雑用係 クソガキに騙される 第三章 前半(終)
「本日は誠にありがとうございましたケン様。このお礼は後日改めて。ではまた明日。我がライバル。……行きますわよアイビー。ビオラ。オ〜ッホッホッホ!」
「はい。それではケン様。それにお嬢様のご友人の皆様方。これからもお嬢様の事をよろしくお願いいたします」
ペコリ。
突然の夕食会も終わり、部屋の入り口でお客さん達に別れを言う。
「ああ。明日はそっちも頑張れよ。……そこのバカがあまりにやらかすようなら連絡をくれ。黙らせに行くから」
「ハッハッハ。何を言うんだいケン君。この私が愛しのマイハニーにそんな事をするわけないじゃないか! ところでハニー。そろそろこの縄を解いてくれないかい?」
途中から乗り込んできたレイが、縄でぐるぐる巻きになったまま情けなくガーベラに懇願する。
「ところ構わず抱きついてくるからダメですわ」
「そんなぁ。ピーター君助けておくれよ」
「これは仕方ないですよレイさん。ではケンさん。ネルさんも失礼します」
「うん。……じゃあまた明日ね!」
そうして一人また一人と去っていくのをネルは機嫌良く、そしてほんの僅かに寂しげに見送っていった。
さっきとはうって変わり、賑やかだった部屋は大分静かになった。
聞こえるのは俺が洗い物をしている音と、ネルが手土産としてアイビーから貰ったクッキーを寝転がりながらボリボリ食っている音ぐらいだ。
「おい! 行儀が悪いぞ。せめて座って食え」
「知らないの? 菓子は一番楽な体勢で食べるのが一番美味しいんだよ!」
いつの間にかゆったりとしたパジャマに着替え、相変わらず気ままに「このクッキーも中々。あのメイドさんもやるなぁ」とか言いながらダラダラするネル。
まあ明日に向けて過度に緊張するよりはこっちの方が幾分かマシだが、それはそれとして引き締める所は引き締めないとな。
なので、軽くつついてやるとする。
「なぁクソガキよ。
「……別に。そんなのしなくても余裕だったってだけ」
「“変わらずの姫”と呼ばれていたのと何か関係あるのか?」
その問いに、ネルは咥えていたクッキーをパキリと噛み砕いてゆっくりと起き上がる。
「……何が言いたいのオジサン?」
「いやなに。ただの推測だ。まず勝負事でお前さんが理由もなく手を抜くなんてことはない。温存するとか相手が明らかに格下ならまだしも、今回のテストはいわば自分の限界を知る為のものだ。ますます手を抜く理由がない」
コイツの負けず嫌いはかなりのものだからな。それくらいは分かる。
「そして“変わらずの姫”という異名。この事から察するに普段から多分怪人化をしていない。基本的に訓練時は怪人化はしないのが普通だが、それにしたってお前の性格上どちらかと言えば、寧ろ力を誇示するようにちょくちょく変身して見せるだろう。そして俺も一度もお前が怪人化した姿を見たことがない。つまり」
俺はそこで一度切り、洗い物を終わらせて手を拭きながら結論を突きつける。
「お前……
怪人化。これは体内の邪因子が一定以上活性化すると出来るようになる。その感覚は何とも例えようがないものだ。
ただこれには個人差があり、すぐに出来るようになるなる者も居れば邪因子量が高くても中々出来ない者も居る。
しかし幹部候補生で変身出来ない者は稀だ。俺もネルの邪因子適性の高さなら普通に変身出来るものだと考えていた。なので、
「……何よ。変身出来なくて悪いっ!? た、偶々あたしの場合ちょっと遅れてるだけだもん! その内自然と出来るようになるんだもん!」
ネルのこの反応には少し驚いた。普通に切り返して来るかと思っていたんだが、心なしか微妙に涙目になってるじゃないか。言動までますます子供っぽくなっているし。
マズイな。俺とした事が地雷を踏んだか。
「ま、まあそうだな。こればっかりは個人差もあるしな。うん。それにお前はまだガキだしそう慌てるもんでも」
「うぅ~。ガキじゃないもん。オジサンなんかよりよっぽど凄い幹部になるレディだもん」
そう言いながら地団駄を踏む姿は明らかに子供だと思うんだが、指摘するとやぶ蛇間違いなしなので口をつぐむ。
しかしこのまま放っておくわけにもいかない。いくら部屋ごとに防音処理やら何やらがされていようが、このまま続いてはご近所迷惑だ。
「ああもう分かったっ! 分かったよ! 不用意な質問をした俺が悪かった。謝るから機嫌直してくれ」
「ホント?」
「ああ本当だ。俺が悪かった。この通りだ」
上目遣いのネルに対し、俺は拝むように手を合わせる。
「……じゃあ、あたしのお願い聞いてくれる?」
「ああ。何でもは無理だが、できる限りの事はしよう」
「……OK。
カチッという音と共に、ネルがさっきまでの涙目から一転してニヤ〜と悪い笑みを浮かべる。……まさか!?
「お前なぁ……嘘泣きかよっ!? 大人を舐めやがってこのクソガキめ」
「クスクス。ア〜ハッハッハ。キレイに引っかかっちゃったねオジサン! このネル様がたかが
ああ。怪人化出来ないのは事実なのか。
「まあ前はちょび〜っとだけ悩んでたこともあったけど、お父様に言われたんだ。『それは体質に依るもので考えずとも良い。今はただ邪因子の向上に励め』ってさ。だから気にしてないよ!」
「ふ~む。そうか」
録音機らしき物をヒラヒラ振りながらニヤニヤ笑うネル。
一応注意深く様子を見てみたが、落ち込んでいないというのは間違いなさそうだ。
「ヘヘ〜ん! な〜にをお願いしようっかな〜!」
少し甘い顔をしたらすぐこれだ。だが、さっきのコイツの様子も半分以上嘘じゃなかった。流石にあれが演技だとは思えない。
つまりネルは、自分なりに変身出来ない自分を受け入れてはいるが、それはそれとして悔しがってもいるわけだ。
静かに溜め込むよりは悔しがる方がマシと言えるが。
「んっ!? どうしたのオジサン? はは〜ん! このネル様の名演技に騙されて悔しいんでしょう。だけどこればっかりは邪因子適性が低くて怪人化出来ないオジサンには分からないよねぇ」
「…………そうだな」
「ちょっと何よ今の変な間は? ……まさか変身出来るのっ!? オジサンのくせに!?」
「えっ!? いやいや違う。俺の適性が最低ランクなのは知ってるだろ? それがホイホイ変身出来たら苦労はない」
実際俺は自分の意志で変身したことはない。
「ホント〜? な〜んかオジサン裏で隠し事してそうなんだよね~」
「嘘じゃないって。それよりお願いは何にするんだ? 騙されたとはいえ言質を取られたからな。簡単なヤツなら聞いてやる」
まあ騙されこそしたが、騙されただけでガキの涙が止まるんなら安いもんだ。
「な〜んかはぐらかされた気がするけど……まあ良いか! じゃあさじゃあさ!」
そう言って楽しげに笑うネルは、明日試験二日目を迎えるとはとても思えないほどリラックスしていた。
いよいよ。鬼門の二日目が始まる。もしネルが俺が首領に報告した当時のままならまず突破は不可能だ。何せ二日目は、
◇◆◇◆◇◆
如何だったでしょうか? この話が少しでも皆様の暇潰しにでもなれば幸いです。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
フォロー、応援、コメントは作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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