゃんっ!? やった! 加点チャンスね!」
「いやチャンスってか……すっごい修羅場って奴じゃないですかねここっ!?」
「落ち着きなさいな二人共。まずは倒れている方々を救けませんとね」
そう。小さな暴君一行の登場である。なお、
「総員迎撃態勢っ! 要救助者を下げつつ、ここで奴らを食い止めるぞ」
「おう! あの特別種共に比べれば、こんな奴屁でもないぜっ!」
「それにもうタメールに気を遣う必要もないしな! それでやられたリーダーと違って」
「そこチクチク言わないっ! ここで活躍すれば、合格とは言わずともそれなりの評価は得られると試験官殿のお墨付きだ。……まだ完全に怪我も邪因子も回復してはいないが、皆っ! ここが踏ん張り所だぞっ!」
別のチェックポイントでは、
◇◆◇◆◇◆
悲報! 雑用係締め出される。そう簡単にお助けキャラが来られると思うなよ?
そしてここからは幹部候補生達の地力が試されます。……ちなみにアンドリュー達は、途中失格となって森林のチェックポイントで休んでいた所、この状況になってすぐ自分達を試験官に売り込みました。まだ回復しきっていないですががんばります。
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