雑用係 クソガキの家政婦もどきになる
午前5時少し前。
ピピピっ! ピピピっ!
雑用係の朝は早い。
「……なんでこんな事になったんだか」
結局クソガキの依頼を受けた翌日から、俺はコイツの部屋に泊り込む事になった。
最初は早朝モーニングコール代わりに部屋にやって来て食事を作り、夜夕食を作ってから自室に戻るという流れを計画していたんだが、そんなの二度手間だよと半ば無理やり泊まる事を強要されたのだ。
こいつには異性への警戒心とかそういう物はないのだろうか? いずれそういうのもしっかり分からせた方が良いかもしれん。……情操教育用の教材とかあったか?
俺はネルを起こさぬようこっそり部屋を出て、本部の訓練場に向かう。日課の訓練は本部だろうと欠かせない。
そこで軽く汗を流し、ついでにあのクソガキの参考になりそうなシミュレーションをいくつか見繕って部屋に戻る。
よしよし。まだ眠っているな。今の内に朝飯の支度をするか。
午前6時過ぎ。
カンカンカン!
「お~い! 起きろクソガキ! 朝飯だぞ!」
食事がもう少しでできるという所で、俺はフライパンを打ち鳴らしてネルを起こす。コイツ俺が来てから自分で起きずに起こされる事を楽しんでいる節がある。
「ふあぁ。……おはよぉオジサン」
「ああおはようさん。さっさとその寝ぼけた顔洗って歯磨いてこい」
洗面所に向かうネルを見送り、俺はさっさと出来た朝食をテーブルに並べていく。
今日のメニューはトーストを半分に切ってそれぞれイチゴジャムとマーマレードを塗った物。それに温野菜のスープと毎回リクエストされる卵焼き。そしてデザートにサッパリとしたヨーグルトとドリンクにホットココア。
全て並べ終えると丁度ネルも戻って来た。少しは寝ぼけた顔もしゃっきりとしているな。
「うわぁ! 今回も美味しそうだね!」
「ごく一般的な朝食だよ。お前の場合毎回錠剤だけで済ませてたから何でも凝った料理に見えるんだ。まずはこういう食事に慣れるこったな。……っておいっ!?」
「頂きま~す!」
挨拶もそこそこに、美味しそうに卵焼きに齧り付くネルを見て、俺も苦笑しながらジャムトーストを齧った。
午前7時。
「制服良し。タオル良し。教材良し」
「オイこら! 弁当忘れてんぞ」
「あっ!? ……えへへ! ありがとうオジサン!」
朝食とは別に錠剤を飲み下して講義の準備を進めるネルだが、うっかり弁当を忘れかける。やはりこれまで錠剤頼りだったから、無意識に弁当まで気が回らないのだろう。
「あと、昨日言った事は覚えてんな?
「一応覚えてるけどぉ……よく分かんないなぁ。講義はちゃんと受けろっていうのはまだ分かるんだけど、何で
まだよく分かっていないネルにデコピンを打ち込む。額を押さえて涙目になっているが、下手にほっとくとまた無茶なやり方をするからな。
「そのやり方はお前の身に負担が掛かり過ぎるから却下だ。それにシミュレーションだけだとどうしても動きの幅が偏る。邪因子だけならともかく技術はやはり対人戦じゃないと鍛えられない」
もうコイツの邪因子量は幹部級。なら量を増やす事よりも、それを如何に効率良くかつ自在に使えるかを考えて練習した方が良い。ネルは天性の才能とパワーだけでゴリ押しする傾向があるからな。
誰でも良いからきちんと頼んで訓練に付き合ってもらう事と念を押し、俺はネルを送り出す。……っとそうだ。約束だったな。
「おいクソガキ。
「……うん。うんっ! 行ってくるよっ!」
ネルは一瞬呆けた顔をしたかと思うと、元気よく満面の笑みを浮かべて走り出した。
さて。ネルが居ない間にもやる事は多い。急がないとな。
場所が第9支部だろうが本部だろうが俺のやる事は変わらない。依頼を受け、それをこなす。それだけだ。ただ内容がクソガキの家政婦もどきというのが微妙に納得いかないが。
しかし受けたからにはしっかりこなすのが俺のポリシー。なので、
「ったくあのクソガキめ。自分の使った食器くらいちゃんと水に漬けておけよな。ああもうマーマレードがこびりついてるじゃないか」
文句を言いながらもさっき使った食器を洗ったり、
「部屋に本が出しっぱなしの散らかりっぱなし。ちゃんと片付けろよな」
読みかけらしい漫画(内容までは見ていない)をきちんとしおりを挟んで棚に戻す。
プライバシーの侵害? 部屋の掃除の許可は既に取っている。アイツが話を聞き流していた可能性もあるがその時はその時だ。
床に掃除機をかけ、ほぼ新品ばかりの家具を綺麗に拭き、ほとんど使われた形跡の無いキッチンやバスルームを軽く点検。
……なんかデジャヴだ。首領と言いネルと言いなんで俺はこういう事ばっかり頼まれるんだろうか?
午後2時。
掃除を終え、昼食を終えてからは食料なんかの買い出し。
なにぶんネルは一度飢餓状態から脱してから前より食欲が旺盛になった。更に俺の分も必要なので、食材の量も比例して多くなる。
おまけにネルの部屋ときたら本当に最低限の物しか置いていない。申請すれば“お父様”とやらに物を送ってもらえるらしいが、ネルの場合必要だと思っていないから申請自体ほとんどしていないようだ。
ただ本当に最低限だから、誰かと一緒に暮らしたりとかを想定していない。来客用の物もないので俺の分は事前に持ってきた分で対処しているが、その辺りもおいおい何とかしなければ。
そして本部の市場に買い出しに行ったのだが……まあ特筆する事もなかったので省略する。強いて語るなら、
①買い物中なんか偉そうな態度の本部職員(多分どこかの幹部か幹部候補生の部下)に絡まれる。
②害はないが面倒な所に
③一応礼を言ったら
④さんざん試作品のテストに付き合わされ、おまけに幾つかモニターとして使ってほしいと押し付けられた。
⑤どっと疲れた状態で買い出しを終えてネルの部屋に戻る。
以上だ。割と良くある日常だった。
午後6時。
そろそろネルが帰ってくる頃だ。夕食の準備でも始めよう。
今日の夕飯は野菜たっぷりのホワイトシチュー。肉も当然入っているが、ホクホクのニンジンやジャガイモ、ブロッコリー等野菜の割合をやや多めにしてある。
ふふっ。肉ばかりだと思うなよ。今日市場で仕入れたばかりの栄養たっぷり新鮮な野菜達だ。急に泊まり込みにされた恨みを思い知れっ!
同じく買ってきた鍋の中をおたまでかき混ぜながら、俺はちょいちょいと味付けを確認する。……う~むやや薄味。今日は多分ネルも慣れないやり方で疲れて帰ってくるだろうから、少し濃い目にしておくか。
ガチャっ!
扉の開く音と共に、少しだけ疲れた様子のネルが部屋に入ってくる。丁度良い。シチューも良い具合に出来てきた所だ。
「お帰り。その様子だと大分疲れたみたいだな。夕食はもうすぐ出来るから手を洗って待ってな」
「うん! ただいま! オジサン!」
さあ。温かいシチューでも食いながら、お前さんの話でも聞かせてくれよ。
直接試験の内容を教える訳にはいかないが、それ以外はきっちりサポートしてやる。それが雑用係の仕事なのだから。
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