雑用係 クソガキの遊びに付き合わされる
「……で? わざわざ様子を見に来てみれば、これは一体どういう状況なんだい?」
「俺に聞かれても困る」
こっちを呆れたような顔で見るマーサに対し、俺はそんな風にしか答えられない。何故なら、
「次、右足の赤。……ふ、ふふん! どうしたのオジサン? 流石にもう……限界? やっぱり……オジサンになって身体が固くなってるんじゃないの~? だけど……こっちもちょっと……ちょっとキツイかも」
何故かクソガキと二人で
「今日一日泊めるっ!? あのクソガキをですか?」
『ああ。多少であれば我が儘も聞いてやってほしい。頼めるか?』
クソガキが風呂に入っている間、支部長から通達されたのはそんな内容だった。
子供の外泊に保護者は何も言わないのかと一瞬疑問が過ぎったが、無論ただの雑用係に断れる筈もなく俺はしぶしぶ了承する。
『その間の他の急な仕事以外はこちらで止めておく。必要な物があればある程度は用意しよう。……すまないな』
そんな調子で通話を切ると、丁度ネルが風呂から上がってくる所だった。
ふわふわのパジャマを自慢げに見せてくるネルだが、夕食にしようと言うと一瞬呆けた顔をする。何を驚いているのか知らないが、食事は一日の大事な栄養源だからな。欠かしたり偏ったりすると体調のバランスが崩れる。
とりあえず有り合わせの食材で二人分作ってみたが、ネルはどこかぎこちない動きで夕食を食べていた。まるでこういう食事に慣れていないような。
ただ食事自体は気に入ったようで、特に卵焼きをバクバク食っていた。……必要経費で支部長に食材の無心でもするか。
その後クソガキに泊まっても良いと許可を出し、俺は自分の寝室に引っ込んで今日中に出す書類の整理をしていたのだが、
「オ~ジ~サンっ! ゲームやろうよゲーム!」
「やる事が山積みだって言っただろうが。……しかも何でツイスターゲームっ!?」
やっぱり乗り込んできやがったっ!? お泊まりで子供がはしゃぐのは分かる。仕事中に乗り込んでくるのもある程度は予想出来ていたのでまだ良い。しかしゲームのチョイスが何でそれっ!?
「良いじゃん良いじゃん! やろうよ~! それとも……自信ないの~? こんな小さな子に負けるんじゃないかってビビってんの? ……や~い! ヘ・タ・レ! チキ~ン!」
ネルが小憎たらしい態度でこちらを呷ってくるが、見え見えの挑発だ。こんなの引っかかる奴はあまり居ないだろう。
ここで追い払うのは簡単だ。だが、支部長に多少は我が儘を聞いてやれと言われたのも事実。……仕方ない。ここは大人としてクソガキの思惑に乗ってやろうじゃねえか。
「はぁっ!? 誰がビビってるって!? ……良いだろう。一回だけ付き合ってやろうじゃないか。一回だけだぞ」
「そうこなくっちゃ!」
ネルは一瞬だけニヤッと口元に笑みを浮かべると、いそいそと床にゲームのマットを広げ始める。まあ書類整理もあとは最終確認だけだし、目を休めるつもりでやるとしよう。
「という訳でこんな事になった」
「成程ねぇ。……次は左腕を青に」
「ちょっとぉっ!? そ、そこはキツイって!? ……うにゃ~っ!」
マーサをルーレット役に迎え、クソガキがむりやり身体を曲げてヨガのような状態になりながらも何とか青丸に手を伸ばす。だが、不安定な状態で踏ん張っている為手足が明らかにプルプルしている。
おそらくネルとしては、良く薄い本などであるように身体を密着させることで、俺が慌てる所をからかおうとか考えていたのだろう。わざわざパジャマに着替えたのもその一環だ。だが、
「オ、オジサンっ!? 早く……早くして。もう腕が限界」
この通り、
最初は故意に身体をよろめかせてこちらにしなだれかかってきたりもしてきたのだが、こちとら大人である。子供が密着してこようが、精々が微笑ましいと思う程度だ。
