雑用係 首領様にパシらされる
さて。突然だが、この試験は道具の持ち込みが許可されている。
例えば武器。これは幹部級になると邪因子の関係上、生半可な重火器より自分の身体の方が速くて強いという場合があるので使う者は極端に減るが、候補生の内は牽制や威嚇の為に持つ者もそれなりに居る。
例えばロープやフック等の道具。これは試験で何をするか知らされていない以上、様々な状況に対応するべく持ち歩く者は多い。武器として転用する者も居る。
そして……食料。これに関しては試験の時間的に考えて、ほぼ全員が事前に用意している。ただしこういう場合いかに嵩張らないか、いかに栄養を重視するかに重点を置くため、どうしてもカロリーバーやゼリーと言った物が大半だ。……なので、
パクッ! パクッ!
『ムフ~! この炊き込みご飯美味し~! こっちのコーンのかき揚げも甘くて良い! それになにより……オジサンの卵焼きは最高っ!』
『ほう……お野菜たっぷりでヘルシー。それでいてボリューミーさを残し、食べたという実感を持たせる逸品。意外とダイエットに向いているかもしれませんわね。……ですがうちのメイドたちの用意したこのスペシャルサンドイッチも負けてはおりませんわ!」
画面の中で
まあ俺のせいでもあるんだけどな。
どうにか森を抜け、次のチェックポイントを目前としたネル達。それが課題に挑む前に食事休憩を取るというのは別に間違っていない。
ただ試験中なのに思いっきりピクニック風になってしまった事が問題なだけだ。
『いやおかしいでしょっ!? なんでアンタら普通に森の木陰でランチタイムやってんのっ!? 一人だけカロリーバーを持ってきたボクおかしくないよねっ!?』
一応常識人のピーターが突っ込みを入れる。場所が場所だけに尚更旅行感が強い。
いや、聞こえてはいないが俺からも弁解させてほしい。これに関しては俺も最初はネルに栄養補助食品系を勧めようとした。
だがネルに「ヤダヤダ! 最近はもう錠剤だけじゃ全然満足できないんだもん! オジサンのご飯がなきゃヤダ!」と駄々をこねられ、その後で手作りのデザートも要求されたのだ。
ホントに以前の「栄養? 錠剤で良いじゃん」と言っていた頃とはえらい違いだ。……あの頃よりかは些かマシな顔つきになったので良しとするが。
『まあまあ落ち着きなさいませリーダーさん。貴族たる者、試験の最中であろうと優雅にあらねばなりません。それは食事時であろうともですわ。よって栄養補助食品などではなく、ちゃんとした昼食を摂ることは必須ですのよ。……リーダーさんも紅茶はいかが? まだ余分がありますわよ?』
『そうだよピーター。もぐもぐ。それだけじゃお腹が減るよ。ガーベラにちょびっと分けてもらいなよ! ……あたしのはあげないけど』
『……はぁ。ここまで予想より邪因子の消費が激しいし、カロリーバーだけじゃ厳しいか。じゃあ……お言葉に甘えて』
もうこれは素直に混ざった方が良いと、ピーターもカロリーバーを齧りながら湯気の立つ紅茶を貰う。
しかし決して警戒していない訳ではなく、時折ピーターが周囲を窺ったりガーベラが数本の髪を周囲に張っていたりする。ネルだけは何が来ても対応できるという自信からか自然体だったが。
そして、それを画面で見ていた俺はというと、
「遅いぞ雑用係」
「そうだよぉケン君。この上級幹部を待たせるなんてよろしくないんじゃない……むぐっ!?」
「ほらっ! 頼まれてたオレンジジュース。それにお前は元々ガーベラ嬢とお揃いのサンドイッチがあるだろうがっ!? ……お待たせしました首領様。こちらご所望の品。とりあえず焼きそばパンとメロンパンとホットドックと……まあ一通り買ってきました」
「……ほぉ。つまりは知らぬ事とはいえ、あの者達に事前に課題と同じ訓練をしてしまったと?」
「仰る通りです」
俺は首領様の前で静かに正座してそう答えた。
確かに昔、雑用係の仕事で一部の職員の訓練に付き合ったことがある。そこでも今回と同じ訓練をやったので、それを参考にしたという事だろう。まさかこんなピンポイントで被るとは思っていなかったが。