適当な所でわざと手を抜いてみれば「ちょっとオジサン! 今の本気じゃなかったでしょう? この幹部候補生のあたしに対して生意気な! もう一回だよ!」と見抜かれ、かと言ってこっちが大人として本腰を入れて勝ったら「ムキ~っ! 今のはちょっと手が滑っただけなんだからっ! もう一回やるのっ!」とむきになる。
止めようとしたら普通にごねて仕事にならないし、もうこれでかれこれ六回目だ。ネルも折角風呂に入って汗を流したのにまた汗だくになってるし……だが、
「はい。次は紫に右足ね」
「へいへい」
「うわっ!? オジサンったらまた良い所を取って……だけど、負けないんだからっ!」
そう言って笑うネルは、さっきの様に口元だけでなく普通に笑えているように見えた。
その後何故かマーサも乱入しようとするのを丁重にお断り(特にネルが)し、結局ネルが汗だくになりながらも何とか辛勝してドヤ顔をするという結果に終わったのだった。
その後、
「……はぁ。だから言ったんだ」
俺は今日だけで何度目かも分からないため息を吐いた。何故なら、
「……すぅ……すぅ」
このクソガキが、よりによって
ツイスターゲームも終わり、さっさと向こうに用意した布団で寝ろと言ったのにネルときたら「まだ眠くないも~ん! もう少ししたら戻るから……ねっ! 良いでしょぉ? 静かに本を読んでいるだけだから!」と布団に大の字になってゴロゴロ。
そしてやっぱりと言うか、本を読んだまま寝落ちしやがったよ。しっかし、
「これで
「でも事実だしねぇ。これは確認が取れてる」
マーサが指で煙草を弄びながら言う。流石に子供の前では吸わないようだ。
そう。マーサがここに来たのは俺にそれを伝える為。いくら何でもさっきの今で仕事が早いなと思ったが、それ自体はとっくに知っていたらしい。
「ちょいちょいっと調べたんだけど、あんまり良い噂は聞かないねぇ。邪因子適性や戦闘力は間違いなく次期幹部に相応しいって逸材だけど、訓練相手を半殺しにしたとか気に入らない相手を潰しにかかるとか悪い噂も多い」
「そりゃああのクソガキっぷりを遺憾なく発揮すりゃあな」
あの出世にあまり興味のない支部長が気に掛けるのはやや微妙だが、そんなクソガキを俺に押し付けないでほしい。まあ頼まれりゃやるのが雑用係だけどな。
「まあさっき見た感じだと、アンタを力づくでどうこうしようとはひとまず考えてなさそうだ。しばらく他の仕事を忘れて、精々休息だと思って子供のお守りに勤しむんだね」
「休息になんかなるかよ。むしろ気疲れが酷くなるっての」
「ハハっ! そうかもね。それじゃまたなんか困ったら医務室に寄んな。一服がてら話くらいなら聞いてやるよ」
マーサはそう言って手をひらひらさせながら帰っていった。……さて、あとはこのクソガキをどうするかだ。幹部候補生だろうがなんだろうが、ガキをきちんと分からせるのが大人の仕事である。それには当然生活態度も含まれる。
普段なら叩き起こして自分の布団に戻らせる所だが、一応支部長に頼まれているので無下には扱えない。仕方なく軽く揺すってみるが、熟睡しているのか起きそうにない。抱えて移動させるのは流石に嫌がられるだろう。
「仕方ない。俺が向こうの布団で寝るか……んっ!?」
早速立ち上がろうとした時、服に何か違和感を感じる。見ると、服の裾をネルが掴んでいた。そして、
「……ないで……置いて、行かないで……お父様」
目元に涙を浮かべながら、そう寝言を呟いていた。
起きてはいない。寝息も整っているし、手から伝わる僅かな鼓動も安定している。あくまで寝言だ。これがもし俺をからかう為の演技ならそれはそれで大したもんだ。だが、
「……はあぁぁ」
俺は今日一番の大きなため息を吐き、その場にそっと座り込んだ。
手を引き剥がすのは簡単だ。だが、寂しがるガキが誰かに伸ばした手を取ってやるのが大人というものだろ?
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