しかし偶然とはいえ、事前に試験の内容そのままを教えるのは不正行為。候補生が自分で突き止めるならそれは悪の組織として正しいので問題ないが、普通に教えてしまってはマズイ。
よって先んじて頭を下げて、あくまでこちらの失態でネル達の責任ではないという風に持って行こうとしたのだが、
「……フフッ。まったくこの堅物め。何を慌てることがある。偶然課題と同じ物を訓練した。
「……感謝します」
首領様はニヤニヤと笑いながらそう鷹揚に返し、俺は再び深く頭を下げる。
まあ首領様の性格上流してくれる可能性が高いとは思っていたが、それはそれとしてきちんと詫びておかないと後々責められるネタが出来るんだよ。
「だが……あれだな。責は問わぬが、それではお前も納得すまい。そこでだ。
「じゃあついでに私も飲み物を! オレンジジュースをよろしく!」
「お前は自分で買いに行けよレイっ! かしこまりました首領様」
という事で代金俺持ち(首領様なら全部タダだが、それでは罰にならない)でパシリを務める事になった訳だ。
まあ別に罰じゃなくとも、首領様の頼みとあれば大抵の事は普通に引き受けるが。無茶ぶりでなければ。
「フフッ。時間があれば、お前に手料理などを作らせて久方ぶりに楽しむという手もあったのだがな」
「お時間を頂ければご用意しますが、今は試験中ですのでご容赦頂ければ」
「分かっているさ。またいずれな」
そう言いながらパンに齧り付く首領様なのだが、
ポロポロ。ポロポロ。
「ああもうっ!? メロンパンを食べる時はもう少し気を付けてっ!? 皮がこぼれてますよっ! それと歯に焼きそばパンの青のりが付いてます。後で歯磨きをする事を勧めます」
「う、うむ。まあ良いではないか。床は後で掃除しておけ」
首領様ときたら、いくらレイの認識阻害で見えないからってすっかりオフモードになってだらけてる。カリチュマ全開だ。
まあオフの状態を知っている俺とレイ、及び近くに潜んでいる護衛の一部しか見えていないからこれであり、誰か一人でもそれ以外が居たらすぐにまたビシッとするのだが。
そうして和やかなネル達の食事風景を見ながら、こちらものんびりと買ってきたパンに齧り付いた。
「そう言えば雑用係よ。あのアンドリューとかいう幹部候補生。お前が以前幹部に昇進するかもしれないと言っていた者の一人ではないか?」
もしゃもしゃと食べていると、ふと思い出したように首領様がそう声をかけてきた。
「はい。ガーベラ嬢と並んで、俺が見る限り運が良ければ昇進できると判断した者の一人です」
「え~っ!? そうかなぁ? 流石にマイハニーと並べるにはちょっとあれじゃない?」
「お前はガーベラ嬢に肩入れしすぎなんだよ。単純なスペックだけ見ればアンドリューは大体同格。こと邪因子量と単純な身体能力だけなら上だ。どちらもあのクソガキには劣っているが、そっちには頭脳戦では圧勝できるしな」
俺は憤慨するレイを嗜めながら首領様にもう一度以前のように報告する。
「将としても兵としても傑物。個人の戦闘力も高く、頭も切れる。昇進は十分あり得るでしょうね。……
「……? ちょいちょいさっきから運って挟んでくるね。今回の試験ってそこまで運に関わることあったっけ?」
レイの疑問に俺は静かに首を振る。
「いいや。そうじゃない。ガーベラ嬢に関しては彼女の気性に合うチームメンバーが見つかるかどうかの運。そしてアンドリューに関してはもっと単純だ」
俺は一拍置いて、単純明快に答えを告げる。
「
◇◆◇◆◇◆
はい。ネル達が昼休憩に入ったので、ケン達もそれに合わせて休憩に入りました。
ちなみに首領様は非常に健啖家のため、ケンはかなりの量(大きめのビニール袋が二つパンパンになるくらい)買い込んでいます。これでも首領様にとっては小腹満たし程度ですが。
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